第5話 朝食は大切
「ったく、人の安眠を妨害しやがって」
階段を降り、キッチンに向かう間、俺は少女に嫌味を言い続けた。ただでさえ朝は低血圧で体調が優れないのに、このはた迷惑な少女のせいで気分はさらに最悪だ。
「人がせっかく起こしてあげたのに何ですかその言い方は。あっ、もしかして恋人設定の方がよかったですか?」
アホなことをほざいている少女を無視して、キッチンに向かった。俺以外誰もいないキッチン。コーヒーを入れていると、少女が話しかけてきた。
「あの〜、今日も君一人なんですか? ご両親らしき人をお見かけしたことがないのですが」
キョロキョロと辺りを見回す少女。
「両親は医者なんだ。仕事が忙しくて、ほとんど家には帰ってこない」
小さい頃からそうだった。寂しさを感じていたときもあったような気がするが、今では一人で過ごすことに慣れた。
「そうなんですか……寂しいですね」
「別に寂しくない。おい、何だその顔は」
少女は目をうるうるとさせて、俺をじっと見つめている。まるで、捨て犬を見ているような哀れみの眼差しだ。
「……だって、この孤独な環境が君の性格を捻じ曲げていったと思うと悲しくて。ううっ……、かわいそうな黒田君」
大袈裟に涙を拭う素振りを見せる少女に、俺は片眉を吊り上げた。
「人を脅すお前に、性格が捻じ曲がってるなんて言われたくねえよ」
「脅すなんて人聞きの悪い。私の場合は君が快く協力してくれるって言ってくれたんじゃないですか〜、あはははは」
少女はケラケラと笑った。笑顔だが、目が笑っていないのが怖い。
「……」
俺は落ち着こうと、イスに座り、コーヒーを飲んだ。
「人の首元に刃物を押し付けて、脅した奴がよく言うよ」
「はあ……そんな昔のことを覚えてるなんて」
誤魔化すように、明後日の方向を見ている少女。
「昔じゃない。昨日のことだろ」
「あっ、昨日といえば!」
幽霊はパンッと両手を叩き、ニコッと笑った。
「私、空き部屋を見つけましてね。ほら、君の隣の部屋」
コーヒーを飲んでいた俺は、その手を止めた。
「誰も使ってませんよね? あそこ美少年グッズ置き場にしていいですか?」
ピキリと俺の額に青筋が立つ音がしたのがわかった。
「いい訳ねえだろ! それにあの部屋は兄さんの部屋だ!」
俺はガタンッと椅子から立ち上がる。自分でも驚くほど大声になった。
「君、お兄さんがいらっしゃるんですね」
「……ああ」
少女は不思議そうな顔を浮かべた。
「でも、お兄さんの姿が見えませんね。離れて暮らしているんですか?」
「今は入院してる」
「……そうですか。お兄さん、早く良くなるといいですね」
「お前には関係ないだろ」
俺はコーヒーを飲み干し、カップを流しに持っていく。
「あの……もしかして朝ご飯食べないんですか?」
怪訝そうな表情で尋ねる少女。
「食べないけど、それがどうした」
「うえぇーー!?」
少女はそう叫んだ後、目の前に立ちはだかり、俺を睨みつけた。
「邪魔だ。どけよ」
「ご飯食べてください! パワーが湧かないじゃないですか!」
「食欲がないんだよ」
少女は自分自身をビシッと指差した。
「私が食べたいんです!」
「お前が食いたいのかよ!」
どんだけ食い意地が張ってんだ。
呆れ顔を向けると、少女は大声で叫んだ。
「いいから、食べさせろーー!」
「うわっ!」
気づいたときには少女に体を乗っ取られていて、俺は宙に浮いていた。
「やった! 乗っ取り成功!」
少女は、俺の体で試合に勝利したボクサーのように両手を挙げている。
「あ、クソ! なんで!」
どうしてこうも簡単に体を乗っ取られるんだ。
「私、食への執念すごいんです。だから、朝はきっちり食べます!」
そう言うと、少女は冷蔵庫の中を漁り始めた。どうやら食べ物を探しているらしい。
「冷蔵庫の中見ても無駄だぞ。朝食っぽいものなんてないからな」
少女はチッチッと人差し指を左右に振る。
「ふふん! ご心配なく! 昨日味噌汁を作ったんです!」
「いつのまに……」
少女はご飯と味噌汁を手際よくテーブルに用意し、両手を合わせた。
「いただきまーす!」
うまそうに朝食を食べている少女。その様子を見ているうちに腹が減ってきた……ような気がした。今は霊体でそんなはずはないのだが。
「やっぱり味噌汁はおいしいです。んっ? そんなにじっと見て、もしかして食べたいんですか?」
図星をつかれた俺は言葉に詰まる。
「そ、そんな訳ないだろ。お前のアホヅラを眺めてただけだ」
「もう、またそんな憎まれ口叩いて。しょうがないな」
少女はやれやれという感じで言った。気がつくと、俺は自分の体に戻っていた。出たり入ったりと忙しい。
「はい、召し上がれ! 人がおいしそうに食べてるところを見ると、お腹すきますよね、わかりますよ〜」
嬉しそうにウンウンと頷いている少女。
何だかこいつに見透かされたようで癪だ。
「違うって言ってるだろ」
「じゃあ、食べないんですか? それなら代わってくださいよ」
テーブルに置かれた食事を眺めた。ほかほかと湯気が立っているご飯に味噌汁。シンプルな朝食だが、うまそうだった。
「残すのはもったいないから食べてやる」
「何ですかその言い方は。全く、素直じゃないな〜」
少女は不服そうに頬を膨らませた。
「うるさい……いただきます」
両手を合わせた後、俺は朝食を食べ始める。味噌汁をすすると、じんわりと体が温まっていくのを感じた。
こんなちゃんとした朝食なんて久しぶりだ。いつもはコーヒーか、何も食べないかのどちらかだった。
「……おいしい」
思わずそう口にしていた。俺はハッとして少女に顔を向ける。
こんな素直に褒めたらあいつが調子に乗って……。
しかし、そこにはとても優しげな顔をしている少女の笑顔があった。
「そうでしょう? 愛情たっぷり入れてますからね!」
そう言って、少女はドンっと自分の胸を叩いた。
愛情って……、お前が言うなよ。
「昨日は殺そうとしたくせに」
ボソリと呟いた俺に、少女は首を傾げた。
「んっ? 何か言いましたか?」
「何でもない」
「そうですか。ふふふ。たくさん食べてくださいね」
なぜか少女は俺が食べる様子をニコニコと嬉しそうに眺めていた。変な奴だ。
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