第26話 隠し事
病室。目の前の兄さんはベッドで眠っている。
「……いつまで寝てんだよ」
そう俺が呟いたとき、ガラッとドアが開いた。
「あら、セイちゃん」
さゆり姉ちゃんだった。手に花束を抱えている。俺に気づくと、笑顔を向けた。
「来てくれたんだね」
「……うん。さゆり姉ちゃんは毎日来てるの?」
「毎日はさすがにね。仕事もあるし」
「ふーん……そうなんだ。あのさ、姉ちゃんは……」
「ん? 何?」
さゆり姉ちゃんは俺をじっと見つめていた。俺はその視線をそらし、尋ねた。
「俺のこと恨んでないの?」
あの日、病院のベッドの上で死んだように眠り続ける兄さんを前に、さゆり姉ちゃんは泣いていた。
俺はただその姿を呆然と眺めることしかできなかった。
兄さんの代わりにはなれないと強く実感し、自分の無力さを嘆いた。
そして、さゆり姉ちゃんに恨まれていると思うと、怖くてずっと聞けなかった。
「……」
さゆり姉ちゃんは俺に近寄り、俺の頬を両手で挟んだ。
「ぶっ! 何する……」
「セイちゃんは何一つ悪くないんだよ」
さゆり姉ちゃんの泣きそうな顔を見て、ハッとした。
そうだ。この人はこういう人だ。人を責めるようなことなんて絶対にしない。
「……うん、ごめん」
「もうそんなしょげた顔しないで! ほら、お小遣いあげるからジュースでも買っておいで」
さゆり姉ちゃんはそう言って、小銭を俺に渡した。
「優しい姉ちゃん、気持ち悪」
「何言ってんの! 私はいつも優しいでしょ!」
「はいはい、そうですね。姉ちゃんはいつでも優しいな〜」
「何で棒読み!?」
俺は病室から出て、扉を閉める。そして、その場にペタリと座り込んだ。
俺はあれから何も変わっていない。兄さんのようにさゆり姉ちゃんを笑顔にできない。
いっそこの場から消えられたら楽なのに。
「大丈夫ですか?」
聞き慣れた声に顔を上げると、
「……お前いたのか」
そこにはセーラがいた。
「姿くらましたから成仏したかと思ってたぞ」
「あらあら、私のこともしかして心配してました?」
ニヤリと笑うセーラ。
いつも通りだなこいつは。
「そんな訳ないだろ」
「ちぇっ。素直じゃないな」
セーラはいじけたように言った。
「……でも、少し寂し寂しかった」
「え?」
セーラはパチパチと瞬きをした。
「お前がいないと部屋が静かすぎるから」
「そ、そうですか」
しばらくの沈黙が続いた後、セーラが尋ねた。
「……お兄さん、寝たきりなんですか?」
「ああ。俺をかばってな」
俺は目を閉じた。今でも鮮明に覚えている。嫌になるほど。
「よかったら事件の日のこと話してくれませんか? 話したら少しは楽になるかもしれませんし」
セーラを見ると、心配そうな顔を向けていた。
「お前にまで心配されるなんて情けない」
「嫌なら無理して話さなくていいです」
怒っているのかセーラは頬を膨らませていた。その様子がフグのようで、俺は笑いが漏れた。
「……ははっ」
「何、人の顔見て笑ってんですか。呪いますよ」
「いや、それは勘弁してくれよ」
そこまで言って、さっきまでずしりと重たかった感情が少し軽くなっているのに気づいた。
話したら楽になる、か。
「……あの日は、兄さんとけんかしたんだ」
俺は話し始めた。
「俺はいらついて外に飛び出して、一人でいるとき男に襲われた。そのとき、兄さんが助けてくれたけど、男に刺された」
俺は項垂れ、顔に手を当てた。
「あはは……バカな兄貴だよな、こんな出来損ないの弟、助けて、意識不明になるなんてさ」
あの日のことを思い出す度に苦しくて、辛くなる。全部夢だったらいいのに。何度思っただろう。
「俺は何もできなかった。無力だった。ベットリと手についた兄さんの血の感触が今でも忘れられない。水で洗っても、洗っても、落ちた気がしなくて……うっ!」
俺は吐きそうになり、口を手で押さえた。思えばあれから潔癖ぎみになった気がする。
「大丈夫ですか!? すみません、もうこれ以上話さなくても」
俺はセーラの言葉を遮り、話し続けた。
「お前と会った日、汚いって言ったろ? お前は自分のことを汚いと言われたと思って怒ってたけど、あれは俺のことだよ」
あの日、兄さんを犠牲にして、今ものうのうと生きている俺は汚い。そう思うと、他人に触れたくなくなった。
「さゆり姉ちゃんは兄さんの恋人だった。何で兄さんじゃなくて俺が助かるんだよ。俺が死ねばよかったんだ。あはは……そうだ、そうだよ」
俺は自虐的に笑った。
「だって、俺が生きていても誰も喜ばない、何の意味もないんだから」
なぜ俺が助かってしまったんだろう。
父さんと母さんからも言われた。
「どうしてお前の方が助かったんだ」と。
「そんな悲しいこと言わないでください。君が死んだら悲しむ人たちがいるんですよ」
「うるさいんだよ!」
俺は怒鳴り声を上げた。
「何なんだお前は! 俺を呪い殺そうとしたり、死ぬなって言ったり、何がしたいんだよ!」
セーラは呟くように答えた。
「……私は君のファンでした」
予想外の言葉に俺は唖然とする。
こいつが俺のファン?
「はっ? お前、そんなこと一言も……」
「君が嫌がると思ったから黙ってました。あと……私、制服着てますけど、二十歳超えてます」
さらに衝撃的な事実に俺は口をパクパクと動かす。
「ええっ!? いや、だって……、もしかして、そういう性癖?」
セーラの顔がカッと赤く染まる。
「ち、違いますよ! これは生前コスプレをしていた頃の姿です! そもそも君のせいですよ」
膨れっ面をするセーラに、俺は首を傾げた。
「なんで俺のせいなんだよ」
「それは……」
セーラは遠くを見つめ、思い出すように話し始めた。
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