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お手軽な密室

作者: 小根川類

【 * * * 】の後すぐに解答となっております。自力で解きたいという方はその前まででお考え下さい。

 ──あまりにも遅いな。


 両手を組み、黒檀を模したお手頃価格のデスクで助手の帰りを待つは、都内で知らぬものはいないと巷で噂のあの日間田ひまだ探偵事務所、その所長である。昼食の買い出しという重大任務を任された助手がコンビニに向かってから間もなく1時間が経過しようとしていた。こんなことなら自分で行けばよかったと後悔し始めた時、事務所の扉が開かれた。


「ただいま戻りましたー」

「遅い。何か申し開きはあるか、助手よ」


 片道10分弱の道程にたっぷり時間を使ったらしい助手に所長は鋭い視線を向ける。助手はその視線を気にした様子もなくデスクの上におにぎりを置いていく。


「申し開き…?ただ近所で事件が起きたみたいで野次馬してただけっす」

「これだけ帰りが遅くなったのだ、もちろん面白い話を聞かせてくれるだろう?」

「えー、面白い話っすか?……そういえば昔俺の友達がホテルのオートロックに閉め出されてたっす、全裸で」

「そういう話ではない。近所であったという事件について話せといっている」

「別に面白い話じゃないっすよ?ただ鍵のかかった部屋で人が死んでたってだけなんで」


 所長は深くため息をつく。密室殺人などという探偵の大好物をなんでもないことのように言う助手に、そして並べられた6つのおにぎりのラインナップ全てがツナマヨという事実に、大きく深いため息をついた。


「今から探偵とはかくあるべしという姿を見せる。1時間だ。お前に話を訊いて1時間でその密室殺人の謎を解いてやる」

「この後バイトなんで30分でいいっすか?」

「……30分だ」


 どこまでも残念な助手に再度ため息をつき、気持ちを切り替える。


「まず、お前の持っている情報を確認する。野次馬をしていたということは現場を直接見てないと思うが、被害者の情報、死因などは知っているか?」

「まかせてくださいっすよ。被害者の名前も死因も職業も、加害者の名前も動機も分かってるっす」

「えっ」


 犯人わかってるの?何で知ってるの?さっき「探偵とはかくあるべし」とか言ったの恥っずかし!などの疑問や羞恥が頭の中でこだまする。くらくらとする頭を押さえ声を絞り出す。


「……ソースは?」

「ソース?ツナマヨに?」

「……誰からその情報を聞いたんだ?」

「あっちゃんっすよ、さっき話した全裸の。あいつ警察のなんか偉いとこにいるみたいで野次馬してる時に見つけたんで話してきんたすよ」


 頭痛が悪化した。助手あほが気力をガンガン削ってくる。もう助手の言動は全て無視すると心に決めて話を続ける。


「では密室殺人のトリックはすでに分かっているのか?」

「密室のトリックっすか?」

「どうやって鍵をかけたか知らずに犯人を捕まえたのか?」

「俺はどうやって鍵をかけてるのか知らないっすけど、逮捕できたのは現場から出ていく犯人が監視カメラにばっちり映っていたからって聞いたっす」


 所長はそこに僅かな隙を見出す。長年の探偵としての勘が単純な事件ではないと囁く。


「つまり、犯行の瞬間は映っておらず、状況証拠で逮捕したと」

「まあ、さっきも言ったっすけど動機とかも全部吐いたんで犯人に違いはないんすけどね」


 長年の勘がーとか口に出さなくてよかったという思考はおくびにも出さず考えを巡らせる。


(犯人はすでに捕まり、動機も吐いたというのに密室トリックは分かっていない?つまり犯人はまだ完全には諦めてはいないという事か。せめてどうやったかだけでもこの手で解くとするか)

「現場の状況を可能な限り教えてくれ」


 助手は面倒そうにため息をつくとスマホ片手に机の上のおにぎりを並べ、これが扉、部屋の四隅はこの辺りと説明していく。そしておにぎりのフィルムを剥がしてもしゃもしゃ食べると、被害者は取っ組み合いの末バランスを崩し、机の角に頭をぶつけて亡くなったと続け、そのごみを被害者の死亡したであろう場所に置き、手を合わせる。

 ごちそうさまと被害者への合掌を一遍に済ますなと思いつつ、所長は顔をしかめて質問する。


「鍵は?」

「被害者の服のポケットの中に」

「扉の鍵穴に何か痕跡は?」

「ないと思うっすよ。何かしてたら監視カメラに映ってるはずなんで」

「では窓はどうだ?」

「ほとんどはめ殺しみたいっすね。開くものは肘がぎりぎり通らないくらいまでしか開かなそうっす」

「他に外に通じる箇所は無いか?」

「んー、換気口くらいはありそうっすけど何か意味でもあるんすか?」

「……その部屋に何か変わったところは無かったか?」

「別に現場を見たわけじゃないんで知らないっすけど、この部屋だけってのは無いと思うっすよ。どの部屋も似たようなもんじゃないっすか」


 そういえばこいつは詳しい話を聞いただけの野次馬に過ぎなかったことを思い返す。


(凶器の用意はなく、逃走を監視カメラに撮られていたとなると突発的な犯行であることは明らか。氷のように事前に準備が必要なトリックは使えない。また、監視カメラに映った動きに明言がないことから、外に出た後なんらかのアクションを起こしたとは考えにくい。窓や換気口からひも等を使ったか?部屋の中から偶然ひもを見つけ、偶然トリックを思いつき、いい感じに鍵をかけることができたなんて無理があるし、警察がその痕跡を見落とすとは考えられない。犯人はまだ部屋の中にいた、早業殺人なんかは論外。被害者が自分で鍵をかけ、その後力尽きた、というのも被害者の位置からしてありえないか)


 想像以上に取っ掛かりのない謎に焦り始める。30分で解くと啖呵を切った手前、又聞きだから解けないなどの言い訳は体裁が悪い。


「そういえば動機はなんだったんだ?」

「功績を奪った、奪ってないっていう小説でありがちな奴っす」

「職業は?」

「なんたら外科医って言ってたっす。その界隈では結構有名だったらしいっすよ」

「事件が起きた時刻は?」

「今日の8時くらいに起きて、発見は10時頃らしいっす」


 取り敢えずで訊いてみたがまるで手応えが感じられない。ヒントが少なすぎる。やはり現場を直接見ないと難しいかと悩むうちに、非情にもタイムリミットを迎える。


「もうそろそろ自分バイト行ってくるっすね」

「待て、最後に場所だけ教えていけ」

「コンビニまで行けばわかるはずっすよ。ここっす」


 そう言って、いじっていたスマホの画面を見せると「じゃ」と一言残して去っていった。助手の見せたそのホームページに所長は呆然とするほかなかった。


 * * *


 内心そうであってほしくないと思いながら所長は地図アプリを開く。コンビニの近くに助手の言っていた建物を見つける。ホテル《yorkornヨルコーン-kejケジ》、アプリからホームページに飛んでスクロールをする。



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― 新着の感想 ―
[一言] こんばんは。 とても面白かったです。 おにぎり、全部ツナマヨはきついですね。 推理するのも楽しかったです。
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