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71話 今しかない

 だだっ広い部屋の中、自分は胃のキリキリとした痛みに苛まれていた。

 弟と対峙する時、いつもこの痛みに襲われてしまうのは何故だろう。

 きっと、弟より優れたところが一つも無いからだ。


「ついに来たで。この時が」


 にやっと笑った弟が机をバンバンと叩く。二十九──改めニックの興奮とは裏腹に、俺の心は沈んだままだった。

 それでもここに帰って来たのは手紙の内容があまりに突拍子もないものだったからだろう。

 理論を立てて完璧な計画を立てるニックにしてはあまりに突飛すぎる。


「『世界を変える準備が整った』ってどういうこと? まさか、三権の一角......お前の仕えてる金帝でも倒すつもりか?」


 現実的なライン、否、現実的に考えて準備を整えればギリギリ届くかもしれないラインを提示する。

 ニックは頭を押さえながらため息を吐く。

 キリッと胃が痛んだ。


「何、寝ぼけてんのや? そんなんやったって、この国が変わるわけないやろが」


 机をバンバン叩く。寝ている者を目覚めさせるように。

 そしてニヤリと笑った。


「唯一王に成り代わってこの国を実質的に支配する。その準備が出来た言うてんのや」


 稲妻が奔ったようだった。

 予想の上を行くスケールの大きさに唖然とする。


「馬鹿な......」


「馬鹿なんかじゃねぇ。まずこの国を支配するのに必要なもんがなんかわかってんのか? 金、名声、絶対的な力や」


 パチンと指を鳴らす。


「金は言うまでもなく必要や。いろんなモンを整備するのには金がかかる。逆に金さえあれば大体のもんは直せる。何かを手に入れるためには金が要るが、その金は十分に集まった」


 パチン。


「次に名声や。この点において唯一王は絶対的や。こんな時代になっても『唯一王』なんて大それた名前が定着してるぐらいにはな。だから、自分たちは唯一王の権力を名前だけのものに変える。そのために王都の食事の流通を止める」


「流通を止める? そんなことが出来るはず......」


「現実的に考えろや。出来る。もちろん出来る。まず、うちの食材のシェアは養豚だけやと思われがちやが、それは分かりやすくするためのフェイクや。実際は、王都の半分の量の食事はうちが流しとる。正確には価格競争によって他のほとんどの農家を蹴散らしたんや。他の農家を蹴散らすのが第一フェーズやとしたら、これはすでに完了した。そして肝心かなめの第二フェーズの時間がきた。この第二フェーズでは王都に流す食材の価格を一気に上げる。他の農家も供給するやろうけど、供給は間に合わん。そうすることで、王都は一時的に大混乱に陥るはずや。指近衛やろが、骨組やろが、どうしようもないとこまで暴動が進む。唯一王はこれを鎮めることができへん。そこで食材の価格を元に戻す。そうすることで、実質的にワイらがこの国を動かせることが証明されるってわけや」


 俺はその言葉を否定する。


「でもそんなことを起こしたら、王都の民が困るだろ!」


「甘ったれるのもたいがいにしろや? ワイはこの国の人間がどうなろうが知ったこっちゃないねん。肝心なのはこの国を乗っ取れるかどうかや? この国が乗っ取れれば今よりもっとマーケットを巨大に出来る。今よりもっと権力が手に入る。それに経済活動がデカければデカいほど国民も豊かになるんやから、そっちの方が幸せになるってもんとちゃうのか?」


 自分の喉から言葉が出て来なくなってしまった。

 完璧な理論武装に太刀打ちできない。そしてニックの前では道徳的な意見が全部排除されてしまう。合理的な意見が価値観さえもねじ伏せられると信じて疑わないからだ。


 ちらりと脳裏にダクの姿が思い浮かんだ。

 彼ならばこの言葉に反論できるだろうか。

 彼の独特な考えはしばしば俺を驚かせてきたが、彼はそれを成し遂げてきた。理論を越えた何かを持っている気がする。そんな彼ならこの理論武装した狸を攻略できるのかもしれない。

