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私のお嬢様は悪役令嬢?──冤罪で落とされた谷底から始まる大仕掛け。

作者: 昊ノ燈

 私のお嬢様は、所謂、悪役令嬢という存在でした。

 でした──過去形です。

 何故なら、既に令嬢ではなく、罪人だから……。


 貴族の子女が集まる学園で断罪が行われ、国外追放の流れ。あまりにも早すぎる断罪から刑の執行は、王が外遊中に王子主体で行われました。

 そして今、隣国との国境付近のトリメルデ渓谷で執行人に襲われているのです。


 下卑た笑みを浮かべながら剣を向けてくる護衛の騎士達。鎧も着けず、腰のベルトを外しながら寄ってくる騎士の姿は、性欲に飢えた野獣のよう。

 御者の姿は既にない──逃げたか。

「侯爵家令嬢を犯れるなんて、役得だな」「初物だろ?俺からさせてくれよ」なんて言葉を吐いている。

 壊されて、谷底に捨てられる。国外追放なんてする気はないのだろう。

 予定調和。定められた結末。


 いち早く察知して、逃げる。

 そして、追い詰められたお嬢様と私は、渓谷の深い闇の中へと身を投げた。

 夜の闇より暗い渓谷の闇。

 私とお嬢様は、固く手を繋いで落ちていく。



 お嬢様は侯爵家のご長女で、皇太子殿下の許嫁であられました。上にお兄様がいらっしゃいまして、御一家の皆様共に幸せな日々をお暮らしになっておられました。学園で一人の伯爵令嬢に出会われるまでは……。

 媚びる男爵令嬢に、皇太子殿下と周囲の高位貴族の皆様が骨抜きにされていく中、お嬢様の立場はドンドン悪くなっていきました。そして、舞踏会の最中に行われた断罪。

 子爵家の三女ですが、継げる家もなく、養子のあてもなく、爵家のお嬢様付きの侍女として、十歳の頃からお嬢様と過ごしてきた私は、お嬢様に罪が無い事はわかっておりました。冤罪──。でも、私などの言葉が力を持つこともなく…………。



 ◇


「ビオラ、目を開けて!ビオラ!」

 必死なお嬢様の声が聞こえました。

 四肢の痛みに耐えながら目を開くと、お嬢様のお顔が──薄暗がりでもわかる綺麗なお顔──目を見開かれ、涙を浮かべながら、「侍女なのに、主人より後に目を覚ますって、どういう事ですか!」と叱責してきます。こんなに力強く抱きしめながら言うセリフではないと思うのですが、これがお嬢様の可愛いところです。世間で言うツンデレというものでしょう。


 夜が明けたのか、深い谷底にも微かな光が差し込んでおります。


 「お嬢様、お怪我はありませんか?」そう言う私の顔を見つめながらお嬢様は、貴女が守ってくれたからと、呟かれます。うん、お嬢様は可愛い。

 落下する最中、私はお嬢様を抱きかかえ、緑の魔石が取り付けられたチャームに魔力を注ぎ込みました。

 二人を包みこんだ魔石の光は、落下の衝撃をやわらげてくれる。途中、谷の突起や木々にぶつかり、魔蜘蛛の巣に引っ掛かったりで落下速度が軽減された事もあり、お嬢様に大きな怪我は無し。まあ、私は右手、左脚が変な方を向いてるし、内臓にもダメージを抱えてしまったみたいですけど。

 

