第14話 あんた、わざとやってるの?
「すいませんでしたーー!!」
次の日の放課後。俺に憑依したセーラは、教室で水野に土下座をした。
「ちょっと! や、やめてよ」
戸惑う水野に構わず、セーラは頭を下げたまま謝罪の言葉を続ける。
「しめさば先生! どうかお許しください! この通り、深く反省しております!」
途端に、水野の顔がかあっと赤くなる。
「ペンネームで呼ぶなあぁ! 誰かに聞かれたらどうすんのよ!」
水野は怯えた表情で教室を見回し、周りに人がいないか確認する。
今は放課後で教室には俺と水野以外誰もいないが、心配なのだろう。
「昨日のことは大変申し訳なく……」
セーラはセーラで謝ることで頭が一杯のようだった。
「わかったから! それはもう気にしてないからその口を閉じろおぉ!」
水野の懇願するような言葉に、セーラはパッと顔を上げる。
「本当ですか!?」
「あれは黒田もわざとじゃないし。犬にでも噛まれたと思うわよ」
肩をすくめる水野に、セーラは目を潤ませる。
「しめさば先生! なんて慈悲に満ちたお言葉……! ありがとうございます!」
「あんたわざと私のペンネームを連呼してるの?」
水野が眉を吊り上げながら聞くと、セーラは満面の笑みでこう言った。
「いえいえ、尊敬の念からですよ! しめさば先生!」
「だから! ペンネームを呼ぶなって言ってんでしょ! あと、なんでさっきから敬語なのよ。気持ち悪いんだけど」
「えへへ。これは私の癖というか……」
照れたように笑うセーラに、水野は訝しげな表情を向ける。
「私? 黒田、あんたもしかして本当はあっちなの?」
「そんな訳ねえだろ!」
俺はセーラから体の主導権を奪い返し、強く否定した。これ以上セーラに任せていたら話が進まない上に、俺のイメージが崩壊するばかりだ。
「うわっ! いきなり怒鳴らないでよ。あんた情緒不安定ね。本当に大丈夫? 何か悩みでもあるの?」
水野の心配するような言い方に、俺は泣きそうになる。
ちくしょう……、全部セーラのせいだ。
「急に優しさを見せるな気持ち悪い!」
「き、きも!? 私は心配して……」
「うるさい! こっちにも色々事情があるんだよ!」
「事情って何よ?」
「それは……色々って言ったら色々だよ!」
「何よそれ。全然答えになってない」
水野は怪訝そうに眉間を寄せて俺を見ている。
くっ……。ここは話題を変えるか。
「そ、それより! お前のペンネーム何でしめさば何だよ。そんなに好きなのか?」
「……お兄ちゃんの好きな物なの」
「……」
黙り込んだ俺に、水野は声を荒げた。
「な、何よ! その目は!」
「いや、さすがブラコンだなって」
筋金入りだな。
「ふふふ……ふふふ」
水野が不気味に笑い出したので、俺は後ずさる。
こいつ、とうとう壊れたか?
「ふん! 兄弟のこと嫌いより、好きな方がいいでしょ!」
「うわ……開き直った」
「なんとでもいいなさいよ。それにあんたにはもうバレてるんだし、今更取り繕ったって、しょうがないでしょ。そんなことより」
水野はじっと俺を見つめた。
「昨日のこと本気なの? 漫画を作りたいって」
「ああ……」
そういえばセーラが水野に漫画の脚本を頼んだったんだ。
「なんでそんな嫌そうな顔してんのよ」
「嫌ではないよ……うん……嫌ではない」
「自分に無理やり言い聞かせようとしてるじゃない」
「俺のことはいいだろ。それより、水野は脚本書いてくれるのか?」
「なんで私がそんなことしないといけないのよ」
水野はフンと鼻を鳴らした。
まあ、そうだよな。こいつが素直に協力してくれるわけないか。
「わかった。じゃあ、他を当たるわ」
「ちょっ! ちょっと待ちなさいよ!」
教室から出て行こうとした俺を水野が慌てて呼び止めた。
「何だよ?」
「だ、誰もやらないとは言ってないでしょ!」
「えっ?」
水野の頬は少し赤くなっている。
「黒田がどうしてもって言うならやってあげるわよ! しかたないから!」
俺はため息をついた。全く、引き受ける気だったなら最初からそう言えよな。
「お前、面倒くさい奴だな」
「何よその態度は! せっかく私が協力してあげるって言ってるのに!」
