96話 受け継ぐ者
「ちょまてゆーとるやろが!!!」
あいつ、どこ行きよる!?
金帝を殺すゆーとらんかったか!? 一度、戦って見たはずやろがあの異次元のパワーを!! まさか無策ってわけやないやろな!?
いや、あいつならきっとなんかある! このまま行かせたらアカン!!
「そこまでだ。ニック」
「......どけや、おにいちゃん」
あいつがおるんやったらこいつもおるか。
こいつやったらかまへん。ワイならあの出来損ないより──
「お?」
ばたと倒れる。
立てん。足に力が入らへん。
血? 足元に血が垂れとる。足から血? 痛みがあらへん。そうか......
「お世話様か......」
「ここでじっとしていてください......すみません」
レジスタンスにはもう入られとる。全員準備万端やと考えた方が良さそうや。
つまりあのスナイパーもどっかにおるっちゅうわけか......
「で、お前らどうやってここまで来たんや。急拡大した傭兵の忠誠心のなさを利用されたっちゅうのはなんとなくわかるが......お前らが『金帝倒すから反抗しろ!』ってゆーたところでお前ら信用無いやろ」
何もできるわけない。そう思うとった。そう思うとったが......
「そうだね。僕らに信用は無い。だから説得はしていない。誘導した」
「......」
「俺たちは商会から食料が空になったという嘘の情報を流した。そして商会は食料を売るのをやめた。これにより商人は食料に危機感を感じて誰もこれを売らなくなった。つまり傭兵はどれだけ金を稼いでも食料を買えなくなったわけだね。そして傭兵はヤケになってここを襲撃した。俺たちはお前たちが利用した金の力をそのまま使った。お前たちが金で傭兵という名の奴隷を雇ったように、俺たちは金を紙屑にしてここに来たんだ」
その作戦はありえへん。
作戦と呼べるようなもんちゃうやろ。
「もちろん上手くいく確証は無かった。傭兵の選択肢は、現状維持、逃げる、反抗する。色々なものがあったからどうなるかは分からなかったし、それを操作する方法も今の自分たちには思い浮かばなかった。一番いやなパターンは食料供給を金帝にすがるパターンだったけど、そうならなくて済んで本当にホッとしたよ」
「その作戦、お前が組んだんとちゃうやろ。お前は賭けができひん性格や。絶対に上手くいくと思った作戦しか立案せぇへん」
無謀や無茶に一歩でも近づくとすぐに足を引く臆病者。上手くいくまで作戦を続けることができない根性なし。
それがこいつの本質。だから並外れた何かをすることが出来ない。
そのはずやったのに。
ワイはその性根を信じ切ったから、こうなる未来があったとしても次の一手を打たへんかった。
「誰や。この作戦を作ったのは」
「俺だ」
「嘘や」
「強いて言うなら、指針を示したのはダク君だ。上手くいかなくても良いから、忠誠心の低い新規の傭兵が金帝を裏切るようにしようと言った。その発言をもとに俺は作戦を立てた。だからこの作戦を立てたのは俺だ」
この作戦をお前が、やと?