「それにしてもビオラ、貴女、魔法が使えたの?」

 不思議そうにお嬢様が言われました。

 無我夢中で……、という私に、ちょっと疑う眼差し。

 実際、私は魔法が使えません。でも、それに代わる道具を身に着けていました。俗に言う、魔道具。


「実は……」

 谷底の渓流沿いで、私は胸元からペンダントを取り出します。三つのチャームがついたペンダント。

 一つ目は、先程使った緑の魔石が取り付けられた風の力が込められたチャーム。既に割れています。

 二つ目は、小さな鏡が付いたチャーム。

 三つ目の白い飾り石がついたチャームを取り外すと、魔力を込める。

 白い光が拡がり、私とお嬢様を包み込み、暫くして割れた。

 怪我を治す癒しの魔道具。


 唖然とするお嬢様に、私は小さな胸を張って、「こんな事もあろうかと!」と言うと、

「魔道具……」

 そう、呟かれました。


 そうです。僅かしかない私の魔力でも使える魔道具。これらの魔道具は給金を貯めてやっと買えた虎の子の三つ。

 集めてて良かった魔道具達。



 ◇


 谷底に跋扈する魔獣を避け、休める所を探す為に上流に向けて歩き始めるお嬢様と私。そこで、一人の魔法使いと出会うことになります。


 上流にあった洞穴。

 その洞窟の中に、氷に閉ざされた館。

 御伽話で目にしたような不思議な光景。


「誰だ?」

 低い声が聞こえました。

「このような所に来るとは、罪人か?」


 館の中から一人の男性が出てきました。

 氷で閉ざされた洞窟の中で見た、二十代半ばと思わしき男性。

 整った顔立ち、均整の取れた体躯、金色の瞳、足元まで伸びた金色の髪、私は、見惚れていました。お嬢様も同じようでございます。


「貴方こそ何者ですか?」

 お嬢様が答えられます。

「このような所で住まわれているとは、そちらの方が理由がある存在なのではございませんか?」


「私は……死にゆく者」

 男は、氷の縁までやってきました。

 こちらから見ると、まるで氷の中に閉じ込められているように見える。


「お願いです。私達は悪意により捨てられた者、どうか僅かの間で宜しいので、過ごさせてはいただけませんでしょうか」

 私は、氷の壁に縋り付き、必死に願った。

「ど……どうか、お助けを」

 身構えていたお嬢様も、私を見て、慌てて頭を下げます。



 氷に閉ざされた館の中で、お嬢様と私は魔法使いと席を向かえていた。

 全てが白く、色の無い館。

 無造作に出されたお湯からも白い湯気。

 温かいお湯がお腹を温める。


 暫くの時間の後、最初に言葉を発したのは、男だった。ポツリポツリと話し始めます。


「私は、サザーレン王国の魔道士だった──」

 サザーレン王国は、歴史の中に沈んでいった伝説の王国。神にも匹敵するという魔法技術で諸国を従属し、歴史上最も大陸統一に近付いた国とされている。でも、千年近く前の話である。


「一夜の国…………」

 お嬢様の口から、そんな言葉が漏れました。

 そう、サザーレン王国は、その隆盛の中、一夜にして崩壊したと云われているのです。


 荒唐無稽な話。

 でも、男は話を続けます。

「あの国は、悪魔となってしまった──」


 サザーレン王国は、魔法の力をもって他国を侵略していった。王国民のみを人とし、いや、王国貴族のみを人とし、民を他国民を魔法により操っていた。奴隷化、虐殺、人体実験等は当たり前に行われていた。悪魔の所業。私も、十代にして何百人の人を自分の魔法の的にしたかわからない。

 幼い頃から、神童と呼ばれていた私は、十代にして魔法師団の一員として、二十になる頃には、一師団長として、戦地を駆けていた。

 私にとって、王族以外は人ではなかった。沢山殺した。沢山……気が遠くなるほどの人を殺した。

 でも、そんな中、一人の少女を見た。

 幼い妹を守る異国の少女。

 話しかけ、言葉を交わし、命を奪った時、私は理解した、命というものを……。

 呪った。

 国を!

 全てを!

 自分自身を!

