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7話 迅速果断

 閉ざされた暗闇の中、目を開けても光を感じない岩の棺桶の中で目を覚ます。

 飽きるほど見た、この光景。しかし、前とは違うことがあった。今のダクはこの岩が呪いの一つの形態であることを知っている。ダクは手を伸ばして岩に触れる。

 指先に力を集中させ、呪いの形を少しずつ変化させる。ぐらりと岩が揺れ、次第に柔らかみを帯びてゆく。

 そして形を変えた呪いをゆっくりと自分の中へと戻す。自分という器の中へと漏れ出た自分を注ぎ込む。呪いが自分の中へと入る痛みと共に思い出したのはセイの顔だった。


 今行く。待ってろ。


 岩の棺桶が自分の中へと納まると同時にダクは本当の意味で目を覚ました。

 見えたのは目を瞑ったまま傍らに座るドレイクの顔だった。ドレイクは目を瞑ったまま口を開いた。


「起きたか」


「......俺はどれぐらい眠っていた?」


「12時間だ。思ったよりも早かったな」


 ダクは上半身を起こしここがどこか確認する。三人分の布団を敷けば埋まってしまいそうな狭い床、ところどころ穴の開いた木製の壁。どうやらここは簡易的な小屋のような場所らしかった。


「ここは?」


「王都の外れにあるレジスタンスの活動拠点の一つだ」


 どうやら骨組からはうまく逃げられたらしい。

 そういえば、とダクは一つの疑問を思い出す。


「宵橋教会はどうなった......?」


 ダクに拘束令状が付きつけられると同時に宵橋教会にも制裁が下っていたはずである。あのまま残された宵橋教会は今頃酷い目に遭っているのだろうか。そんなダクの疑問に答えたのはドレイクではなかった。


「結局、宵橋教会の方には営業停止処分は下らなかったみたいだよ。まぁ、あいつら基本的には面倒ごと嫌いだし、俺ら全員を逃がしちゃったら潰す理由もないでしょ。潰さなかったら俺らが帰ってくるかもしれないしね」


 小屋の扉が開きハタヤが入ってくる。外にはナキも居るようだったが入ってくる様子はなかった。


「それだけにもうあそこには帰れないだろうね」


 それを聞いてダクの心がズキンと痛む。結局、ソレイユに何か助言をあげることも出来ないまま、もう会えなくなってしまった。

 ダクが少し後悔する中、ドレイクが沈黙を割った。


「だからこそ今、やるべきなのではないか?」


 何のことか、とダクはハタヤに視線を送るが目を逸らされてしまう。どうやらハタヤは内容について知っているらしいがあまり乗り気ではないらしい。ドレイクは傍らに置いていた紙を床に広げる。それはどうやら建物の見取り図らしかった。ドレイクは懐からペンを取り出し、見取り図の中央にマークを付けた。地図をまじまじと見つめるダクにドレイクは言う。


「時は来た。誰も手の届かなかった唯一王の王城――『黄泉の塔』に攻め入る時が」


 予期せぬドレイクの言葉に、ダクの背筋に稲妻が走る。

 様々なセイとの思い出が頭の中を駆け巡るが、懸念点を一つ思い出しダクははっとしてそのことをドレイク達に問いただす。


「でも俺はまだエミットを習得していない。時期尚早じゃないか?」


 ダクは未だドレイクに課せられた課題をクリアできずにいた。石神の黄金色の光を消すこと。これが出来なければ城に連れて行くことは出来ない、と。

 ダクはポケットに手を伸ばし中を探る。しかし石が見つからない。ダクが慌てているとハタヤが手の中にあった石を見せた。それを見てダクは驚愕する。


「石の光が消えている......?」


 形状はダクが訓練に使っていた石神の形と瓜二つだが、その石からは光が消え失せていた。光が一時的に消えることはあっても消え続けることはないというハタヤの言葉と異なる現象に、ダクは頭に疑問符を浮かべながらそれを見つめた。


「あの場所から逃げている最中にはもうこの状態だった。おそらくダク君が骨組のお偉いさんに膝を付かせた時の一撃が石にも影響を与えたんだろうね。ただ光が消え続けるなんてことは今までの常識ではあり得なかった」


 ハタヤはダクに詰め寄ると体を隅々まで観察する。ダクはその視線に気恥ずかしさを覚えた。


「そもそもダク君の呪いはイレギュラーが過ぎるんだ。すべての呪いを持っているはずなのに自身の体に及ぼす影響が小さすぎる。呪いを軽減しているとしても全て無くすというのは不可能だし、そもそも上位の呪いは軽減できるものじゃない。例えばドレイク団長は上位とされる二の呪い、貧睡の呪いのせいで一日に四時間しか活動できないけれど、ダク君はそうじゃない。これが一の呪いの性質なのか、それとも500年も呪いの影響を耐え忍んだ結果なのかは分からないけれど、ダク君の体はすでに普通のルーザーとは全く違う規則で動いてる」


