第27話 セーラの過去
「私、生きてた頃、いわゆるブラック会社で働いていました。毎日残業、残業で、休みもなくて辛かったんです。上司からも罵声も浴びせられて、グズだの、のろまだの散々な言われようでしたよ」
セーラは苦笑いを浮かべた。
「そんな日々を過ごすうちに食欲もなくなっていきました。何も食べられなくて、あのときは死ぬかと思いました」
「……お前が食べたくないって、どんだけだよ」
「頭では食べないといけないとわかっているんですが、体が食べ物を受け付けないんですよ。まるで生きることを拒否してるみたいに」
「……」
悲しげに笑うセーラを見て、胸が苦しくなった。
普段、飯やデザートをこの上なく幸せそうに食べてるセーラ。そんな奴が食べることを拒否するのはどれだけ精神的にまいっていたのかがわかったからだ。
「そんな心も体も疲れ切っていたとき、私は君に出会いました」
「出会った? 俺に会ったことがあるのか?」
俺の問いに、セーラは首を横に振った。
「いいえ。正確には見つけたが正しいですかね。テレビCMですよ」
「CM……ああ、売れてた頃はよく出てたな」
お菓子、洗剤、車など、たくさんのCMに出演していたことを思い出した。
「はい。その中でも、私は、おにぎりのCMが忘れられません」
セーラは懐かしむように言った。
「そのCMで、君がおにぎりをおいしそうに食べている様子を見ていたら、不思議とお腹が空いたんです。そのとき、おにぎりを食べられました。あのときは嬉しくて涙が止まりませんでした」
俺は、セーラが嬉しそうに「人がおいしそうに食べてるところを見ると、お腹すきますよね」と言ったのを思い出した。あれはセーラ自身のことを言っていたのか。
「そのことがきっかけで私は君のファンになりました。君が声優に初めて挑戦したアニメにはまってコスプレもするようになったんです。ほらこれ」
セーラは自分が着ている制服を指差した。
「君が学園ものアニメに出演したときのコスプレです。男の娘キャラ演じてましたよね?」
「……あ」
そういえば子役時代に声優もしていた。だから、セーラの制服に見覚えがあったのか。
「私は君のおかげで灰色だった日常がカラフルになっていった。生きている意味を見出せました。でも、君は事件を機に演じることをやめた」
セーラの声色が暗くなる。
「生きる希望だった君がいなくなって私は絶望しました。そして、私はある日、過労で倒れて、気づいたらこの姿になっていたんです。最初は怖くてたまりませんでした。誰かに助けてほしかった。そんなとき、君に出会えてとても嬉しかった」
そう言ってセーラは微笑んだ後、視線を落とした。
「でも、君の目には生気がなかった。今にも消えてしまいそうな君を放っておけませんでした。だから、最初は無理やりでも何かさせようと思いました」
「それが漫画作り?」
「ええ、まあ、八割は私の願望も入ってましたが」
「八割って、ほとんどお前の願望じゃねえか」
「あはは。それでつい、君にキャラも演じてもらいたくなったんです」
セーラは照れたように頬をかいた。
「それに、スターフィッシュのDVDを観たとき、君が泣いている姿を観て思ったんです。ああ、この子はやっぱり芝居が好きなんだなと。もう一度、何かを演じるべきだと思いました」
こいつ、あのときそんなこと思ってたのか。
驚いてセーラを見ると、優しい目で俺を見つめていた。
「辛いとき、悲しいとき、君のことを考えるだけですごく幸せでした。私だけでない、きっと多くの人が君に勇気や元気をもらったはずです。そんな君が賞賛されることはあっても、否定されていいはずがない。君自身でも、誠太郎君を悪く言う奴はこの私が許しません」
「でも、今の俺には何もない」
こいつが好きだったのは芝居をしていた俺だ。今の俺には何も価値がない。
「何を言うかと思えば……」
セーラはふっと笑った。
「別にそんなことどうでもいいんです。ただ、私はもう一度君の笑った顔が見たかっただけですよ」
俺はポカンとした表情になる。
「もしかして、お前が死んでも叶えたかった夢ってそれか?」
「はい! だって、推しにはいつも笑顔でいてもらいたいですから!」
満面の笑顔で頷くセーラ。
「……バカじゃねえの」
俺は俯き、絞り出すような声で言った。
本当にこいつはバカだ。死んだ後も他人の俺のことなんか考えていたなんて。
「バカって、ファンに向かって酷いなあ」
「だって、俺はファンのこと大嫌いだって言って……」
「そんなことで君に愛想を尽かしすわけないでしょ。言ったじゃないですか。私が君を嫌いになるわけないって」
水野とデートした日のセーラの言葉。こいつは俺のファンだったから、あんなことを言ったのか。それなのに俺は……。
「そんな私からの最後の願いです。この漫画に声をあててくれませんか?」
「……無理だ」
「芝居はもう嫌いですか?」
「好き嫌いの話じゃない。兄さんをあんな目にあわせた俺に芝居をする資格なんてない」
「嫌いとは言わないんですね」
「……」
セーラの指摘に俺は黙り込む。
「君の部屋、演劇関係の本やDVDでいっぱいですよね? 本当は芝居がしたいんじゃないですか?」
「……あはは。何度も捨てようと思った。でも、できなかった。未練がましくてダサいよな」
「君は私のわがままに付き合わされているだけですから、何も罪悪感を感じる必要はないんですよ」
「その言い方はずるくないか?」
「うふふ。もう一度聞きます。やってくれますか? いや、黒田誠太郎、私に呪い殺されたくなければ演じなさい」
こいつはいつだって自分勝手で、わがままで。いつも俺は振り回されっぱなしだ。しかたない。どうせこいつからは逃げられない。
「……わかったよ」
俺が観念したように言うと、
「おっしゃああああ!」
ガッツポーズをして、雄叫びを上げるセーラ。俺の視線に気づき、セーラはコホンと咳払いをした。
「おっと……失礼」
「……」
こいつ、本当は自分の欲望を叶えたいだけじゃないだろうな?
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