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93話 不可侵の契約

 俺たちは裏路地に場所を移した。


「これから戦争が起こるとはどういうことだ。レジスタンスが一体何を仕掛けるつもりだ」


「戦争を起こすのは俺じゃない。骨組と骨組から離反した鉄骨が戦争を起こすと言っているんだ」


「......そのことか」


 パンクはため息を吐いた。


「そのことなら私も聞いている......今や、骨組の内部は衝突寸前だとな。それを一体どう解決するつもりだ」


「ここに居るバードンと鉄骨のリーダーが公の場で和解を契約する。それで終わりだ」


「......何を寝ぼけたことを言っている。それが成立するはずがないだろうが」


「普通なら、な。だからお前の協力が必要なんだ、パンク」


 パンクがしかめっ面でダクを睨む。ダクは話を続けた。


「パンク、お前が『戦争を始めるなら自分が指近衛を辞める』と言えば、この戦争は不可能になる。だから和解を結ぶことが出来るんだよ」


「......何?」


「鉄骨は王都での後ろ盾を手に入れるために、唯一王を見限ってお前ら側に就いた。そして未だに唯一王側に就いている穏健派の骨組を潰そうとしている。だからこの状況で指近衛が離れることになってしまうと後ろ盾を手に入れるという目的が反故になってしまい本末転倒になってしまうんだ」


 パンクはなるほど、と言った。だがその言葉とは裏腹に表情は全く納得していないようだった。


「だから私に『指近衛を辞める』と言わせるためにここに来た、と?」


 確かに、この方法はパンクへのリスクが高い。

 指近衛を辞めることを条件に提示するということは、アブダへの不義理になるし、その場に居る全員がパンクを不審に思うことになるだろう。パンクにとってこの選択はあまり利益があるとは言えない。

 だから俺の説得をパンクが受け入れないという可能性もある。交渉を決裂させたパンクは何をするか分からない。最悪、ここで彼女と戦わなければならなくなる可能性もあるだろう。

 それだけのリスクを背負ってここに来たことに彼女が疑念を抱くのも無理はない。

 だが、俺には確信がある。


「ドレイク団長とお前がどういう関係だったかは知らないが、お前も団長と同じように国のためを思ってその地位まで上り詰めたんだろうってことは分かる。お前が団長の考えに賛同して内通者になっていたのだとしたら、この王都で無意味な戦争が起きるのは絶対に阻止したいはずだ。だからお前にこの話をすれば乗ってくれると思ったんだ」


「......」


 パンクはその言葉を聞いて口の端をゆっくりと上げた。図星だったのだろうか。

 そしてため息を吐きながら言った。


「賭け事は嫌いじゃない。お前の思い通りになるのはシャクだけれども」


――――――――――――――――――――――――――――――――


 数時間後、黄泉の塔跡地は白の軍隊で埋め尽くされていた。王都に居る骨組と鉄骨が一同に介して互いが互いを睨んでいる。


「通るぞ」


 一声、響いた。

 人の海がずずいと動き、道が出来る。バードンはカツカツと足音を鳴らして道を行く。俺はその後ろからフードを目深に被って着いて行く。誰もまだ俺に気づいていない。


 道の向こうには二人の人間が立っていた。おそらく鉄骨を率いている人間達なのだろう。

 俺にはその二人に見覚えがあった。オルファネージの中で戦ったヒョロ長とガタイの良い男だった。俺はこの男たちと戦い、オルファネージを沼の中に沈めるという離れ業で勝利を掴んだ。

 二人はバードンを鬼のような形相で睨みつける。敵意を隠そうともしていないが、手を出すことはしてこない。


「君たちが交渉に応じてくれて助かったよ。何事も平和が一番ということを君たちも分かってくれたようで何よりだ」


「ボケナスッ!! お前も元はこっち側だっただろうがッ──」


「おいっ!」


 安い挑発に乗り殴りかかろうとしたガタイの良い男をヒョロ長が制する。

 今の状況を良く理解しているらしい。


「あまり馬鹿にしたような発言をするのは止めて頂きたい。そちらと結ぶのはあくまで不可侵の契約。双方にとって不利益な事態を回避するための『苦渋の決断』であることをそちらも理解しているだろう?」


