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83話 懐剣

 地下通路を抜け、行く場所を探す。ラスコの家も養豚場も追手が張り巡らされているだろう。だとしたら、あそこしかない。

 俺は昔作った掘っ建て小屋に彼らを案内した。それはとても家と呼べるほど立派なものではないが、家に居場所が無かった自分にとっては、唯一、一人になれる場所だった。あの家では弟が幅を効かせていたから、俺はずっと落ちこぼれ扱いされていた。だからこの場所はそんな俺の、誰にも知られていない逃げ場だった。


 俺たちはここでつかの間の休息を取ることにした。

 まさかここに俺以外の人間が入ることになるとは......


「先っちょだけ! 先っちょだけだから」


「だ、だめですよ......そんなことできません......」


「いいじゃん! ちょっとだけ! な?」


 俺はラスコに詰め寄りながらお願いをしていた。

 ラスコは顔を赤らめながら首を振る。

 ナイフを右手に握ったまま──


「な? ちょっとだけ。 ここにちょっと刺すだけで良いから」


「ルーザーにそんなことしたら死んじゃいますよ! ただでさえルーザーは傷の治りが遅いんですから!」


「大丈夫だって! 俺も痛みのない切り傷、体験してみたいんだよ!」


 こうやって何度も頼み込んでいるのだが、なかなか承諾してくれない。

 まじまじと様子を見つめていたナキがぼそりと呟く。


「ちょっとえっちだな」


 ......これ以上、何かするとナキのナニカが目覚めてしまうかもしれない。

 仕方なく諦めることにした。


「それにしてもすごいな。痛みのない傷をつけることが出来るなんて」


「......そんなことないですよ。僕のこの力は生まれた時から身についていた物です。努力で身に着けたものじゃない」


「それでも実力は実力だよ。 ......俺の家系もちょっと特殊だしね」


「ハタヤさんの家系? たしか貴族領で参謀をしているとか」


「そうだね」


 俺は話すかどうか迷ったが、言うことにした。別に隠していたわけではない。


「俺の名前、実は当て字なんだ。本当の名前は第二十八代目『懐剣(カイケン)』。代々襲名制で、『懐剣』という名前を受け継ぐことになっている。それを公にすることはあまり良くないとされているから二十八に当て字をしてハタヤという名前を名乗っている。俺の家系は代々頭が良いから、どこかの領主に匿われて参謀となることが多かった。唯一王以前は王にも仕えていたそうだ」


「唯一王以前......途方もないほど昔ですね。考えたことも無かった。ハタヤさん、すごい人なんですね」


「俺は......すごい人じゃない。すごい人だったらよかったんだけど、そうじゃなかったんだ。知略も戦闘能力も落ちこぼれ。それに弟はうちの家系の中でも希代の天才だった」


「弟さんですか」


 俺は頷く。弟のことを思い出すと、とても重い気持ちになる。


「弟は天才だった。だが、家を継いだのは長男である自分の方だった。弟には俺の補佐をする役目が与えられたが、弟はそれを否定した。弟は知略を働かせて、俺を貴族領から追い出した。正確に言えば、俺が自分から役目を放棄するように仕向けた。俺はそれを知っていたけれど、役目を放棄せざるを得なかった。それほどまでに弟は天才だったんだ。俺はあいつに祝福を授けて流浪人になった。そしてドレイク団長に出会ったんだ」


「......」


 空気が重たくなりすぎた。

 あわててとりつくろう。


「別にレジスタンスになったことを後悔しているわけじゃないんだ。家を出たことも後悔していない。その選択を俺は望んでやった。自分の能力をレジスタンスではそれなりに活かせた。満足はしてる」


