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94話 商会の真意

 馬車は次なる場所へと向かう。


「ようやく帰って来たな」


 商人と金帝の街。貴族領だ。


「何やら騒がしいですね」


 確かに市場に人が多い。商人と客が何やら揉めているようだ。傭兵は......来ている。客が大声で商人を怒鳴りつけるのをめんどくさそうになだめている。

 俺はその光景を見ながら馬車の御者にここで降ろしてくれと言った。


「目立たない方が良さそうだ」


「傭兵に見つかると面倒ですもんね」


「それもだが、多分誰に見つかっても面倒なことになるだろうな」


「どうしてですか?」


 ソレイユに聞かれて俺はアリーシャの方を振り返る。


「この揉め事の原因が俺たちだからだ」


「?」


 アリーシャはすでに気づいているようだったが、ソレイユは言っていることの意味が分からなかったみたいだった。


「とりあえず、俺たちには向かうべきところがある」


「商会ですっけ?」


「そうだ」


「でもこの人だかりに気付かれずに商会まで行くのは難しいでしょうね......」


「? 気づかれずに入る方法ならあるだろ?」


「......あっ!」


―――――――――――――――――――――――――――――


 商会の中に入る。円卓が見え、そこには老婦が居た。おそらくこの人が商会の長であるプレーズだろう。小奇麗な身なりで気品があるが、それが台無しになってしまうように浮かない顔で頬杖をついている。そしてこちらには気が付いていない。


「お邪魔するぞ」


「え? あ? は??? あなたたち、いったいどこから......!」


 プレーズは目を白黒させながらこちらを見た。

 俺は床を指さした。


「地下通路だ。誰にも見られずにここに来るためにはこれしかないと思ってな。非常識であることは謝る。すまない」


 プレーズはぱくぱくと口を動かしながら目を右往左往させていたが、こちらと目が合った瞬間、信じられないものを見るような目で俺を凝視した。


「あ、いえ......それよりあなた様は......もしかしてダク様であらせられますか?」


「そうだ」


「本当に生き返っていらっしゃる......」


 ソレイユから話は聞いている。石像になった俺の姿はプレーズを含む交渉の場に居た全員に見られている。その姿がそのまま動いていたら驚きもするだろう。しかし、それを懇切丁寧に説明するほど余裕はない。


「商会の長よ。俺に力を貸してほしい。お前が居ればこの状況を変えられる」


「......力を貸してほしいのはこちらの方です。正直、今の商会にお貸しできるほどの力はございません」


 プレーズはうつむきながら語る。

 俺はその内容について薄々感づいていた。


「この貴族領では聖女がこの地を離れたことにより未曽有の食糧難に陥っています。数日の間にわれらの食糧は底をつくでしょう」


「──っ!」


 アリーシャがぎゅっと拳を握った。

 責任を感じているのだろう。

 彼女に悪いところはない。しかし、自分を責めずにはいられない。


「できれば彼女にご助力いただければと思っています。正直、私たちはもう聖女の助力なくては生きていけなくなっているのです。どうかお願いいたします」


 アリーシャは唇を引き絞って地面を見つめている。

 迷っているらしい。

 俺は彼女を養豚場から連れ出すときに、『君が役目を頑張らなくても他の方法で頑張れば人は生きていける』と言った。しかし目の前の現実はその言葉を否定している。

 彼女に甘えきった現実。彼女に役目を強いて、恩恵をただ頬張ることしか知らない現実。ここで手を貸すことが彼らをもっと堕落させると知っていても、『餓死』という最悪の事態にして彼女の怖れる現実は交渉の手段となって天秤に乗ってしまった。人の命の重さは正論より重く、交渉の天秤を傾ける。


