第3話 美少年は世界を救う
「何ですかいきなりか大声を上げて。近所迷惑ですよ?」
うるさそうに耳を押さえている幽霊を、俺はビシッと指差す。
「迷惑なのはお前だろ! とっとと家から、いや、俺の体から出て行けえぇ!」
俺の言葉が意外だったのか、幽霊は目を白黒させている。
「えぇ!? 君はこれから美少女と暮らせる夢のような生活を味わえるのに、何でそんなもったいないこと言うんですか!」
「……何が美少女だ。ふざけるのも大概にしろよ」
俺の声は怒りで震える。
「お前のせいでどれだけ俺に迷惑がかかってるかわかってんのか!? というかお前と暮らせることをご褒美みたいに言うのやめろ! 腹立つ!」
「まあまあ、そんなカッカッしないでくださいよ。カルシウム不足ですか?」
見当違いな幽霊の言葉に、頭の血管がぶち切れそうになる。
「元凶はお前だよ! 俺の部屋を散らかしやがって……。きちんと本もDVDもあいうえお順に並べてたのにぐちゃぐちゃだし」
ごみ一つ落ちていなかった俺の部屋は、今やDVDケースや本が床に散らばり、雑然とした汚部屋へと変わり果てていた。
「部屋を散らかしてたのは悪いと思いますが、あいうえ順は細かすぎませんか?」
「うるせえ! ズボラ女! お前が適当すぎるんだよ!」
「私は普通だと思いますけどね〜。君が几帳面すぎますよ」
ただでさえここ三日間のことにイラついてるのに、この幽霊の態度を見ていると、さらに負の感情が膨らんでいく。
「しかも、よりにもよってだ。何で美少年ものばっか集めてるんだよ!」
美少年グッズで溢れ返っているこの部屋を誰かに見られたら自殺もんだ。社会的に死ぬ。考えただけでも冷や汗が止まらない。
「何で美少年か? いい質問ですね。ズバリ答えましょう!」
幽霊は親指をビシッと立て、ドヤ顔を俺に向けた。俺は自分の頭を押さえ、「なんてバカな質問を言ってしまったのか」と後悔した。
「いや、答えなくていい……」
「それは、美少年は世界を救うからです!」
幽霊は俺に顔を近づけ、鼻息を荒くしてそう答えた。圧がすごい。
「美しいものは見る者の心を癒します。そう、それが美少年! 世界の宝! 君もこの数週間で理解してくれましたよね?」
幽霊は目をくわっと見開き、鋭い視線を送ってきた。俺はできるだけ幽霊の目を見ないようして、答えた。
「一ミリもわからない」
「さあ、同志! 美少年の素晴らしさをこれからも一緒に堪能しましょう!」
キラキラとした瞳を向ける幽霊に、俺は頭痛がした。こいつ、全く人の言うこと聞いてない。
「誰が同志だ! 勝手に仲間意識を持つな!」
「やだなあ、一緒にオタクライフを楽しんだ仲じゃないですか〜」
「お前が勝手に楽しんでただけだろ! はあ……もう充分だろ。俺に取り憑くのはやめろよ」
これ以上、体を好き勝手使われたら身が持たない。こいつが美少年グッズを買いまくるせいで、財布も軽くなるばかりだ。
「それは無理です」
「はあ!? お前、ふざけんなよ!」
「君には私が成仏するために一緒にオタクライフを満喫してもらいます」
「成仏?」
幽霊は深く頷き、熱弁し始めた。
「私、アニメを観たり漫画を読んでいると心が熱くたぎるんです。存分に楽しめば、成仏できると思います! だから、一緒にオタクライフを充実させましょう!」
つまり、この幽霊はこれからも俺の平和な日常をぶっ壊し続けるということだ。そんな悪魔のような生活を想像して、一気に冷や汗が吹き出した。
「俺はこれ以上お前に付き合う気はない」
そんなのはごめんだ。俺のはっきりとした拒絶に、幽霊は落ち込んだように俯いた。
「そうですか……協力してもらえないのはとても残念ですが、仕方ないですね」
意外と簡単に諦めたな。そう安堵したときだった。幽霊はバッと顔を上げて、黒い大きな瞳で俺の顔をじっと覗き込んできた。
「なっ……」
俺が思わずのけぞると、幽霊はピンと人差し指を立てて、笑顔で一言。
「その場合は君を呪い殺します♡」
にこやかなまま、どす黒いオーラを背景に纏っている幽霊に、寒気を感じた。
まさかこの幽霊、諦めないつもりか?
「……冗談だろ?」
「いえ、本気ですよ」
そのときだった。体がふわりと浮いたような感覚がした。気づけば俺は自分の体を見下ろしていた。
「何だ……何が起きた?」
状況が理解できず、頭が真っ白になっていると、俺の体が言葉を発した。
「今、私は君に憑依しました」
体から発せられるのは俺の声だったが、違和感があった。
「私って、まさかお前はさっきの幽霊か?」
「ふふん、そうですよ。すごいでしょ?」
俺(を乗っ取った幽霊)は得意げにそう言うと、机の上に置いてあったカッターナイフを手に取る。
「はい! というわけで今この体は私の物です。私のお願い事を聞いてくれない場合、君の喉を掻っ切りますので、よく考えてからお返事してくださいね♡」
そう言うと、幽霊はカッターの刃を出し、その切っ先を喉元近くに持ってきた。
こいつ本気か? いや、まさかな。このおちゃらけた幽霊に人を殺すなんてできる訳がない。
「どうせハッタリだろ。やれるものならやってみろよ」
「あら、信じてない? 私は本気ですよ」
予想に反して、幽霊は躊躇なく俺の首に刃を押しつけた。そのせいで首からはタラーっと血が滴る。
「や、やめろよ! 誰の体と思って……」
「君はただ、協力してくれればいいんです。それで、どうします?」
余裕たっぷりの表情の幽霊に、俺は悔しさで歯ぎしりをした。
「……わかった。言う通りにするから、とりあえずカッターを置けよ」
そう俺が観念すると、幽霊はパンッと両手を叩いた。
「よかった! 私も君の部屋を自殺現場にはしたくなかったですから」
自殺現場という言葉にゾッとした。一刻も早くこいつをなんとかしなければ俺は呪い殺されるだろう。
冷や汗をかいている俺に向かって、幽霊は手を差し出した。
「じゃあ、これからよろしくお願いしますね♡」
どんよりとした顔をした俺とは対照的に、幽霊はとても晴れやかな笑顔を浮かべていた。
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