 私の呪いは、魔力を喰らい、血に塗れた大地を喰らい、死の漂う大気を喰らい、黒い靄となり王国を包みこんだ。黒い靄の中、人々は、自己の心のままの姿となった。王族は卑しいオークに、騎士たちは悍ましい山犬に、魔法使い達は欲深い悪魔へと……。

 黒い靄の中、互いを喰らい合っていた。

 そして、一夜にして王国は沈んでいった。

 見届けた私の前に、一柱の天使が舞い降りた。

 あの少女の姿で…………。

 そして、私に罰を──『千年の罰』


「何故、そのような事を私に?」

 男の言葉の最後に、お嬢様が問われた。


「さあな、人恋しくなったのかな。あと数日で千年の罰が終わるというところで出合ったのだ、誰かに話してみたくなってしまったのかもしれない」

 自分の事なのに、なんとなく他人事のような口調で話しながら、お湯を口にします。


 不意に男は、この中なら魔獣に気付かれない、だから大丈夫だ。そう言いながら、静かに笑みを浮かべました。静かな微笑。

 ここには茶葉などないからな……申し訳なさそうに呟く男に、お嬢様は微笑みを湛えながら、再び白湯を口にします。

 少し冷めて優しい温度の白湯。


 できれば貴女達の事も聞かせてくれないか?そう言う男の声は、何処となくワクワクしているように聞こえる。

 ポツリポツリと、お嬢様もご自身のはなしをされていきます。



「なんと……、人は酷い事だな…………。何年経とうと人の業は変わらぬか…………」

 お嬢様のお話を聞いた男の感想は、こうでありました。


 それから五日程は、久しぶりの安らかな日々でした。お嬢様と男は気があったらしく、毎日のように笑顔で話し合われています。


 「ねぇビオラ。彼の名前は、フェルドリットっていうのよ」「ねぇビオラ。彼ったらね──」「ねぇビオラ。私──」いつもの『ねぇビオラ』から始まる話。

 私も笑顔で聞いていました。

 久しぶりに見たお嬢様の笑顔。

 何の駆け引きもない、素顔のお嬢様。



 でも、お二人の時間は有限です。

 六日目の夜、フェルドリット様が見たこともない苦痛の表情で話されました。


「明日で私は死ぬ。いや、死ぬ事を選んだ──」

 天使様は、フェルドリット様に罰を与えられました。──千年の罰。

 千年の間、年を取ることもなく、生き続ける罰。

 千年の時を生き、世界を見続ける罰。

 一年前、再び天使様が私の前に現れた。そして、こう告げられた。

 『このまま消え去るか、それとも生を続けるか』

 私は消え去りたいと言った。

 今の私は、消え去るまでの一年の猶予だ。

 しかし、私が消えてしまうと、この館の魔法が解ける。そうすると、館も消え去るだろう、この谷底で人が生きていくことはできない。

 その前に貴女達を別の地に送ってあげたい。

「私は、貴女達に生きてほしいのだ」


 衝撃的な言葉でした。

 彼がこんな事を言うなんて…………。


「私も共に死なせて下さい」

 声を出したのは、お嬢様。お嬢様は、涙を流しながら言葉を続けられます。

「国を追われ、私の生きていく地はこの世界にありません。ならば、せめて、千年を生きた貴方と共に逝かせてくださいませんか?」


 二人で手を取り、こちらを見つめられます。

「ビオラ、貴女だけでも」


 私は返事ができませんでした。

 お嬢様の言う通り、この谷底から出られたとしても、生きていく術がないのです。

 実家の子爵家に帰ることもできませんし、お嬢様と私は罪人とされた身。既に死んだ者とされているでしょう。それに──。


 重い空気が氷の館を包む中、一晩中、お嬢様のすすり泣く声が聞こえていました。

 私は、白い天井を見つめ、呟きます。

「ついに明日…………」



 ◇


 翌日、太陽が中天に差し掛かり、谷底にも日の光が射し込む中、私達の前に天使様が顕現されました。

 幾組もの純白の羽を持つ神々しい少女の御姿。


「人の子よ、一年ぶりですね」

 頭の中に言葉が響きます。

「時がきました。千年の罰はこれで終わりです。その前に一つの奇跡を授けましょう。時を遡る魔法。産まれた時に立ち戻り、人の生をやり直す事のできる魔法です。貴方なら使えるでしょう。フェルドリット」


