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85話 リスクのない決断

 暗闇の中、ちらりと外を見る。確かに大地教の袈裟を着た人たちがそこらをウロウロしている。ところどころ貴族領の傭兵も混じっているのが見える。


「ここももう危ない」


「まさかこんなに早くたどり着くとはね......もっとかかると思ってたよ」


 これまでこの場所は弟にもバレたことが無かった。だから誰にもバレることはないと思い込んでいた。だが、それなりに人が揃えばどんな場所だったとしても見つけることはできる。そのことが頭から抜け落ちていた。

 次の場所を見つけなければ......


「いや、待て。ちょっと様子が変だ」


 ナキが制止する。

 よく見てみると人々の足が止まっている。表情は戸惑っているようだった。


「それはほんとか?」


「あぁ、どうやらガセじゃないらしい。一日馬を飛ばしてやって来た奴が複数居る時点で大分、信憑性が高いだろうな」


 どうやら何か起こったらしい。一日馬を飛ばしてってことは王都からか?


「でも信じられないな、黄泉の塔が崩れるなんて」


「......てことは俺達これからどうなるんだよ? ヤバいだろ。ヤバいんじゃないのか......?」


「とりあえず教皇様から集合がかかってる。行くぞ」


 大地教の坊主たちが帰っていく。傭兵たちもそれを聞いてうろたえていた。俺たちのことを考える余裕はなくなったらしい。

 しかし、それはこちらも同じことだ。傭兵だの大地教だの言ってられなくなった。


 黄泉の塔が崩れた。これが本当なら......本当なんだろう。

 唯一王が死んだということか? それとも唯一王が黄泉の塔を捨てて逃げたということか?

 500年死ななかった唯一王が死んだというのは考えにくい。というか考えられない。そうじゃないとすれば後者だが、俺たち以外に王政を打倒しようとしている奴なんかいるか?

 そういえば居た。弟、ニックだ。でもあいつが王政を打倒する方法は時間がある程度かかる方法だったはずだ。


 そうだ。この黄泉の塔の崩壊には予兆が無さすぎる。

 きっと突発的に起こったものだろう。となると、これは唯一王の意志によって引き起こされたものか、内部での裏切りによって起こってしまったかの二択。

 ......そういえばドレイク団長は内部の人間しか知らないような情報を知っていることがよくあった。内通者が居たとすれば辻褄が合う。


「裏切りか......?」


「どういうことだ? まさか指近衛の誰かが裏切ったということか?」


「その可能性が高い、か?」


「だとしたら今、唯一王は何をしているのだ? 裏切られて死んだのか?」


「それは......考えられないな」


「私もだ。あの唯一王が死ぬわけない」


 唯一王はこれからどこに行く?

 黄泉の塔は権力の象徴だった。しかしそれと同時に唯一王を同じ場所に縛り付ける(くさび)でもあった。

 唯一王は黄泉の塔を壊したことによって、どこにでも行きたい場所に行けるようになった。

 唯一王の行きたい場所って......どこだ?


「......唯一王が行きたい場所は分からないが、唯一王が来るべき場所はここだ。間違いなく、唯一王はここに来るべきだ」


 これは確信を持って言える。


「だとしたらマズいな」


 俺達と唯一王は敵対関係にある。黄泉の塔の襲撃までやったのだ。見つかったら間違いなく極刑だし、ドレイク団長レベルでなければ時間稼ぎも出来ず瞬殺だろう。唯一対抗できるかもしれないダク君はこの様子だし、絶対に唯一王に見つかってはならない。だが俺達は唯一王の見た目すら分からないのだ。避けようがない。


「一旦身をひそめるか......?」


 ダメだ。問題の先延ばしはこの場合いい結果を生み出さない。

 この混乱を利用するぐらいのつもりで無いと──


「混乱を利用する......?」


 ダク君は混乱を利用して館に侵入した。どんな状況でもやり方はあるはずだ。

 考えろ! 考えろ!!


「この方法なら......いや、リスクが高いか......?」


「リスクなら請け負ってやる。だからどんな案でも出せ。生き残れる可能性の多い方法を取れ」


 こんな時、ダク君ならこの方法を行えるはずだ......でも俺には出来ない。

 俺には仲間にリスクを負わせることなんて出来ない。団長が生きていた時は団長がリスクを取る決断をしていた。でも今それをするべきは俺なんだ......!

 でも......!


「俺にはリスクを取ることは無理だ。仲間と共に地獄を歩くことはできない」


「......意気地なし!」


「だから、俺はリスクのない方法を取る。もし仲間に命を賭けさせれば世界を()れるとしても、その選択はしない。全員、確実に生き残れる方法を選ぶよ」


 ナキが驚きの表情でこちらを見る。それに笑って返す。


「これでも懐剣だ。それが俺の役目だ」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――


 坊主が集まる。ダクを探していた坊主たちが

 まさかこんなタイミングで待ち望んでいたことが起こるとは。


「教皇様、どうかなされましたか?」


「いや、まさか黄泉の塔が崩れるとはね」


 思わず笑みがこぼれそうになる。

 このために金帝と密かに組んでいた。このために指近衛と裏で繋がりを持っていた。その結果がこうも速く現れるなんて思ってもいなかった。


「これで黄泉の塔を取りに行けますね」


 これから大地教は黄泉の塔に行く。アブダと自分達は繋がっていた。アブダか金帝、どちらかが黄泉の塔を落とせば落とした方を王にする。そして我々はそれを補佐する。そういう契約になっていた。

 我々は王にはならない。

 ならなくても目的は達成される。


「待ったよ。500年」


 一族の悲願を叶えに行く。


「我々の『聖地』を、取り戻しに行こう」

国の地形


この国は黄泉の塔を中心として円形に成り立つ。国の大地には祝福が満たされており、母なる大地として崇められている。円の外には魔獣が満たされているが、祝福を持つ大地に阻まれ基本的に円の中に入ってくることは出来ない。


ある男の手記より

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