「失礼、失礼。不快な気持ちにさせてしまったのなら謝ろう」


 建前ばかりで話すのは相変わらずか。

 これも彼なりの外交戦術なのだろうが、そういう所はあまり好きじゃない。

 バードンは手を差し出した。


「ではここに不可侵の契約を交わすということで」


 ヒョロ長の男は後方で腕組みするパンクをちらりと見た。そしてしぶしぶ手を出す。


「あぁ──」


「おっとっと! しっつれい!?」


 ヒョロ長の男がバードンの手を握ろうとしたとき、突然横から一人の男が出てきた。

 白服の壁からひょっこり現れたその男は茶色の袈裟を羽織っていた。

 後ろからぞろぞろと多数の坊主を引き連れて。


「教皇様!?」


「ここで来るか......」


「いやぁ! 顔を出すのが遅れてしまって申し訳ない!」


 現れたのは大地教の教皇、『教帝』だった。

 本当に嫌なタイミングで現れる。このまま何事も無ければ話は早かったのに。


「ここに来たのはもちろん平和的な王国づくりを支援するためですよ! 唯一王が離れてしまった今、みんなが一致団結して国の運営を盛り立てていかないと! だから私にもここで意思表明をさせてください!」


 場の雰囲気を掌握するように両手を広げてにこりと笑う。

 誰もがその姿にくぎ付けになって目が離せない。


「私は、この国を運営する者達を、全面的に支援しよう。この先、()()()()()()()()


 ぉぉぉぉぉおおおおおおおお!!!!!!!

 徐々に大きくなる歓声。その意味を理解した者から順に声を大きく高らかに咆える。


 盤面がひっくり返った。


 鉄骨は唯一王の威光の代わりに裏切者である指近衛の威光を手に入れようとした。だから指近衛が辞めると言えば彼らは交渉を飲まざるを得なかった。

 しかし指近衛の代わりとなる威光が彼らにあるならこの交渉を呑む必要は無い。そしてどんなことがあろうとも指近衛の側に就くと表明した大地教は、指近衛の穴を埋めるには十分すぎる。


 このままでは交渉が決裂する。


「想定していないわけがないだろうが」


 俺はフードをちらりと上げた。

 教帝はそのフードの中を見た。


「......ッ!」


 目を爛々と輝かせた。


 お前の話はソレイユから聞いている。

 交渉上手で建前ばかり。本当のところは何を考えているか分かりもしない。何か強い信念があるようで、俺の石像の姿を見た瞬間、聖女まで放り捨てて俺を手に入れようとした、と。

 お前のやりたいことは知らないが、お前に好きにさせるつもりはない。

 お前からはどす黒い闇が見える。


 教帝はバードンに近づき、無理やりに手を握った。


「一緒に平和な世の中を築き上げましょう。唯一王が出来なかったことも、唯一王の意志を継ぐ君たちとなら出来るはずです」


 そしてヒョロ長の男とも手をつなぐ。


「ここに居るみんなで力を合わせましょう。ね?」


 ひっくり返った盤面はもう一度ひっくり返って元に戻った。

 不可侵の契約が結ばれた。


 教帝が俺に近づく。


「やはり君は生き返ったのですね。あぁ......あの時、どんな手を使ってでも手に入れておくべきでした。どうです? 今からでもこちら側で一緒に平和を創り上げませんか?」


「いずれまたここに来る。その時、敵になるか味方になるかはお前次第だ」


「ふふ。君も平和を志すならきっと気に入っていただけますよ」


 すれ違いざまに言葉を交わし、離れていく。


 またここに来る。

 その前にまずは、金帝を殺す。

動乱期 序章 一


鋼の一族は力を失った。鋼の一族は喜び勇んで生を謳歌しようとした。

しかし彼らに作り出された霧の獣はそれを許さず力を失った鋼の一族を追い立てた。


大地経典より

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