アリアは羽ばたく夢を見た
ここからどこにも行けない。
――そう気付いた瞬間、私の両足は地面に溶けてしまった。
『アリアは羽ばたく夢を見た』/未来屋 環
「――すみません、辞めさせてください」
そう私が伝えると、目の前の席に座る部長の顔が固まった。
いや、部長だけじゃない。
近くを通り掛かった課長も、こちらに背を向けた白井さんも、入口に近い席に座る藍果さん――は産休で今いないんだった。
そんなこともふと忘れてしまうくらい、世界は鎖され、何も見えなくなっていた。
「一体どうしたの、黒木さん」
気付けば部長とふたりで会議室にいる。
どうやってここまで移動したかも覚えていない。
必死で思考を巡らそうとしても脳内は空回るばかりで、まるで泥濘の中を泳いでいるようだ。
泥が肺を満たし、息が苦しくなってくる。
そして次に気付いた時、私は見たこともない白い部屋に寝かされていた。
産業医と名乗る小綺麗な女性と会話をして、その後予約の取れた駅前のメンタルクリニックに行って、処方箋を持って同じビルに入る薬局を訪れて――
それらのイベントを無事に終え、それからは一度も会社に行っていない。
結果、私は今日も部屋で一人のろのろと目を覚ます。
入社8年目、今年で30歳。
仕事は可もなく不可もなく。
職場の飲み会には適度に顔を出し、やるべき仕事があれば残業だって厭わない――そんな自分はきちんと職場の一ピースとして機能している、そう信じていた。
そんな平凡な日々は、突如として終わりを迎えた。
月のものが来る1週間前から頭の回転が鈍く、気分が殊更落ち込むようになったのは今年になってからだ。
その日、想定外の雨に降られながら出社すると、顧客からの電話が鳴り響いている。
それは先週終わらせるはずだった仕事についてのフォローだった。
新人のようなミスにため息を吐いてメールを開けば、社内昇進試験の結果が返ってきている。
不合格の3文字が視界に飛び込んだ瞬間同期たちの顔が頭を過り、そしてまた勉強しなければという事実に肩がずんと重くなる。
とても残業する気分になれず残務を置いてオフィスを出れば、駅では車両故障の影響でダイヤが乱れ、通勤ラッシュ以上の混み具合だ。
全身が軋むような痛みに耐えつつなんとか自宅の最寄り駅まで辿り着いた。
食欲がなくソファーで横になったままスマホを眺めれば、目に入るのは『アラサー女子』の文言ばかり。
どこから私の個人情報を吸い上げたのか、一方的なサジェストが次々と表示される。
結婚は、子どもは、自然妊娠が難しければ不妊治療は、おひとりさまで生きるなら資産運用は、この年齢の平均年収は、昇進目安は、キャリアを考えるなら転職は――。
一見、私の前には無限の選択肢が広がっているように見える。
でも、それはまやかしだ。
結婚したくたって恋人はいないし、仕事に人生を捧げるほどの情熱もなく、かといって転職する勇気もなければこのままでいる自信もない。
進むべき道を見失ったまま、ふと気付けば目の前には無限の暗闇だけが広がっている。
――あれ、もしかして私、やばい?
