77話 生首
生首がごろんと床に転がる。
唯一王の目が自分を見つめている。
ぞくりと悪寒がした。
死人から怨念を感じたからではない。もっと具体的な違和感が肌の上をぞぞぞと触っている。
後ずさりする。してしまった。まずい──
「お前は──」
嘘、
「いや、誰も──」
首だけだぞ?
「僕を殺すことはできない」
首から胴体が生えるように再生し始める。
「パンクッ!!!」
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「もう始めている!!」
チャージが遅い! あと数秒あれば何とか、!
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首から肩が出来上がる。まだ唯一王は動けない。
腹に手を当てる。
自分は唯一王に腹を授けてもらう前からギフテッドだった。だから腹が無くても動くことは出来るし、直すこともできるが、これから戦うなら万全な状態でなければどうすることもできないだろう。
腹を直すか?
否。
ナイフを刺してからでも遅くはない! ナイフを取り出し刃先を向ける。脳天を突き刺、
ナイフが宙を飛ぶ。腕ごと。
「あなたが裏切り者だったのですね、アブダ」
「ハート......!」
状況が刻々と変わる。
まさかここまで早くハートが戻ってくるとは。首を吹き飛ばしてから十秒も経っていないだろうに。
こうなってしまったら、時間稼ぎなんてできない。それどころか、パンクが一発放ったとしてもハートなら遮ることができる可能性がある!
つまりこの時点で、唯一王を殺すことができるかどうかは一か八かの賭けになった。
そして俺は賭けが嫌いだ。
だからこの状況を打開するためには全く別の対処法が必要。つまり次の一手は──
「パンク! 宝物庫だ!!」
ハートが見張り台の方を見て目を丸くする。壁に空いた穴越しに見えたパンクはすでに攻撃を放っていた。
直後、轟音が鳴り響く。
唯一王でなければ開けられない宝物庫をこの瞬間に開放する。弱った唯一王には宝物庫を瞬時に直す力は無いはずだ。
複数の宝具をこちらが奪還してしまえばこちらが勝利できる可能性が高い。
これなら──
「アブダ」
「......なにか」
唯一王、この期に及んで何を、
「お前は器か?」
どういう意味か、すべて理解できるわけではない。わけではないが、答えるべき答えは分かる。
「......あなたの代わりを果たす覚悟ならとうに出来ています」
「そうか」
唯一王は直った右手の手のひらで床に触れた。
いったい何をするつもりだ?
ミシリと黄泉の塔に亀裂が入った。
まさか、黄泉の塔に宿している祝福を回収する気か? そんなことをすればこの黄泉の塔が崩れるぞ? いや、それだけか? 地続きになっている部分すべての祝福を取り除けるなら、置いてきた腹も、宝具に宿した祝福すらも取り除けるのではないか?
考えが甘かった。
代わりになるというのはそういうことだ。
何もないところからでもこの国を支えていかなければならないということだ。
唯一王の体はすでに再生していた。黄泉の塔を支える必要がなくなり、出していた祝福をすべて体の中に取り入れたからだろう。
黄泉の塔がくずれゆく。
「ハート、行くぞ」
「は、はい!!」
唯一王とハートは黄泉の塔に空いた穴からすんと飛び降りた。
「くッ」
黄泉の塔を維持できるだけの力が自分にはない。今は唯一王の臓物すら入っていない。
崩れる。
雷の音すら比ではないような轟音を轟かせて、天高く積みあがった石材が山を作る。
瓦礫の中から辛うじて這い出る。
目の前に広がる光景は塔の上から見ていたものとは全く違った。
そしてかつて唯一王が見ていたであろう、地獄へと続く道がそこに長く長く伸びていた。
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渾身の一発は確実に金帝の首を貫いて首と胴体に分かれた。
はずだった。
「いやー、びっくりした~」
「どうして......生きている?」
金帝は体を取り戻していた。
しかし前のような体ではない。前の体はブクブクに太っていたが、今の体は痩せている。
金帝は誇らしげに語る。
「俺ぐらいの三の祝福使いになると、体にため込んだ栄養が少しでもあれば全身一瞬で再生できるんだよね~。さすがに首だけにして試したことは無かったけど、意外にできるもんだね。さすが俺だわ」
どうすれば殺せる。
もう余力は残っていない。
簡易なものだったが祝詞術も使ってしまったし、意識を保つことすら難しい。リバーの方を見てみるがリバーは五体投地で寝ている。さすがに完全詠唱の祝詞術ともなれば体への影響を無視できないのだろう。ナキならシュートは出来るが、俺が呪いを込めたわけではないから傷すらつかないかもしれない。
「じゃあ殺しとくか」
動けない。
どうすればいい。
何ができる。
何が......
「ダクくん!」
「ハタヤ......」
ハタヤに何も期待していなかったことに彼が現れてから気が付いた。
一度裏切られたからだろうか。別に彼が助けてくれるとは思っていなかった。
けれど薄れゆく意識の中でハタヤが自分を抱えて走っているのが分かった。
彼は今、どんな気持ちで俺を抱えて走っているのだろう。
そんなことを思いながら俺は意識を手放した。
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「あ~行っちゃった」
金帝は逃げたハタヤとダクを見ながらぽつりと言った。
そして彼らにおいていかれた男の方を見つめる。
「ギフテッドはさすがに殺せないよねぇ」
リバーは依然、ぐっすりと眠ったままだった。
「おーい、ニック~!!!」
「はいはい、聞いてますよ」
金帝が大きな声を上げると物陰に隠れていたニックが耳を押さえながら出てくる。
「どうすればいいと思う?」
「そうですね、指近衛は宝具さえ剥奪すれば拘束はわりと難しくないんじゃないですかね。あと周囲を強化しましょう。常駐する兵も今までより多くしましょう。それから城の修復ですね。ハタヤは......あいつはどうせ何もできません。放っておいていいでしょう。一番いけないのはあなたがここを離れることですよ。あなたがここを離れたことが人に知れたら何されるか分かんないですから」
「恨み買いまくってるしねぇ」
「そうですよ」
「手厳シィ~」
ケラケラと笑いながら着実に行動を組み立てる。
三の祝福 飽食の祝福
食物を食べなくても生きられるようになる。体が栄養を使って生きるという発想から栄養があるから体が出来るという考え方になり、栄養がある限りは生き延びられる驚異的な生命力を持つ。治癒能力は向上するが身体能力が向上するわけでもないし、老化を防ぐことも出来ない。
著:リブリース=ウルライト『持影大全』より