 天使様の指先に小さな光の球が現れ、それがス〜っと、フェルドリット様の胸に吸い込まれていく。


「おや、ギャラリーが居たのですね。千年の時の中で貴方も──フフッ。そう、その魔法をどのように使うか、いや使わないかは自由です。ただ、最後の時を大切にね──さようなら、フェルドリット」

 そして、フェルドリット様から視線を外した天使様は、私の方を見て、一度目を見開いた後、軽く微笑み、ゆっくりと消えていった。

 その瞬間、耳元で囁くような言葉が聞こえた。さっきまでの頭に響く声ではなく、本当に囁くような天使様の声。

 私はそっと感謝の言葉を呟く。



「ああ、本当に最期の時のようだ」

 フェルドリット様の身体が淡い光に包まれ、指先からサラサラと粉になって空気中に舞いはじめていた。

「さぁ、そなただけでも──」

 そう言いながら、お嬢様を見つめる。


 お嬢様は、フェルドリット様に近付くと、そっと唇を合わされました。

「私も共に参ります」

 そう言ったお嬢様は、お綺麗でした。

 今まで見た、どんなお嬢様のシーンより、お綺麗でした。

 あぁ、本当の愛を知られたのですね。


 抑えきれない涙が流れた私に、お二人が視線を向けると、相好を崩されます。

「あなただけでも」

「そなただけでも」

 時を遡る魔法が、光の球となって私に向かってきます。

「時を遡っても、今生の記憶は残るらしい。次は良き人生を!」

「今度は、私なんかの侍女にならずに長生きしてね!」

 お二人の言葉の中、光の球は次第に速度を速めて私に向かってきます。

 ──これでお別れか…………。


 私も飛び切りの笑顔を作り、別れの言葉を紡ぎます。

「お二人に逢えて幸せでした。お嬢様、また今度も私を侍女にしてくださいね。フェルドリット様、今度は貴方様がお嬢様を迎えに来てくださいね。お願いですよ」


 私は、胸元のペンダントから最後のチャームを取り外す。

 それは小さな鏡。

 一度だけ魔法を倍化して跳ね返す魔道具。

 私に向けられた時を遡る魔法が、来た方向へと返っていく。

 フェルドリット様とお嬢様のもとへ。


 驚きの表情で魔法の光を受けたお二人は、一瞬で消えていった。


 魔法は成功したのだろう。

 私は一人、崩れゆく館の中で膝を落とした。

 自然と拳に力が入り、ガッツポーズとなる。

 私は安堵の笑顔で死んでいく。



 ◇◇◇


 天使様は、最後に私にこう囁いた。

『執念深い娘ね。大丈夫よ千年の罰は、魔法として彼の魂に刻まれているから、きっと貴女の望み通りにしてくれる。貴女に祝福を』

 だから、私の賭けは成功したのだろう。


 私がこの谷底に来たのは、これが四回目。

 一回目は、騎士達に襲われ、お嬢様共々操を奪われた上に輪姦され、谷底に捨てられた。

 何とか私は一命を取り留めたが、お嬢様の命は既に無くなっていた。

 その後、氷の館を見つけて保護されたが、私を哀れに思ったフェルドリット様が、私に時を遡る魔法を使ってくれて、再び人生をやり直す事になった。


 二回目は、何とかお嬢様の断罪を防ぐべく頑張ったけど、力足らず一回目同様の断罪が行われ、国外追放となった。その時も途中で騎士達に襲われた、でも今回のように捕まらず逃げる事ができた、それでもやっぱり追い詰められて谷底に落ちる。