 付け加える。


「俺が言いたいのはそういうことじゃなかったんだ。血筋だろうが実力は実力だ。それはお前の強みだ。一番ダメなのは自分の強みを強みと認めず、それを活かさないことだ」


 ナキがふんと笑って言った。


「ここに居る皆、強みがある。聖女には四の祝福が」


「私のこれも『強み』なんですね」


「ハタヤにはそこそこの頭の良さと、そこそこの戦闘能力」


「なんか褒められてる気がしないな......」


「私は言うまでも無いな」


 場が静まりかえる。

 ナキがいやいやと真面目な顔をして訴える。


「分かるだろ? ......私は姉とよく似ているしな。全く。血筋と言うのは抗えないものだな」


「リブリース=ウルライトさんと似てる......? どこが......?」

「え? ナキさんのお姉さんってあのリブリース=ウルライトさんなんですか?」


「ほら! あるだろ!? 集中力があるところとか」


「あぁ、まぁ確かに......シュートとかも結構集中力が要る......か?」


「だろ?」


 得意げな顔でふふん、と笑う。

 ナキは視線を小屋の奥に向ける。


「ソレイユには献身的な心と家事の心得、それに筋肉、とかな」


 視線を向けられたソレイユはぐっすりと寝ていた。石像となったダク君に寄りかかって。

 ここに来て、すぐに寝てしまった。

 とても疲れていたのだろう。ダク君が石になって戻って来たのも心に負荷をかけてしまったに違いない。

 ソレイユの閉じた瞳から涙がぽたりとこぼれた。


「ダク様......」


 寝言でぼそりと呟いた。

 ダク君はまだ眠ったままだった。いつ目を覚ますのかも分からない。


「今一番優先すべきことは......」


「ダクを元に戻すことだろうな」


「どうすれば元に戻るか条件が分からない。それが分からないことにはどうにも......」


「それを探すのがお前の役割なんじゃないのか。出来ないのならお前は、レジスタンスにとって必要ないんじゃないのか」


「......あぁ、そうだな」


 ナキはこういう時、容赦がない。一度ここを裏切った俺を、きちんと裏切り者として扱ってくれる。

 そういう所が彼女の良いところでもある。


「......ダク君はレジスタンスの団長だ。あの館にこの短期間でここまで準備を整えて侵入した。俺にはダク君がそこまでできる人だとは思わなかった。周りの人間も自分の苦境に巻き込むなんてことは俺にはとても出来ない...... それにあの館で出会った時に思ってしまったんだ。『彼なら何かこの状況を変えてくれるかもしれない』ってね。彼には間違いなくレジスタンスの団長の器がある」


 眠るソレイユを見る。

 彼女にとって彼は心の支えだ。

 彼女のためにも彼を生き返らせなければ。


―――――――――――――――――――――――――――――――――


 大柄な男──リバーがつるし上げられていた。

 意識を取り戻したリバーが鎖を引っ張る。しかし鎖は抜けない。


「無駄や。お前から宝具は取り上げた。この位置やから持影係数は7程度しか出せへん。それやったら鎖は切れへんで?」


 傍らからヒョロ長の男──ニックがほくそ笑む。


「ワイはお前の祝福を奪う」


「......」


「分かっとんのや。唯一王から離れると弱まる持影。ハート、アブダ、パンク、キッド、ラン、そしてリバーという名前。おそらく名前に対応した唯一王の体の部位を押し込められとるんやろ? それを通して祝福を分けてもらっとるんや。お前ならリバー、つまり肝臓や。それをぶんどる」


「......」


「どうした? 恐れで声もでぇへんか?」


 リバーは心ここにあらずという様子だった。

 そしてぼそりと呟く。


「黄泉の塔が崩れた......?」


「は? 今、なんちゅうた? おい!?」


「待ってろ御屋形様。今行くからよ......」


 壁がミシリと軋む。


「おいおいおい、嘘やろ? 持影係数上がってへんか? 待て待て待て待て!!」


「うらぁあ!!!」


 バキッと壁が割れた。

 鎖が抜けた勢いそのままにニックにぶち当たる。


「痛っ!!」


 ひるむニックの横を走って逃げる。

 ドアをぶち破り、窓をかち割ってまっすぐに走る。


「あかんわ。計算狂った」


 ニックは一人になった部屋であぐらをかきながら考える。


「あいつの言葉から考えるに、黄泉の塔から唯一王が出てこっちに来てんのか?」


 そして床に体を投げ出した。


「悪運強すぎやろ」

懐剣


才ある家系の一つ。類稀なる知能を持ち、権力者の傍らで暗躍してきたとされている。また彼らはその知能を活かし、数々の武具を生み出したとされており、戦闘能力もあるとされている。唯一王の時代になってからは一度もその傍らに就いたことはない。


ある男の手記より

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