そう、自分の現状に一抹の不安を抱いた。
そこからはあっという間、階段を踏み外すように転がり落ちていった。
***
「黒木さん、好きなことをしてみてはいかがですか?」
そう主治医に勧められ、殺風景な部屋の中で好きなものについて考える。
目まぐるしい日々に翻弄されすっかり忘れていたが、思い返せば学生の頃は本を読むのが好きだった。
今の一人暮らしの家に本棚はなく、資格の問題集と自己啓発本が無造作に散らばっているだけだ。
実家に取りに行くことも考えたが、そもそも休職したことを親に伝えていないので断念した。
知らぬ間に私の感度はすっかり衰えていて、今話題の本もまったくわからない。
仕方なくスマホで検索しようとしたところ、サジェストの中に小説投稿サイトが出てきた。
書いているのは素人作家のようだが、どうやらどの作品も無料で読めるらしい。
初めてそのサイトにアクセスした私は、手始めにランキング上位の作品から読んでいくことにした。
その作品群が描く世界は、私の生きる現実とはかけ離れている。
しかし、物語に没頭している間は、暗い部屋の中で呼吸しているだけの自分を忘れることができた。
多くの物語を咀嚼する内に数日が経過し、その頃には私はランキングに載らない無名の作品にも手を伸ばすようになっていた。
――そんな中出逢ったのが、『荒野で躍る魔女』という長編連載小説だ。
突如として異世界に召喚された少女が世界を救うため仲間たちと旅に出る――そんな物語だった。
丁寧に綴られる少女の心情や個性豊かな仲間たちとのやりとりに惹かれ、気付けばのめり込むように読んでいた。
最新話まで読み終え作者を確認すると、『香椎アリア』という名で他にも幾つか小説を投稿している。
このサイトでは読者が作品に評価ポイントを贈ることができるが、香椎アリアの作品はほとんど読まれていないのか、どの作品もポイントはゼロだった。
『毎日投稿、3ヶ月後に完結予定です。よろしくお願いいたします』
第1話の投稿日を確認してみると7月1日。
だとすれば、完結は9月30日――それは私の休職終了予定日だった。
あくまで順調に快復すれば、の話ではあるが。
私はもう一度『荒野で躍る魔女』を頭から読み返し、そこに描かれた世界を想像する。
頭の中では確かにキャラクターたちが息衝いていた。
主人公の少女は異世界にたったひとりで放り込まれたにもかかわらず、努力を重ね仲間たちに助けられながら困難に打ち克っていく。
内気な彼女が成長していくその姿に、読んでいるこちらも勇気をもらえるような気がした。
私は『荒野で躍る魔女』に最高評価の10ポイントを贈った。
一瞬感想を送ろうかとも考えたが、どこの誰ともわからぬ者のメッセージなど迷惑な気がして、私はそっと入力欄を閉じた。
自分の変化に気付いたのは、些細な切っ掛けからだった。
朝起きた時に感じていた頭の重さが、ここ数日なくなっている。
そういえば最近は『荒野で躍る魔女』を朝一に読むのが楽しみで、アラームをかけずとも自然と朝7時頃には目が覚めていた。
朝から彼らの旅を見守っていると、不思議と自分も頑張ろうという前向きな力が湧いてくるのだ。
体調が整うにつれ、知らず知らずの内に気持ちも落ち着いてきているように思う。
私は久々に外でランチを食べるため出掛けることにした。
就職と共に実家を出て以来住み続けているこの家は、いまや私の心を守る城となっている。
そこを出て社会という名の戦場に赴くことを、いつから私は心許なく感じていたのだろう。
思った以上に自分が弱っていたことを、私は今更ながらに気付いた。
運動がてらあてもなく歩き続けると、実家の近所にあったファミレスを見付ける。
こんな所にもあったのかと、まるで冒険の果てに発見した聖地の如く新鮮な気持ちで足を踏み入れた。
店内に案内されメニューを眺めると、季節のおすすめのあとにサラダ、スープ、そしてメイン……懐かしいものもあれば初めましてのものもある。
思い出を振り返るようにページをめくっていけば、いつしかデザートまで辿り着いていた。
――そういえば
私は画面の中で遠慮がちに佇むパフェを見つめる。
藍果さんが産休に入る前、一度二人でランチに行ったことがあった。
白井藍果さんは私の5つ上の先輩だ。
同じく職場の先輩の白井友樹さんと結婚したので、紛らわしさを避けようと会社のメンバーは皆彼女のことを名前で呼んでいる。
私自身、藍果さんとそれほど接点は多くなかった。