「はいはい。ありがとうございます。しめさば先生」
「ペンネームで呼ぶなって言ってんでしょ!」
「まあ、怒るなよ」
水野をなだめた後、俺は尋ねた。
「それで、話の内容だけど、水野はスターフィッシュっていう漫画知ってるか?」
「ああ。あのBL漫画?」
「はああぁぁ!?」
今度はセーラが俺に憑依し、怒鳴り声を上げた。
「な、なによ」
水野は若干引いた目で俺を見ている。
「スターフィッシュは……!」
セーラは机をバンっと叩いた。
「スターフィッシュはBLじゃありません! 友情を超えた、魂と魂の繋がりを結んだ二人が、お互いにとって唯一無二の存在になる愛の物語なんです!」
「え? 宗教の話してる?」
「そう……スターフィッシュは言うなれば世界……人生」
セーラはうっとりとした表情を浮かべる。
「そう熱弁されても、私こういうBLもの苦手なのよね。どうせ男同士でいちゃいちゃする話でしょ?」
「……いちゃいちゃ?」
ギラリとセーラの目が光る。
「まさか先生……スターフィッシュを読んでないのに批判しているんですか?」
水野の肩がビクリと揺れた。
「そ、それが何よ」
「先生はあのとき『書いたこともないくせに』って言いましたよね。それは読んだこともない人からとやかく言われるのが嫌だからじゃないんですか」
「……それは」
「スターフィッシュの全てを認めろとは言いませんよ。でも、せめて作品を読んでから意見を言ってください! そうじゃないと、私は納得できません!」
ふんっと鼻息荒く言い切るセーラ。
あーあ。水野にそんな言い方して。これはケンカになるんじゃないのか。
水野を見ると、意外にも落ち込んだように俯いていた。
「……確かにそうね。それはあなたの言う通りだわ。ごめんなさい」
水野は沈んだ声で言った。俺はじっと水野を見つめた。
まさかあの勝気な水野がこんな反応をするなんてな。よっほどセーラの言葉が効いたのか。
「今日、早速スターフィッシュを読むわ。そして……」
水野は表情を変えてキッと俺を睨みつけた。
「その上で、スターフィッシュはただのBLだったと認めさせるから覚悟しなさいよ! あなたのその自信を粉々に砕いてあげるから!」
水野はそう言って、視聴覚室から出て行った。
「水野の奴、あんなこと言ってたけど、大丈夫……ひっ!」
俺はセーラの表情を見て青ざめた。
「ふふふ……スターフィッシュさえ読めばこっちのもの。必ず沼に落ちるはず」
ニヤリと微笑む俺の顔はとても恐ろしかった。
次の日の放課後。視聴覚室。
「何なの! あのスターフィッシュっていう漫画は!」
水野は机をダンっと叩いた。すでに俺の体に憑依しているセーラは涼しい顔をしている。
「面白くなかったんですか?」
「面白い、面白くないの話じゃないのよ。なんで……なんでアランが死ななきゃいけないの!?」
「ふむふむ、それで?」
「おかしいでしょ! 親に捨てられ、マフィアに弄ばれ、エドガーと出会って、ようやく幸せを掴めそうだったのに。最後は死んでしまうなんて、悲しすぎる!」
「……先生」
セーラはグッと親指を立てる。
「先生もスターフィッシュの魅力を理解されたんですね」
水野もグッと親指を立てる。
「最高すぎて、一晩で読んじゃったわ。おかげで今日は寝不足よ」
そう言えば水野の目の下にはうっすらと黒いクマができている。
「ごめんなさい。昨日は暴言を吐いてしまって。自分が恥ずかしいわ」
頭を下げる水野。その肩をセーラは慰めるように優しくポンと叩いた。
「先生、顔を上げてください。人間、誰でも間違うことはあります」
セーラの言葉に水野は顔を上げる。
「黒田……ありがとう。私もアランとエドガーを幸せにしたいと強く思ったわ。だから、一緒に二人のハッピーエンドな漫画を作りましょう!」
手を差し出した水野の手をセーラはガシッと力強く掴んだ。
「はいっ! よろしくお願いします、しめしば先生!」
「だから! ペンネームで呼ぶなああぁ!」
水野の怒声が視聴覚室に響き渡った。
このパターン、昨日も見たな。
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