68話 邂逅
「すまない。昨晩は御見苦しい姿をお見せした」
「いや、その......ギャップ、ありますね」
「本当に申し訳ない」
昨夜、ラスコの話を聞いた後にナキと合流した。合流したナキは半ベソをかいていた。なぜ半ベソをかいているのか聞いたところ、どうやら情報が思ったより集まらなかったかららしい。
この町に来てから分かったことだが、ここの町の人はよそ者をカモか厄介なものとみる傾向があるようだ。普段無口なナキに情報収集は難しかったのかもしれない。
ラスコもその様子を見ていたが、終始慌てた様子だった。泣いている女性が目の前に居たら慌てるのも当然だ。四の呪いである去勢の呪いを持っていることを伝えたが、周囲に上位の呪いを持っている人間が居なければ聞いて理解することは出来ても納得することは出来ないだろう。慌てているのに乗じて、なし崩し的にラスコの家に泊まらせてもらい、そして朝を迎えたというわけである。
というわけで俺たちは道中昨晩のことを謝りながら、養豚場へと向かっていた。
ラスコが急に止まった。
「ん......?」
「どうかしたのか?」
「いや、ちょっと見慣れん人がおるみたいやから......」
前方に目をやると人が六人。五人が一人の周りを囲うように立っている。護衛やお付きの人という感じの印象だ。
全員、寺の坊主が着るような袈裟を着ている。大地教の人間のようだが、大地教の人間自体はそこら中に立っている。異質なのはその気配。
ゾッとするような圧迫感。うまく言い表せないが、そこに居るというだけでこちらが委縮してしまうような強い緊張感が張り詰めている。
その中で真ん中に居る一人だけ、笑って周りの人に手を振っている。その人に向けて語り掛ける人は居ない。大地教の人々は頭を下げたまま上げようとしない。
「あの人は誰だ?」
「分からない、です」
ラスコはあの雰囲気に圧されたらしい。足がすくんでいる。
俺はラスコの背中をポンと叩いた。
「ここは普通にした方が良い」
俺は養豚場の方に歩いていく。
彼らは養豚場からこちらの方に来る。
すれ違う。
男が挨拶する。
「どうも、朝からおつかれさまです」
「どうも」
返事をした俺を見て男が目を丸くする。
「君も、ここに来たのですか? それに珍しい。宵橋教会の人も居るみたいですね。それと、あぁ、あそこの人がお世話様ですね。金髪で背が高くてちょっと猫背。聞いてた通りです。会えてよかった!」
......
話をしないわけにはいかなさそうだ。
「あなたは? どうしてここに?」
「今、巡礼を行っている途中なんだ。ここを始めとした色々な聖地を見て回っているところだよ。この養豚場は聖地中の聖地だ。回らないわけにはいかない。今見てきたところだけど、とても良かった。恵まれた、望まれた者が、そうでない者を救うために身を削る。あれこそまさしく大地教の聖女にふさわしい」
「......」
「とても、美しかった。君もきっとそう思うよ」
ここで肯定すれば、何事もなくやり過ごせる。
でも、ここで肯定するのは、俺の本意じゃない。
もう俺は曲がらない。
「俺は、それは違うと思う」
「......何?」
ぴくり、と空気が張り詰めた。
「恵まれた者も恵まれない者も、誰一人犠牲になっちゃいけないんだ。犠牲になっている人を見て、それを肯定するのは間違ってる」
「理想論ですね。そういう言葉を目の前で聞かされると、自分の考えが悪者の考えのように見えてしまいます」
「これは議論だ。そういう考えがあることが理解できないわけじゃない。でもそれに同調はできない」
「......」
男が黙る。考えている。
不意にふっと笑う。
「いやぁ、やっぱり、宵橋教会の人とは考え方が合いませんね。彼らは人類皆平等とか言うくせして、ルーザーの肩を持ちすぎる。それより一握りの恵まれた者がすべての人間を助ける方が現実的で効率的だと思うよ」
この人とは意見が違う。
でも話が出来ないわけではない。
「君、名前は?」
「そちらこそ」
「おや、失敬。そういえば名乗っていなかったね」
彼は両手を合わせて琥珀色の数珠を鳴らした。
「私はヒトバシラ=ツグト。大地教の教皇で人々からは『教帝』と呼ばれているよ」
予期せぬ会合にぞくっとする。
そうか。それなら頷ける。
この笑っているようで全く笑っていない笑顔も、その奥に隠された底知れない何かも。
「俺は......」
いずれまた出会うことになるだろう。そんな気がする。
だから名乗るなら堂々と。堂々としなくちゃ舐められる。
「俺はダクだ。よろしく」
「ダク? いや......いや、まさかな......」
「それじゃあな」
ヒトバシラが言おうとしていることが何か分かった。
情報を与えすぎたとは思わない。ここで名前を隠して歩める道ならば俺じゃなくても歩める道だ。
幸いヒトバシラが一緒に着いてくることはなかった。
「ここが養豚場だな」
ぎいっと扉を開ける。手入れはされているが年季が入っている。
開けてすぐに目に入った。
ソレイユより明るい白と見紛う金色の髪。病的に明るい白い肌。整った容姿。
「ラスコ......と、誰?」
「俺はダク。レジスタンスの一人だ」
レジスタンスという単語を聞いて眉をしかめる。あまり良い噂は流れていないのだろう。
だがそれで良い。
彼女を説得するのは良い人間じゃなくていい。良い人だから従おうとか、そういう考えでなく決めることが出来たなら、それは本物だ。
「俺は多分この世界で一番強い呪いの力を持っている。指近衛の祝福も相殺したことがある」
彼女の顔色が変わる。恐れから驚きへ。どうやら言わんとすることが分かるらしい。
「つまり君の祝福も相殺できる」
目を見開く。
「君の祝福を打ち消すことが出来る。そうすることによって君は特別な人間から普通の人間になる」
唇の端を噛む。
「どうする?」
目を泳がせる。
「でも、これは私の役目で......与えられた力......だからこれは私がやらなくちゃいけないことで」
「それは違う。確かに君は沢山の人間を助けている。でも君が生まれる前もこの世界はずっと続いてきた。だから君が役目を頑張らなくても他の方法で頑張れば人は生きていけるんだ」
「それは......」
心の皮を剥がす。
言い訳と言う名の皮を。
「ただし、君が居れば得られる物も沢山ある。人々は生きやすくなっただろう。君がやっていることにも意味はある。それを否定するつもりはない」
肩に手を置く。
「だからこれだけ知っておいてほしい。君がこの役目をしているのは何かを得るためであって、やめても何かを失ってしまうからじゃない」
驚き。最も強い驚き。これまで信じていた理論が根底から覆されるほどの驚き。
「君が何かを得たいからこの役目を請け負っているなら俺は何も言わない。でも、やめたら誰かが取り返しのつかないことになってしまうと思っていたんだったら、それは間違いだ。それはどうにかできる。どうにかする。俺がどうにかする」
選択を迫る。
心の皮が剥がれている間に。
「ここから出たいか」
......
「......出たい」
「分かった」
鎖を溶かす。
振り向くとラスコが涙を流していた。
「ありが、とう」
「まだお礼を言われるには早い」
「え?」
ラスコが泣いたまま疑問符を浮かべる。
「まだ納得してない人間が居るみたいだからな」
後ろに気配。
大地教の人間が居た。
大地教
太古の時代から存在する宗教。魔獣から人々を守る母なる大地を信仰対象としている。それから派生して強き者には弱き者を守る義務があるというのが彼らの主義になっている。そのため我々と彼らの相性は良い。
ある男の手記より