 そう思ったが、心の中の戦略家が、そんな甘い考えを否定する。

 団長が居なくなってしまったレジスタンスに所属する彼には、もうどこかに抗うだけの力は残っていない。


 落胆してしまいそうになる。

 指を鳴らす音が、意識をもどした。


「最後に、絶対的な力。これが無いとどんな場合においても民衆は反乱を起こそうとしてくるもんやからな。唯一王には絶対的な力がある。だから反乱は起こされんかった。ここが難しかった。この一点を解決するのにどれほどのリソースを費やした事か。傭兵団を金で雇ったり、特別な手法を編み出したり......ようやく唯一王に勝てるかもしれへんという算段が着いた」


「それは唯一王と戦って勝つということか?」


「その通りや。万一、唯一王が王城を離れてこっちに来た時に、対応できるだけの力が無いと権力を守り続けることがでけへん」


「そんなことが......できるのか?」


 にやにやとニックが笑う。


「うちの金帝は無限の力を手に入れた。いくら唯一王が不老不死の能力を持ってたところで叶わんぐらいの力や。はっきり言って、今の金帝は武力でも最強や」


 俺はその話についていけなかった。

 なぜ金帝が武力でも最強になることができるのかが分からない。


「そしてこれらの要素がそろったこのタイミング。これが揃った今なら行ける」


 その瞳は確信に満ちていた。 


「つまるところ行動を起こすなら──」


―――――――――――――――――――――――――――――――


「今しかない」


 ラスコの家でテーブルを囲みながらダクは計画を話す。

 計画と言っても、単純な奇襲作戦だ。相手の情報が少ないから選択肢は絞られる。その中でも一番可能性があるのは奇襲作戦だった。

 少数で戦力は少ないが、個々の戦力で言えば最大級の面子が集まっている。

 一点突破で相手の陣地に入り、金帝を討ち取る。これが一番成功率が高いだろう。


「どうして戦力を集めてから動かない?」


 ナキが当然の質問を投げかける。


「あの子を助け出したことがバレる前に奇襲する方が成功率が高いからだ。助け出したことがバレたら俺たちが今ここに居ることもバレる。そうしたら戦力を増やすことはおろか、この国に居ることすらできなくなるだろう。だから今しかない」


 俺がそう言うと、あまり納得できていない雰囲気が流れた。

 消極的な理由で動くのは俺も嫌いだ。


「ごめんなさい」


 聞こえてきたのは聖女がこぼした一言だった。


「やっぱりあの時、私が助けなんて求めなければ、良かったのかもね。今更だけど」


 ぼそりと言われたその一言に、罪悪感を感じた。

 そんなことを言わせるために助け出したわけじゃない。

 もっと個々の力を全力で活用すれば、もっともっといい結果が生まれるんじゃないか?


「あっ」


 アイデアがふつふつと湧いてくる。

 視点を広げてパズルのピースを集めて、集まったパズルのピースをくみ上げる。


「君の協力があればもしかしたら今考えているものよりも上手く行くかも」


「え?」


「協力してくれるか?」


 聖女は唖然とした顔で聞いていた。

 しばらくして聖女がコクコクと頷く。


「君の名前は? 協力してくれるなら、知っておく必要がある」


 聖女は覚悟を決めて自分の名を告げる。


「アリーシャと言います。よろしくお願いします」


「よし。うん。うん。行けるな。大丈夫」


 俺の心の中である種の確信が生まれる。

 ただ、やはりこの作戦が使えるタイミングは──


―――――――――――――――――――――――――――――――――――


「今しかない」


 黄泉の塔の一角でそうぼそりと呟いた。


 指近衛のランが居なくなった今、この塔には自分を含め四人の指近衛しかいない。リバーは外出したまましばらく戻ってこないと言っている。まさかここまでタイミングが揃うとは思わなかった。

 これは奇跡と言って良い。神の啓示だ。今、やれと言っている。


 唯一王を殺す。

無題


神様は居ない。

俺が参謀としてここでのさばっていられるのは神様が居ないからだ。

世界は人間が作るものだ。

良い意味でも悪い意味でもな。


貴族領領主邸宅の一角にある日記より

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