第1話 家に知らない女子高生がいるんだが……
目を覚ますと、自分の部屋にいた。どうやって家に帰ってきたか記憶がない。頭痛はするし、体は鉛を打ち込まれたように重たかった。
「……だるい」
部屋はテレビがつけっぱなしで、床には大量の漫画やDVDケースが散らばっている。その光景に大きなため息を吐いた。
「……はあ、またか」
これで何度目だろう。立ち上がろうとしたとき、一つのDVDケースが目に入り、手に取る。
そのパッケージには、数人の少年のイラストが描かれ、下の方には「アイドルスター☆メモリーズ」と表記されていた。
「きゃあぁーー♡」
テレビにはアニメが映っていて、四人の少年たちがダンスを踊っている。髪色はそれぞれピンク、緑、青、黄色と派手。衣装は白いヒラヒラとしたものを着ていたので、どこかの国の王子様のように見える。
「……何だこのキラキラとした生き物たちは」
呆然とその様子を見ていたそのとき。ピンク髪の少年の顔がドアップで映った。そして、バチッとウインクをして、一言。
「みんな愛してるよ!」
その瞬間、握っていたDVDケースが俺の握力でギシギシと音を立てた。
「ふっざけるなあぁーー!」
DVDケースを壁に叩きつけ、大声で叫んだ。
おかしい。いや、絶対におかしい。最近、美少年が登場するアニメDVDや漫画、フィギュアがいつのまにか俺の部屋に置かれている。
気がつくと何時間も漫画を読んでいるし、外出をすればアニメイトで過ごしていた。恐ろしいことに、夢遊病のようにその間の記憶がないのだ。
「……こんなこと誰にも相談できない」
自分の奇行に頭を抱えていると、
「ああ……あああ」
うめき声が背後から聞こえた。その声はだんだん大きくなっていく。俺は背筋が凍りつくような感覚に襲われた。
恐る恐る振り返ると、そこには紺色のセーラー服に身を包んだ少女が立っていた。突然の出来事に脳がフリーズする。
「ああ……あああ」
少女はそう呟きながらヨロヨロとこちらに近づいてくる。長い黒髪を垂らしながらジリジリと距離をつめてくる姿は、まるで貞子のようだった。
「ひっ……!」
俺は後ろに下がったが、少女に壁に追いやられ、逃げ場を失った。
ドン!
少女は壁に右手を突いた。それは少女漫画でお馴染みのいわゆる壁ドン状態。ときめきからではなく、恐怖心からドッドッドッと心臓が脈を打った。
俺、死ぬのか? そう絶望したとき、
「ああ……あたしのアイメモに何してんだあぁ!」
予想外の少女の言葉に、俺は口をあんぐりと開けた。
アイ……メモ? 何だそりゃ。
「アイドルスター⭐︎メモリーズ。略してアイメモ! 400億円以上の売上を達成している超人気のアイドル育成ゲーム! その神ゲーの初アニメDVDを……」
少女は地団駄を踏み、金切り声を上げた。
「壁に投げつけるなんて非常識にもほどがある! しかも、さっき隼人君に向かって怒鳴ってたし! ありえない! それに……」
一人でぶつぶつと文句を言い続ける少女に、俺は最初混乱していたが、しだいに怒りが込み上げてきた。
人の家に勝手に上がり込んだ挙句、罵倒の数々。非常識はこの女の方だ。
「不法侵入者しているお前に非常識だなんて言われたくねえよ! この貞子女!」
「へっ!?」
ピタリと動きを止めて、俺を凝視する少女。幽霊でも見たような顔をしている。
「き、君は……私が見えるんですか?」
少女は自分自身を指差し、震える声で尋ねた。
「アホか! 見えるに決まってるだろ!」
俺が怒鳴ると、少女はガクッと床に膝をつき、プルプルと体を震わせた。その姿は得体の知れない生き物のようで不気味だ。
「お、おいっ! 何いきなりうずくまって……」
「やったああぁ!」
少女は両手を上げてジャンプした。目には涙を浮かべている。
「は?」
俺は呆然と少女を眺めた。
なんでこいつは喜んでいるんだ?
少女はひとしきり喜んだ後、嬉しそうにこう言い放った。
「私、幽霊になってから初めて人と会話できたんです!」
幽霊だって?
改めてじっと少女を観察する。サラサラとした黒髪ロングに、色白の綺麗な肌。すっと通った鼻筋に、ふっくらとした血色のいい唇。
スカートから覗く白い太ももはとても滑らかそうで……ゲフン、とにかく、少女は幽霊に見えなかった。
(ん?)
少女が着ている制服に目が留まる。紺色に朱色スカーフの長袖セーラー服。襟と袖口は白く、それぞれニ本の細い赤ラインが入っている。
どこかで見たことあるような気がしたが、思い出せなかった。
「あの……そんなに見つめられると照れるのですが」
少女は顔をほのかに赤らめ、もじもじとしている。
「見つめてねえし。というか、嘘つくにしても自分は幽霊ってないだろ」
俺が呆れて言うと、少女は右手を差し出した。
「……何だよその手は」
「私の手を掴んでみてください。幽霊である私の手を君は触れません」
「何を言って……」
少女の顔を見ると、真剣そのものだった。
やべえ、こいつは本物の電波だ。
「……」
少女の電波ぶりに俺は引いてしまい、何も言えなくなる。
こいつ何するかわからねえな。襲ってくるかもしれないし。とにかく早く警察に通報しないと俺の命が危ない。
そう考えていると、少女が俺の手を掴もうと手を伸ばした。
「うわっ!」
俺は叫び声を上げ、のけぞった。
危なかった。
「触るな! 汚いだろ!」
「き、汚い!?」
少女は大きく目を見開き、口をあんぐりと開けている。
「女の子に向かって失礼すぎるでしょ! ここが職場だったら君、パワハラで訴えられてますからね!?」
「うるせえ、不法侵入者! 変な病気がうつったらどうするんだ!」
「うつる訳ないでしょ!? はあ……しかたない。私が今すぐぎゅっと抱きしめて大丈夫だって証明してあげますよ」
そう言って、ジリジリと距離をつめてくる少女。
「何でそうなるんだ!?」
「ぐふふ……大丈夫優しくするから」
「やめろ! く、来るな!」
気持ち悪い笑みを浮かべながら近づいてくる少女に、身震いがした。
早く逃げないと……!
「……うわっ!」
俺は焦る余りつまずき、バタンッと派手な音を立てて、仰向けに倒れた。
「いてえぇ……」
頭をぶつけ、ジンジンとしたと痛みに襲われる。
最悪だ。何で俺がこんな目に遭うんだ。
「ねえ」
ハッとして顔を上げると、少女は俺の上に跨っていた。お互いの鼻がくっつきそうなくらい近い。
「さすがにそこまで嫌がられると落ち込みますよ」
少女は俺をじっと見つめ、俺の頬にそっと触れた。
「あっ……」
俺は思わず声を漏らした。少女に触れられた感覚が全くなかったからだ。上に跨られているのに、重さも感じない。自分の顔がサーッと青ざめていくのを感じた。
「これで、私が幽霊だって、信じてもらえました?」
にこりと笑う少女に、俺は全身鳥肌が立った。
こいつは本物の幽霊だ。
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