信じられへん。
「何がお前を変えた?」
「俺が変わった、か。確かにそうだね。多分、ダク君が変わったからだろう。彼は前より人を信じるようになった。だから俺も彼を信じられるようになったんだと思う」
「だから迷惑をかけてもかまへんと思えるようになったと」
「その通り」
「アホちゃいますか」
そのまま五体投地。床に寝っ転がってしまった。
負けや負け。完全に俺の失態。アホはワイの方です、すんまへん。負け惜しみしか言えまへん。
ほんまはまだ出来ることがある。例えば金帝に聞こえるように大声張り上げるとか。
でももうやる気ない。ワイより劣っとると思った相手に完全に後れを取ったのがめっちゃ腹立たしい。腹立たしい超えて情けない。
ワイもそんな仲間ほしかったねん。クソ。
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俺はかつかつと階下へ降り、暗く閉ざされた部屋にたどり着く。
「遅くなってごめんな」
前にここに来た時に言った言葉を思い出す。
『またここに戻ってくる。その時、死にたいか生きたいかを聞くから、その時どうしたいか決めると良い』
本当に随分と時間がかかってしまった。
扉を開くと同時に漂う濃厚な呪いの臭いは前に来た時よりも、より一層強くなっていた。
かすかな明かりに照らされてぽつぽつと人影が見える。
痩せこけてほとんど生気を感じない。
『殺すか?』
リバーにそう聞かれたとき、俺はそれも選択肢の一つだと思った。
ただ、生きてもしょうがないから死ぬというのは人間の選択として間違っていると思った。彼らが生きることを望むなら生かすべきだと思った。
『息子はどうかここから救ってください』
願いがあるのに、人に託すしかないなんて、それは間違っている、と思った。
だから今一度、自分たちにはまだ選択肢が残されているということを考えてほしかった。
「あの時の......」
話しかけてきたのは、見覚えのある女性。
前に自分と話した人だった。
ただ、もう骨と皮しか残っていない。
食料が残り少なく、それをアンプルに替える余裕はないのだろう。
「あれからずっと考えていました。生きるべきか死ぬべきか」
光のない目で答える。
「このまま死ぬのであれば、いっそ殺して──」
「俺は!」
その言葉を遮る。
「新しい選択肢を持ってきた。そのあとにもう一度問う。決めるのはそれからにしてくれ」
俺は手の中に手で握ることのできるほど小さな棺桶を持影で作り出す。
「俺は唯一王の兄で、一の呪いを持っていて、触れた人間の呪いを操ることができる。人から人に呪いを移したり、俺の中にため込んだりすることができる。だから、あなたたちの呪いを吸い取ることができる。ただし、それで救われるわけじゃない。呪いは本来人間に必要なものだから、それを失くした人間は形を保っていられなくなるだろう。あなたたちの体は俺が呪いを吸い取った瞬間に、灰になってきえてしまうだろう」
「それは......」
「でも、呪いは俺の力になる。それは必ず金帝を倒す助けになるだろう」
手を伸ばし、棺桶を差し出す。
「俺と一緒に生きてくれ」
女の目にわずかに光が戻る。
目がうるみ、枯れたはずの涙が零れ落ちた。
「金帝を──殺してくれますか?」
「ただ殺すだけでは済まされないほどの苦痛と、愚行を帳消しにして有り余るほどの懺悔をさせると約束する」
女は棺桶に手をかざした。
「私を連れて行って下さい」
「ああ」
女は霧のように薄く白く散った。
あらゆる風景、喜び苦しみ悲しみ怒りが走馬灯のように頭を流れた。泣きたくなるほど鮮やかで、笑い飛ばしたくなるほど深い闇に包まれていた。
心の中にコロンと何かが零れ落ちた。
一連の流れを見ていた女たちが次々に集い、その身を粉に変えた。
あふれだしてしまいそうになるほどの思いが棺桶の中に封じ込められていくようだった。
ぽつぽつと零れ落ちていくそれらが、プチプチと繋がりあい、気づけば鎖になっていた。
「ありがとう......お願い......!」
最後の一つは鎖の端を十字架でつなぎとめた。俺は持影でそれを作り出し、首にそれをかけた。
胸の前で十字架を強く強く握った。
もう二度と約束は破らない。
無題
俺には人の呪いそのものを受け入れる能力がある。その使い方は石神の呪いを受け継いだ時に理解した。
好きな時にため込み、好きな時に出すことができる能力。
呪いが自分の体の中から切れない限りはこれまでのように眠ったりすることは無いだろう。
だが、呪いを一気に出力するとなると体にこれまで感じたことのないほどの負荷がかかるだろう。ソレイユには大丈夫と言ったが、正直、確証は無い。
メモ書きより