彼女は体調を崩すことが多かったので、たまに上長経由で業務のフォローを頼まれたくらいだ。
それでも女性が少ない職場だからか、藍果さんは何かと気を配ってくれていたように思う。
そしてあの日、今度産休に入るからと珍しくランチに誘われた。
「黒木さんにはいつもお世話になっているから」
艶のある黒髪をひとつにまとめた藍果さんは、穏やかな笑顔でメニューを差し出してくる。
何でも食べてというお言葉に甘え、私はオムライスと、ベリーがかわいらしく並んだミニパフェをオーダーした。
一方、藍果さんの前には温かいゆずティーが置かれている。
「身体を冷やすとすぐ体調を崩しちゃうの」と、藍果さんは少し寂しそうに笑った。
限られた時間ながら藍果さんと過ごすひと時はとても心地良く、あっという間に時間が過ぎていった。
「藍果さんは家庭と仕事を両立していてすごいですね……私なんか全然だめで」
そう自虐的に笑うと、藍果さんはふと眉毛を寄せたあと、また寂しげに微笑む。
「『私なんか』なんて言わないで。黒木さんはすごいよ。それを言うなら――私の方こそ、全然だめ」
「……え」
思いがけない言葉にアイスをすくう手が止まった。
「私には黒木さんが眩しく見えるよ」
そう言って、藍果さんは優しく笑う。
その輪郭が何故だかぼやけて見えて、私は何も言えないまま藍果さんを見つめた。
「パフェ溶けちゃうよ」という言葉で我に返るまで、私は目の前の彼女がまるでどこか遠い世界に行ってしまうような、そんな感覚に陥ったのを覚えている。
私はタッチパネルを操作してあの日と同じくオムライスを注文した。
やがて運ばれてきたそれを味わいながら、藍果さんはどうしているだろうと思いを巡らせる。
もしかしたら、そろそろお子さんが生まれる頃だろうか。
とろとろの玉子とデミグラスソースとケチャップライスが、私の胃と食欲を穏やかに満たしてくれた。
***
そうして少しずつ人間としての営みを思い出しながら迎えた休職終了日、私はぴたりと朝7時に目を覚まし、そしてノートパソコンを前に日課を終え、感動のため息を吐いた。
『荒野で躍る魔女』は無事大団円を迎えた。
魔王を討ち果たした一行は英雄として王国に凱旋し、そして少女は旅の仲間である戦士と結ばれる――そんなハッピーエンドに私は満足していた。
そもそも異世界に来る前、彼女は現実世界で虐げられていた。
幼少期から親に愛されず学校で孤立し、職場でも一人でひっそりと生きていた――そんな彼女が仲間たちに支えられながら自分の力で幸福を勝ち取ったのだ。
その姿に、こんな私にもまだできることがあるかも知れない――そんな思いを抱くようになった。
まだ私の足は溶けていない。
その気になれば、どこにだって行ける。
この休職期間中、『荒野で躍る魔女』を何度も読み返す中で、私はそれにようやく気付くことができた。
復職の日を目前にしても、不思議とそこまでの恐怖はない。
晴れ晴れとした思いで画面を眺めていると、最終ページの一番下にあとがきがあることに気付く。
『最後まで読んでくださったあなたへ』
そして、続く文章に目を走らせた瞬間――私の時が止まった。
『最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
このあとがきが掲載されているということは、私はもうここに来ることはないでしょう』
***
最後まで読んでくださったあなたへ
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
このあとがきが掲載されているということは、私はもうここに来ることはないでしょう。
急に変なことをお伝えしてすみません。
実は私は現在入院しており、9月中旬には退院の予定です。
この物語を書き上げたあと、私は9月末まで毎日朝7時に小説が掲載されるよう、事前に予約投稿を済ませました。
そして無事退院した暁には、このあとがきを削除する予定です。
だから、このあとがきがあなたの元に届いたということは、つまりはそういうことなのだと思います。
最後まで私の物語を読んでくださったあなたに、こんなことを伝えてしまい申し訳ありません。
ですが、私はどうかあなたに私とこの作品のことを覚えていてほしかったのです。
子どもの頃から学校を休んでばかりいた私の友人は数多くの物語でした。
現実世界では身体の弱い私でも、物語の中では自由にどんな場所にも行くことができます。