 何とか二人共無事とは言えなくも、命だけは助かったので、氷の館に保護してもらったが、程なくして怪我の具合の悪かったお嬢様が亡くなり、私が再び人生をやり直す事に。


 三回目は、とりあえず生き残る事を主題において、今回も使った風の魔道具と癒しの魔道具を準備していたのですが、今回と同じく、最後にフェルドリット様とお嬢様は私に魔法を使い、私だけやり直す事になってしまった。


 そして、四回目の今日、鏡の魔道具まで手に入れていた私は、遂に成功した。時を遡る魔法は、対象者の記憶を残してくれるのだから、きっとお二人共幸せな人生を送ってくれるでしょう。


 ああ、それにしても天使様は、やり直しても覚えていらっしゃるんだなぁ。私の事、執念深いって、そうかもしれない。だって、あんなに素敵なお嬢様だもの、何回やり直しす事になったとしても、幸せになってほしい。きっと天使様もお嬢様の側にずっといらっしゃったら、そう感じるに違いありませんよ。

 今回も仰られてましたけど、三回目に聞いた『千年の罰は、魔法として彼の魂に刻まれている』って、事から思いついた今回の計画。上手くいけば良いなぁ。

 私ができるのは、ここまでです。

 お嬢様、フェルドリット様、お幸せに。





 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「アリシェラ・ノエル・サーリセルカ、お前との婚約を破棄する!」

 ヴァルミザック王国皇太子レミントンが、学園での舞踏会の最中に声高らかに告げられました。


 周囲の者達にも動揺が走ります。

 だってそうでしょう、私のお嬢様、アリシェラ様は幼い時からの皇太子の許嫁で、既に王妃教育を終えようとする、頭脳明晰、眉目秀麗、品行方正な完璧なレディーなんですから。

 そんなお嬢様に、こんな場で婚約破棄を告げるだなんて、信じられません。


 私の名は、ビオラ・コッサル。

 しがない子爵家の三女で、十歳の頃からお嬢様の侍女として側につかせていただいています。

 特段褒める所も自慢できる所もない私を、大事に可愛がってくださるお嬢様。そんな素晴らしいお嬢様に、こんな衆目に晒される形で婚約破棄を告げるだなんて。


 皇太子の横には、 あどけない顔で卑屈に微笑む伯爵令嬢。確か、フラグレイ伯爵家のハクレア様。

 わざとらしく皇太子に寄り添っています。


「アリシェラ!か弱きハクレアに行った数々の悪意ある行為、不正は明白である。人身売買、横領──」


 皇太子が自信満々に言い上げる行為、罪状の数々は、常日頃、お嬢様と行動を共にしている私にも覚えがないもので、冤罪だというのは明らかです。

 でも、何故お嬢様は反論しないのでしょう?

 それどころか、微笑んだまま皇太子を見据えています。

 

「何故、何も言わぬ。罪を認めたか。私の妻となり、王妃の座を狙わんとしたお前に与える情はない。国外追放と処す!」


 国外追放?

 国外追放ですと?

 ちゃんとした調査をする事もなく、侯爵家令嬢を国外追放?

 国王が国内にいない隙をついての断罪劇?

 頭がパニックになり、ただ震えて側に立つだけの私に、お嬢様は優しく声をかけてくださいます。

「大丈夫よ、ビオラ」


 バラバラとお嬢様と私の周りを、騎士達が何処となく下卑た薄ら嗤いを浮かべながら取り囲んでいきます。

 いつの間にか舞踏会を楽しんでいた人達は壁際に移動しており、ジッと成り行きを息を呑んで見つめている。


「連れていけ!」

 号令のように言った皇太子の顔は嬉しそうで、寄り添ったハクレアと同じ表情。


 その時、正面の扉が大きく開かれ、大勢の甲冑の騎士達が入ってきました。

 その中央には、王様──。

 国外にいるはずの王様!?