 ハタヤは顎に手を当てながら早口でそう言った。よほど気になっているのだろう。

 その調子で論理を並べようとするハタヤをドレイクは制する。


「ともあれ、エミットは成功した。エミットの後に気絶するのは懸念点ではあるがな。ならば行動を起こすのは早い方が良い」


 ハタヤがまたも目を逸らす。ドレイクはそんなハタヤを気にも留めない。

 ダクは彼らのそんな様子に疑問を抱き、一つの質問を投げかける。


「俺を王のところまで連れて行ってくれるのはありがたいが、団長たちが俺にここまで協力する理由が分からない。手を貸してくれる理由を教えてくれ」


 ダクの質問を聞いたドレイクは手に持っていたペンをぐっと握りしめる。


「王城に攻め入る。その選択肢がお前という存在が現れたおかげで、ようやく現実味を帯びた。それはこれまで誰もなし得なかったルーザーたちの悲願だ。それがなせるなら俺はどんなことでもする。お前に協力するのは利害が一致したからだ」


 ドレイクの言葉には強い意志が籠もっていた。まるで命を落としても構わないというような覚悟さえ感じられる。

 ドレイクは握りしめた小さなペンで地図の端にある建物にマークを付ける。


「俺たちの狙いはお前が唯一王に会っている間に、この『宝物庫』を潰して中にある宝具を奪取することだ。具体的な宝具の数は明かされていないが、何百年にも渡って祝福が流され続けたその宝具らには唯一王の祝福が宿っているとされている。それが無くなるだけで唯一王の影響力は半減するだろう」


 ドレイクは地図から顔を上げてダクを見た。

 彼の覚悟とレジスタンスの目的はダクの指針を一つに定めるのに十分な物だった。


「行こう。セイのいるあの塔へ」


 その言葉を聞くとドレイクは満足そうに頷き、備えるためにすぐに眠ってしまった。そんなドレイクの背中をハタヤが不安そうに見つめていた。


――――――――――――――――――――――――――――


 無造作に千切られた視神経(ししんけい)をたなびかせて、その眼球は浮いていた。

 その眼球は果てしなく続く螺旋階段(らせんかいだん)を浮遊して昇りながら、先導する槍を携えた男の後をついてゆく。男はその螺旋階段の果てにある大きな扉を開け、浮遊する眼球はだだっ広い空間に案内される。


「骨組管理支部長、バードン=レイモンドが『目飛(めと)ばし』にて参りました」


「入れ」


 そこにあったのは赤く長細い絨毯、さらに一段上がって一つの背の高い椅子があり、そこには男が座っていた。傍らには背中に大剣を背負った若い女が立っている。

 招かれた眼球は部屋の中央まで移動し、槍の男が差し出した五十音表を見つめた。眼球はその意志を伝えるように五十音表に並ぶ文字を順に凝視する。槍の男はその文字を訳し口に発する。そして自分が発した言葉に驚く。


「『御屋形様(おやかたさま)の兄が永き眠りから覚醒致しました』......そんな馬鹿な......それは本当なのですか?」


 眼球はその言葉に答える。


「『実際に確認致しました』と......」


 槍の男はあまりの突拍子も無い報告に絶句する。その言葉を部屋でただ一つしかない椅子に座って聞いていた男は槍の男に対して強い口調で命じる。


「城の警備をいつもより強化しておけ。それとリバーとパンク以外の『指近衛(ゆびこのえ)』をこの部屋に集めろ」


「いや......たとえ目覚めたと言ってもさすがにその兄がこの場所にすぐ来るなんてことは無理でしょう......」


「いや必ず来る」


 槍の男は提言をきっぱりと否定されてしまう。


「あの人が目覚めたのなら、必ずここへやって来る。あの人はそういう人だ」


 少年の姿をしたその白髪の男は、まるで自分に言い聞かせるようにその言葉を噛み締めた。

呪いと祝福の位階について


呪いと祝福はそれぞれ対となる10(つい)20種類からなっており、それぞれに位階が定められている。二から四は上位、五から十は下位となっている。上位と下位では体に与える影響の強さが異なるというのも位階を区分する要因の一つではあるが、一番大きいのはそれが良くも悪くも常時発動してしまう点だろう。特に二から四の呪いにとってこれらがどれほど過酷かは言うまでもない。

なおこれらの区分と一線を画すという意味で一の祝福及び呪いには極位(きょくい)という位階が割り当てられている。


著:リブリース=ウルライト『持影大全』より

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