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第13話 待て待て待て!!

「ここが姉の部屋です」


 案内された二階部屋のドアには「レイの部屋」と書かれたピンク色のプレートが飾られていた。しかも、うさぎのキャラクター付き。意外とかわいらしいもの飾ってるんだなと思っていたとき、


「それではよろしくお願いします」


 水野妹は俺を残して、一階へ降りようとしていた。


「ちょ、ちょっと!」


 俺が慌てて呼び止めると、水野妹が振り返る。


「どうされました?」

「君は一緒に来てくれないの? 俺一人だとお姉さん、絶対出てこないと思うんだけど」


 水野と二人きりだと気まずいので、できれば水野妹にはついてきてほしかった。


「お姉ちゃん、私が声を掛けても出てきてくれなくて……。黒田さんだけなら逆に出てきやすいはずです」

「そ、そうかなあ〜?」


 俺が自信なさげに答えると、水野妹はにこりと微笑んだ。


「それに、ブラコンなお姉ちゃんならきっとうちの兄に似ている黒田さんの言葉に耳を傾けると思うんです!」


 嬉しくない期待のされ方だな。


「……わかったよ。やるだけやってみるけどさ」

「ありがとうございます! それじゃ、お姉ちゃんのことよろしくお願いします」


 水野妹は一礼して、一階に降りて行った。俺は部屋の入口前で腕組みをして考える。


 とりあえず声を掛けてみるか。


「お~い、水野。俺だ。黒田だけど」

「……」

「いい加減、学校に来いよ。白石先生も心配してるぞ」

「……」


 返事はなかった。

 ちっ。無視かよ。

 俺が舌打ちをすると、セーラは大きなため息を吐いた。


「黒田君、そんな言い方じゃだめですよ。例えば……俺が悪かった。お願いだから顔を見せてくれ。見せてくれたら足でも何でも舐めるんで、グヘヘ。これくらいインパクトがないと相手の心に響きませんよ!」


 そう語るセーラに、殺意が湧いた。


 こいつ……殴りてえ。絶対、楽しんでるだろ。

 

 なんとかセーラへの怒りを抑えていると、水野の部屋のドア下から紙が出てきた。


「ん? 何だ?」


 紙にはこう書かれていた。


「帰れ、バカ」


 その瞬間、俺はドンドンッと激しくドアを叩いた。


「てめぇ! ふざっけんなよ! 人が下手に出てたら調子乗りやがって!」

「黒田君! 落ち着いて!」





 それから一時間粘ったが、水野は部屋から出てこなかった。


「返事ありませんね。どうしましょうか?」

「はあ……しょうがない。気乗りしないけど、あの作戦でいくか」


 俺は鞄から一冊の本を取り出す。その本は水野があの日学校に持ってきていた「禁断エロチカ〜兄妹の秘密事」だ。


「その本、持ってきていたんですか!?」


 セーラは驚いたように言った。


「一応な。あ~、あ~。んんんっ」


 声を整える俺をセーラは不思議そうな顔で眺めている。


「何で発声なんか……」


 俺は思いっきり息を吸い、音読を始める。


「さあ! 今から僕の巨大な侵略者が君のカトリーヌを攻めるからね!

 あ〜ん! 早く! 早くきてえぇ! お兄様〜!」


 そのとき、バーンとドアが開いた。目の前には顔を真っ赤にした水野が仁王立ちしている。


「元気そうじゃん」


 俺は片手を上げて挨拶。


 水野は俺の腕を掴み、ぐいっと部屋の中へと引きずり込む。そして、肩を震わせながらこう言った。


「な、なにしてんのよーー! バカアァ!」


 俺は水野の怒鳴り声に耳を押さえる。


「人がせっかく来てやったのに、何だよその言い草は」

「頼んでないし! それよりあんなことするなんてどういうつもり!?」


 水野は射殺さんばかりの視線を俺に向けている。


「ただ本を朗読しただけじゃん」

「人の家で官能小説を朗読するな!」

「そんなに嫌がるなよ。この本の作者はお前だろ?」

「は、はあ!? あ、ああ、あんた何言って……」


 俺の言葉が予想外だったのか、水野は大きく焦りを見せ始める。


「えーーーーー!?」


 そして、セーラは悲鳴に近い声を上げた。

 やっぱり気づいてなかったのか。


「わ、わ、わたた、私がそんなもの書くわけないでしょ!」


 水野は狼狽え、あちこちに目が泳いでいる。

 思いっきり動揺してるな。


「なんであのとき、書いたことないくせにって言ったんだよ? 普通は読んだこともないくせにって言わはずだ」

「さ、作者の気持ちを代弁して言ったのよ!」

「それに、視聴覚室には五冊の本があった。お前はどうして同じ本をあんなに持っていたんだ?」

「そっ、それは! その……」

「五冊のうち二冊はサインが書かれていたが、残りは書かれていなかった。お前があのときサインを書いていたからじゃないのか?」


 俺がそう言うと、水野の頬から涙が溢れた。


「えっ!? な、泣くことないだろ!」

「う、うう、ううう~!」


 水野はその場に座り込み、小さな子どものように泣き始めた。まさか泣かれると思っていなかった俺は面食らう。 


 参ったな……。


 困っていると、水野の鳴き声が止んだ。ほっとしたのもつかの間、


「もう……しにゅうぅぅぅぅ!!」


 水野は部屋の窓を開けて、足をかけた。

 まさかこいつ、飛び降りるつもりか!?


