第28話 別れ
「準備完了!」
俺の部屋に機材をセッティングしたセーラは満足げな顔をした後、俺と体を入れ替わった。
「これに向かって話せばいいのか?」
俺がマイクを指差すと、セーラは親指を立てた。
「はい、そうです! 後は君の準備ができたら始めてください!」
俺は頷き、セリフを話し始める。数年ぶりの演技だ。しかも、一人で二役。セーラが満足できる演技ができるか不安だった。
「何でお前がこの高校にいるんだ!?」
「お前こそなんでここに!?」
この話はかつて敵同士だったアランとエドガーが生まれ変わり、高校で再会するというもの。
二人とも前世の記憶を持っていて、歪みあっているが、実はエドガーは前世でアランに助けられたことがあり、感謝の気持ちを伝えたいと思っていた。現世で伝えようと努力するがいつも上手くいかない。
表情豊かな桃瀬の絵。それに加えて水野が描いたアランとエドガーの掛け合いは軽快で演じていて楽しかった。
「どうしてお前はいつも俺を助けてくれるんだ? かつては敵だっただろう?」
「それは……」
そして、いよいよ最後のシーンでエドガーが告白する。
「……俺はお前に救われたからだ」
「え?」
「俺を助けてくれてありがとう。ずっとそう伝えたかった」
全てのセリフをいい終えた俺は机の上に突っ伏した。
「……はあ」
身体中が熱く、全身汗をかいている。
いつぶりだろう? こんなに全力で芝居をしたのは。
「……黒田君」
セーラに名前を呼ばれ、ビクッと肩が揺れた。
そうだ。まだ終わってない。こいつが満足する演技ができたとは限らない。
子役時代に投げつけられた罵詈雑言が頭を巡った。
俺はセーラの期待に応えられたのか? もしかしたら失望されたかもしれない。
そう思うと、恐怖で体が震えた。
嫌だ。こいつにだけは失望されたくない。
「ねえ、黒田君」
恐る恐る顔を上げると、そこには涙と鼻水だらけのセーラの顔があった。
「さ、最高の演技を……ううっ……あ、ありがどうございまじだあぁ!」
泣きながらそう言うセーラの顔を俺はポカンと眺めた。
「アランのかっこよさやエドガーの優しさがしっかりと表現されてました。まるで二人に命を吹き込まれたようだった」
セーラの言葉に俺はその場にペタリと膝をつく。
「誠太郎きゅん!? どうしたんですか!?」
「安心したら腰が抜けた、あはは」
俺が笑うと、セーラは頬をかいた。
「……だめだな。私はやっぱり願ってしまいます」
「セーラ?」
じっと俺を見つめるセーラ。
「君には芝居を続けてほしい。きっと君の芝居はまた誰かを救うはずだから」
「……」
「だからまた見せてくれませんか? 君の芝居を」
セーラは微笑み、祈るように言った。その瞬間、俺の目から大粒の涙がこぼれ落ちる。
ずっと誰かにそう言われて、許されたかったんだと思う。また芝居を楽しんでもいいんだって。
泣き続ける俺をセーラは抱きしめた。幽霊なので、抱きしめられた感覚はないはずだが、なぜだか俺は温かさを感じた。
「ごめんね。私はファンだから、また君の芝居を見たいって願ってしまうんだ」
怖かった。芝居をしようとすると、兄さんの顔が思い浮かび、罪悪感に押し殺されそうだった。
俺が芝居をしていなければ兄さんは元気だったはずなのに。普通に笑って暮らしていたはずなのに。
それをぶち壊した俺が芝居を楽しむ資格はないと思った。
でも、今ならわかる。俺は兄を言い訳にして逃げてただけだ。本当に自分が望んでいることに見えないように蓋をしていた。
傷つきたくないから。何かを失いたくないから。
そんな逃げてばかりの自分はもう嫌だ。新しい自分の芝居を見てもらいたい。だって、俺は芝居が好きだから。やめられるはずがない。
「でも、もう時間がないみたいです」
「え?」
そう言われて驚いた。なぜならセーラが消えかかっていたからだ。
「いや、待て待て! 動画はどうするんだよ!」
「私、動画編集のやり方を書いたノートを君の部屋に置いてるので、それを見て、完成させてください」
ビシッと親指を立て、ドヤ顔のセーラからは、自分で動画を完成させる気がない気持ちが強く伝わってきた。
こいつ、本当にこんな中途半端な状態で成仏するのか!?
「俺かよ! いや、マジでちょっと待て! せめて完成したもの見てから成仏しろよ!」
「……すみません。でも、今なら逝けそうです。ああ……ようやく逝けるんだ」
そう言ったセーラの顔はとても穏やかで、本能的に成仏することを望んでいるように見えた。
「……ぐっ。マジでお前、最後まで自分勝手だな」
俺は拳をぎゅっと握った。
こいつはいつもそうだ。俺をわがままで振り回して、最後はこんな形で終わるのかよ。
「ふふふ、すみません。誠太郎君は長生きしてくださいね」
セーラはそう言って微笑み、ゆっくりと消えていった。あっけない別れだった。
「本当……自分勝手な奴」
握りしめた漫画の上にポトリと水滴が落ちる。
最初はうざったかった。早く成仏させたかったのに。
「……なんで今更消えるんだよ」
俺は倒れるようにベッドに寝転んだ。目を閉じると、先程のセーラの笑顔が浮かぶ。
くそ。最後になんであんな幸せそうな顔見せるんだ。忘れたくても忘れられないだろ。
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