想像の翼は絶望に塗れた私の心を救ってくれました。
そんな私がものを書くことに惹かれたのは、或る意味自然な成り行きだったと思います。
大人になった今は発達した医療のお蔭でなんとか社会生活を送れていますが、状況がいつどう転ぶかはわかりません。
私の心には常に不安がつき纏っており、普段私を支えてくれている家族にそれを気取られたくはないのです。
しかし、物語を紡ぐ時――私はそんな一切の不安を忘れることができました。
その内に私はこの小説投稿サイトに辿り着きました。
私の生み出した作品――言わば私の生きた証が、いつか誰かの目に触れてくれたら。
そんな思いで私は少しずつ投稿を始めたのです。
私の作品は決して多くの方に読んで頂けるわけではありません。
この『荒野で躍る魔女』も自分以外のアクセスログはほぼありませんでした。
――しかし、忘れもしないあの日
いつものようにこのサイトを開くと、本作にポイントが付いていました。
私以外の誰かがこの作品を読んでくれている――その事実は私のことを強く勇気付けてくれました。
本当に嬉しかった。
一度もお逢いしたことはありませんが、私にとってあなたはかけがえのない友人なのです。
もしかしたら大袈裟だと思われるかも知れない、でも本当です。
あなたの存在は私にとって生きる支えでした。
だからこそ、あなたに伝えたいのです。
どうか私と私の作品のことを覚えておいて頂けませんか。
あなたがこの物語を覚えていてくれる限り、私はあなたの中で生き続けているのだと、そう信じることができるのです。
星の数ほどある物語の中から、私の作品を読んでくださったことに心から感謝します。
本当にありがとうございました。
あなたに幸運が訪れることを遠くからお祈りしています。
香椎アリアより
***
あとがきを読み終えた私はすぐさまサイト内を探し、そして作者にメッセージを送る欄を見付け出す。
これまで一度も使うことはなかった。
作者に作品を読んだ感想を伝えるなんて、そんな必要はないと思っていた。
逆に迷惑ではないかとさえ考えていた。
――でも、香椎アリアは読者である私にその胸の裡を伝えてくれた。
もしかしたら思い上がりかも知れない。
私以外にもこの作品を追っていた読者がいたかも知れない。
しかし、彼女の言葉は確かにディスプレイを通り抜けて私の胸の奥へと届いたのだ。
きっと、今更だろう。
彼女は既にこの世界から旅立ってしまったかも知れない。
たとえ命が助かっていたとしても、もうこのサイトを見ることもないかも知れない。
――それでも、私は彼女に伝えずにはいられなかった。
『香椎アリアさんへ
こんにちは。
この物語を毎日楽しみに読んでいた者です。
私は最近上手くいかないことばかりで、立ち止まり何もできずにいました。
先の見えない状況に絶望し、深い闇に呑み込まれてしまいそうな、そんな気持ちになる夜もありました。
しかし、どんな苦難にも立ち向かう少女の姿は、私にもう一度立ち上がる勇気をくれました。
あなたと彼女から受け取った勇気を胸に、明日からまた頑張って生きていこうと思います。
香椎アリアさん、素晴らしい作品を書いて頂き、ありがとうございました。
あなたとこの物語のことを、私は一生忘れません。
あなたが今も幸せな日々を送っていることを、私は心から信じています。
名もなきあなたの友人より』
送信ボタンを押したあと、目を閉じてひとつ息を吐く。
そしてもう一度目を開いた時、私の瞳に映る世界の色が少し変わった――そんな気がした。
***
「皆さん、ご迷惑をおかけしました」
久々に出社した私を出迎えたのは、普段通りの職場のメンバーだった。
冷たくされたり、逆に変に気を遣われたりしたらどうしようという私の不安は杞憂に終わった。
心なしか私に仕事を指示する課長の表情が以前よりやわらかく感じられる。
不在期間中の仕事は誰が肩代わりしたのだろう――気になって聞いてみると、課長は「心配しなくていいよ」と言った。
「不在中は他のメンバーが穴を埋めてくれたけれど、文句を言うメンバーは誰もいなかった。それは黒木さんがこれまでたくさん頑張ってきてくれたからだよ。だから、黒木さんが戻ってきてくれて本当に嬉しいと僕は思っている」
思いがけない言葉を告げられ、私は何も言うことができない。
課長は穏やかな表情で続けた。