「うおおいい!! 待て待て待て!!」

「もう生きていけないもん!!!!! しにゅうぅぅぅぅ!!!!!」


 ばたばたと暴れる水野は今にも飛び降りてしまいそうだった。俺は慌てて、水野の体を押さえた。しかし、いつまでもつかわからない。


 やばい、なんとか止めないと。


「わわわ! どうしましょう!」


 セーラはあわあわと部屋の中を行ったり来たりしている。

 

 役に立たねえな!


「水野聞けえぇ!」 

「しにゅうぅぅぅぅ!!!!!」


 水野は拒絶するように声を張り上げる。俺は負けじと叫んだ。


「俺、お前の本読んだんだ!」


 そう言った瞬間、水野は両手で頭を覆い、この世の終わりだといわんばかりの悲痛な叫び声を上げた。


「あああぁぁぁ!!! 何でさらに死にたくなることを言うのおおおぉぉぉ!!!」


 さらに窓から身を乗り出そうとした水野の体を必死に止めながら、俺はこう言った。


「禁断エロチカ、面白かった!」


 ピタリと動きを止める水野。


「……面白かった?」


 俺は頷く。


「俺、ああいう系の本読んだことなかったけど、楽しく読めたよ。ラスト、兄と妹がお互いのことを思って別れるシーンも感動した」


 水野は暴れるのをやめ、俺の顔をじっと見つめた。


「こんないい本書いてるんだから自信持てよ。恥ずかしがることなんて何もない。堂々としろよ」


 水野は足を下ろし、大人しくなった。どうやら飛び降りるのはやめたようだ。


「いつからああいうの書いてんの?」


 俺の質問に、水野はポツリポツリと話し始めた。


「中三の終わり頃から……兄妹ものの小説読んでて……そのうち自分でも書いてみたくなって、投稿サイトにアップしてたら、出版社から声が掛かったの」

「へえ……」


 水野のブラコンっぷりに呆れる気持ちもあったが、同時にそのエネルギーを小説に昇華した水野に感心した。


「いいのよ正直に言って。兄のこと好きすぎる妹なんて気持ち悪いでしょ」


 不貞腐れたようにそう言った水野に、俺は肩をすくめた。


「いいんじゃない? 嫌いよりマシじゃん。俺は兄さんのこと純粋に好きになれなかったから、水野が羨ましいよ」


 水野は目を見開き、俺に顔を向けた。


「黒田、お兄さんがいるの?」

「ああ。勉強もスポーツ何でもできる完璧超人。そんな兄さんに俺はいつも嫉妬してた」

「ふーん、そういうものなのね」

「顔は俺の方がいいけどな」


 水野は呆れ顔を浮かべた。


「自分で言う?」

「誰も言ってくれないから、自分で言うしかないだろ」


 俺が自虐的に言うと、水野は笑った。


「ふっ。黒田かわいそう」

「かわいそうって言うな。余計惨めになるだろ」


 水野と俺はお互い笑った。


「なんか不思議。いつも迷惑しか掛けられてない黒田に元気づけられるなんて」

「お前が勝手に怒ってるんだろ。それに俺がお前の兄貴に似てるから絡みにくるって妹さんが言ってたぞ」

「は、はあ!? な、なな何言って」


 水野の顔が赤くなったとき、セーラが叫び声を上げた。


「あ~! 私、もう我慢できません!」


 セーラはそう言った後、俺に憑依した。

 こいつ、何する気だ!?


「先生!」


 セーラはぎゅっと水野の両手を掴む。


「ふえっ!? く、黒田!?」


 水野は素っ頓狂な声を上げ、顔を赤く染める。


「私、先生の小説を読んですっごく、すっごおおおおく! 感動したんです!」

「何急に? どうしたの?」


 困惑した様子の水野に構わず、セーラは続ける。


「つきましてはぜひ! エドアラの脚本を……」


 そこまで言って、セーラは転び、その勢いで水野を押し倒した。


「えっ! きゃっ!」

「うわっ!」


 バタンと倒れる二人。そして、俺と水野の唇が触れ合った。


「きゃあーー!!!!!」


 バチンッと力強い音が部屋に鳴り響く。


 翌日、水野から思い切りビンタを食らった俺の頬には、赤い紅葉跡がついていた。

 



 


お読みくださり、ありがとうございます。


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