「私は......手を貸しても──」


「お前たちはそれで本当にいいのか?」


 だから俺は甘えきった現実を、彼女の思いを踏みつける現実を、否定する。


「......どういうことです」


「お前たちの本当の望みはその手段では適わないんじゃないかと聞いているんだ」


「本当の望み、ですか」


 プレーズはその言葉にピンと来ていないようだった。

 俺は話に聞いた商会や大地教の集った交渉の場を思い浮かべながら、その言葉の意味を話す。


「お前たちはレジスタンスが逃げられるように助力した。その時にハタヤに『現状を変えたいなら俺たちに力を貸してくれ』と言われたらしいな。お前たちはこの今の現状を変えたがっている。そのためには俺も聖女も大地教に渡すわけにはいかなかった。そうだな?」


「そうですね......私たちは現状を変えることを願っています」


 含みのある言い方だ。

 それは俺の指摘が合ってはいるが核心を突いていないからだろう。

 俺はその核心が分かる。


「現状を変える。つまり、『金帝が幅を利かせている現状から、金帝の力を奪い、商人を抑圧から解放したい』。そういうことだな?」


「......!!」


 プレーズの表情が明らかに変わった。

 今の商会と金帝の立場と関係、交渉における商会の要求を鑑みれば想像はつく。

 彼らの要求はアリーシャの力を適度に借りたいということと、俺をレジスタンスに手に入れさせることだった。

 彼らは一見、自分の得になる要求をしていないように思える。アリーシャの力だって彼らからしてみれば喉から手が出るほど欲しいものだろうに、求めすぎていない。終始控えめだったと言っていい。

 しかし商人は自分の得にならない要求は絶対にしない。彼らが求めているものはこの要求の中に必ずある。それは金帝の力を奪うことだった。要は俺も聖女も金帝に渡らなければどうなっても構わなかったのだ。

 これがあの交渉の真実だった。


「察しが非常にいいですね。私たちは聖女を利用されることによって食物の大部分の流通量を操られていました。それらはこの町全体の物価を左右しています」


「どうしてすべての物価につながるのですか? 食べ物の値段によってほかの日用品の価格まで変わるものですか?」


「例えば自分にとって嫌な商人が品物を独占するなどして価格を釣り上げて大儲けしようとしたとする。その商人に安い値段で物を売らせたいとき、金帝は食物の流通量を少なくすれば良い。そうすれば大多数の市民は食べ物を買うのに必死になる。日用品すら買っていられなくなるから商人はそれでも品物を買ってもらうために泣く泣く商品の値段を下げるしかないというわけだ」


「その通りです」


 プレーズはこくりと頷く。


「で、聖女をお前らが使うということはその場しのぎには使えるだろうが、その構造をそのまま利用することになる。それは再び聖女が商会の敵の手に渡れば、元通りになってしまうということだ」


 プレーズをじっと見つめる。


「変わるなら、今なんじゃないのか」


 プレーズは目をそらす。


「......私たちにはもう贅沢がいえるほどの余裕は残されていません。あと数日。それが私たちの余命です。数日で私たちの余力はなくなり、商会は金帝の傀儡と化すでしょう。金帝はこうなることを見越していたわけではないでしょうが、余力は充分にあるようです。私たちに勝ち目はありません」


 プレーズは絶望した表情でそう呟いた。

 俺はポツリと言い放つ。


「俺は今度こそ金帝を殺そうと思っている」


「!?」


「それが正しい。俺はそう思う」


「ですがっ! 金帝を物理的に殺すことなど出来るわけが──」


「できる。多分、今の俺なら。でもそれには準備が必要だ。それに、金帝のところまでたどり着くことすら今の俺たちには難しい。少なくとも今の俺にはどうすればいいか良い考えは浮かんでいない」


「それはそうでしょうとも......」


 言葉を濁すプレーズに語りかける。


「だから、君も一緒に考えてほしい。そうすればうまくいく。そんな予感がする」


 はっきりと言った。淀みのない声で。

 その声に促されてプレーズはつい、その言葉を肯定してしまう。


「......いいでしょう。考えるだけなら。……私たちにはどうすることもできないでしょうが」

等価商会


古くからある商会。現在は本拠地を貴族領に置いている。国全体の商人を束ねる商会であり、この商会に入らないと店を構えることは出来ない。


ある男の手記より

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