「人生には色々なことがあるから、ずっと頑張り続けるのは大変なことだ。だから皆息抜きをしながら生きているんだよ。黒木さんも今後また悩むことがあればいつでも相談してほしい。一人では解決できないことも、皆で考えれば何とかなるかも知れないから」
その言葉に少しだけ目頭が熱くなる。
思った以上にこの世界は優しかった。
会議室を出て自席に戻る際、白井さんの席が空いていることに気付く。
行き先掲示板には『有休』と書かれていた。
「白井さんお休みですか?」
「あぁ、藍果さん出産されたんだよ」
「そうだったんですか、良かったです」
――しかし、おめでたい話にも関わらず、課長の表情は浮かない。
「実は藍果さん、あまり体調が良くないみたいで……まだ入院しているんだ」
「――えっ」
思いがけない課長の台詞に、私は一瞬言葉を喪う。
「白井くんも合間を見ては病院に通っているんだ。復帰早々申し訳ないけれど、黒木さんにもサポートをお願いすることがあるかも知れない」
『体調が良くない』とはどういうことだろう。
藍果さんは大丈夫なのだろうか。
席に戻り、溜まったメールを処理していく。
多くは白井さんが対応してくれており、メールボックスにはtomoki shirai名義のメールがCCで何通も入っていた。
そんな大変な状況下でも私の仕事を代わってくれた白井さんには頭が上がらない。
一通り処理を終えたところで、漏れがないか改めて白井さんのメールを検索する。
すると、白井さんのメールに混じって一件だけaika shirai名義のメールが見付かった。
藍果さんが産休に入る前の挨拶メールだ。
先程の不安を思い起こしていると――電話をしていた課長が「そうか、良かった」と明るい声を上げる。
何事かと思っていると、電話を切った課長が私の席までやってきた。
「藍果さん、体調が安定してきて退院日も決まったそうだ。明日白井くんが出社するから、今後の業務分担について打合せをしよう」
――瞬間、脳裡に藍果さんの穏やかな笑顔が浮かぶ。
良かった――本当に、良かった。
思わず「はい、喜んで!」と反射的に答えたところで、まるで居酒屋みたいだと我に返る。
すると課長も同じことを思ったのか「元気があっていいね」と笑いながら言った。
その笑顔に私も照れ笑いを返す。
きっと私はまた頑張れる――そんな気がした。
――そして、復帰1日目があっという間に終わる。
会社を出るとまだ外は明るい。
久々に都会の喧騒を感じながら、最寄り駅までゆっくり歩いた。
楽しそうに喋りながら繁華街の方に向かう人たち、会社に戻るのか忙しそうに速足で歩く人、音楽を聴きながら自分の世界に浸っている人――休職に入る前も同じ風景を見ていたはずなのに、やけに世界が色付いて見える。
何もない平凡な日々だと思っていた――その瞬間はかけがえのないものだった。
そんなことに今更気付いて、私は力強く歩き続ける。
今日はダイヤも乱れておらず、帰宅ラッシュといえどもそこまで駅は混んでいなかった。
電車に乗ったところで小説サイトにアクセスする。
『荒野で躍る魔女』を読み終えた私は、これから香椎アリアの作品を順番に読んでいくことにしたのだ。
見慣れた画面をスワイプしようとしたその時、ふと見慣れない表示があることに気付く。
どうやら誰かからメッセージが届いたようだ。
――瞬間、私の心に光が走る。
私にメッセージを送ってくる、そんな相手はひとりしかいない。
画面をタップして受信ボックスを開き、表示されたその文字に私は思わず微笑む。
そこには、私の大切な友人の名前が刻まれていた。
(了)
最後までお読み頂きまして、ありがとうございました。
世の中には様々な形の友情がありますが、ここ『小説家になろう』のようなWeb小説投稿サイトにおいても、物語を通じた書き手と読み手の関わり合いの中で友情が生まれるのだと思います。
創作活動は孤独なものですが、同じ志を持った友人たちがここにはたくさんいる。
そんな風に思えば、また今日も執筆を頑張れるような気がするのです。
なお、香椎アリアについて。
読んでいく中で気付かれた方もいらっしゃるかと思いますが、アルファベットに分解して頂けるとその正体がわかると思います。
たとえば、作品中に出てきたメールアドレスとか……。
また、『荒野に躍る魔女』は以前書いた異世界恋愛作品『そして魔女は荒野で躍る -世界を救ったその先に-』をベースにしたものです。
下記リンク先から飛べますので、もしよろしければご一読頂けますと幸いです。
以上、お忙しい中あとがきまでお読み頂きまして、ありがとうございました。