「何と言う事をしてくれたのだ、イスタールよ」

 王様が皇太子の名を言いながら前に出てきます。

「父上…………」

 目を泳がせながらの皇太子。


「言った通りだったでしょう、アズラール王」

 王様の後ろから現れ、声を掛けたのは、金色の瞳に足元まで伸ばされた金髪の二十代と思わしき男性。凄まじいまでのイケメン!


「貴方様の言われる通りでございました」

 王様が敬語で話してる──誰?このイケメン。


「な、何の事でしょう……か、父上。そ、それに、今、は、帝国にいらっしゃる、はず……なので……は?」

 皇太子がドギマギしてる。


 帝国?

 王様、帝国に行ってらっしゃったんだ。

 帝国。千年前、サザーレン王国の後に建った北の大帝国。私達のいる王国の何倍もの国力を持つと云うけど、それよりも有名なのは──


「そ、それに、何だ、キサマは!」

 そうそう、皇太子、私もそこが気になってました。よくぞ聞いてくれました。


「馬鹿が、クリスティエル帝国の皇帝陛下にむかってキサマなどと」

 うわぁ、力関係が……、帝国大きいもんね。王様が陛下呼びしてるよ。

 って、皇帝陛下?

 建国から千年、年もとらず生き続けているって噂で有名な、あの皇帝陛下?


「え……………………」

 皇太子、声が出なくなっちゃった。


 私は、ふとお嬢様に目を向けました。もしかして、お嬢様はこの事を知っていたのではないか?そんな気がしたからです。

 驚きました。

 急な断罪より、王様登場より、皇帝陛下登場よりも驚きました。

 お嬢様は、ポロポロと涙を溢しながら、花が綻ぶような笑顔で皇帝陛下を見つめていたのです。

 それがどんな感情なのか、私には分かりませんでした。



 その後の処理は、迅速を極めました。

 既に調査が為されていたのでしょう。フラグレイ伯爵令嬢のハクレアに行われたという嫌がらせ行為は、全てが自作自演。人身売買、横領などの不正、犯罪行為は、フラグレイ伯爵とその近領領主によるもの。その金の一部は、皇太子の懐にも入っていたというんですから、救いようがない。

 当然、皇太子は廃嫡の上、貴族格を剥奪され鉱山送り。フラグレイ伯爵と近領領主達は、当主には斬首、一族郎党には奴隷落ちの沙汰となった。また、皇太子に付き従っていた騎士達についても、暴行等の非行行為が詳らとなり、鉱山へと送られた。

 ハクレアにいたっては、虚言癖があるとして、舌を切られて、当主達と一緒に首を並べている。

 明らかに厳し過ぎる罰ではあるが、帝国との関係上、仕方がない処分だったのでしょう。

 やつれ果てた王様がなんとなく不憫に感じられてしまいます。



 そして──


「アリシェラ、待たせたな」

「フェルドリット様、貴方の千年に比べれば」

 見つめ合う二人。

 えっ、なんですか?

 お知り合い?

 えっえっ、キス?

 お嬢様、はしたない。

「貴女を迎えるに相応しくなろうと思ったら、国が大きくなり過ぎてしまった」

「まぁ、私は貴方がいてくれれば、それだけで十分ですのに」

 はぁ、お嬢様の為に国を造ったのですか?

 はぁはぁ、帝国ですよ。

 千年かけて?

 千年前から出逢う事を知っていたのです?

 何?


 理解不能で戸惑う私に向かって、二人揃って言いました。

「「ありがとう、ビオラ」」


 まぁ、お嬢様が幸せなら何でも良いか。



 ◇


「ところで、フェルドリット様、クリスティエル帝国の『クリスティエル』って、どういう意味なんですか?」

「そうか、ビオラは覚えていないんだな。『クリスティエル』は、天使様の名前だよ。私達三人を逢わせてくださった、とても可愛らしい天使様」



                   おわり

読んでくださり、ありがとうございます。

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