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61話 寄り道

 貴族領へ向かうには途中で王都を経由するのが一般的である。リブリース邸は南、貴族領は北にあり、ちょうど真ん中に王都があるため、物資の補給地点としては最適だからである。しかし、レジスタンスとしてはあまり王都には近寄りたくない。

 ナキとソレイユが頭を悩ませている時、俺はそう言えば、と、あることに気が付いた。


「もしかしたら、王都でも気が付かれずに買い物ができるかもしれないぞ」


 自分の中に確証があるわけではない。ソレイユとナキは深くは聞かずに納得してくれたので、俺たちは一度王都に寄ることにした。


 王都は塀で囲われているわけではないので、抜け穴さえ知っていれば警備の目を誤魔化すことは出来る。この辺はナキが教えてくれたので楽に入ることが出来た。


「この情報はどこから手に入れているんだ?」


「さぁな。昔は団長が教えてくれていたのだが、今となってはもう分からん」


 そういえば団長は指近衛の情報や宝物庫の場所などいろいろなことを知っていた。

 まぁ、協力者の一人や二人いてもおかしくないか。


「ところで問題はここからなのだが、ちゃんと上手くいくのだろうな」


「どうかな。分からないが、まずは宵橋教会にでも行ってみるか」


 懐かしいその響きにソレイユがぱぁっと目を輝かせて、その後しゅんとした顔になった。


「どうした?」


「いえ......あまり話し合わずに出てきたものですから、ちょっと......でも、相手がどう思っているにしろ行かなきゃダメですよね」


「その方が良いだろうな」


 ソレイユは覚悟を決めたように両頬をぺちぺちと叩く。こういうところでうだうだ悩まずにすぐに決められるところは俺が尊敬しているところだ。

 宵橋教会は何でも受け入れてくれる。お尋ね者の自分たちでさえ受け入れてくれる。レジスタンスと出会ったのもここだった。自分にとっても、懐かしい。

 受付をしていたのは前と変わらず眼鏡の少年だった。


「あなたたちは......!」


 彼はこちらを見るなり目を見開いて、気まずそうな顔をしたソレイユをまじまじと見ていた。


「とりあえずそこらへんにかけて下さい」


 彼は無表情で席に案内する。俺たちは三人で昔レジスタンスが座っていた場所に座る。


「どうぞ」


 眼鏡の少年が水を持ってきた。そして何も言わずに帰ろうと踵を返す。

 このままでは話し合うことなんてできないぞ。

 俺はソレイユの方をチラリと見た。彼女はスカートの裾をぎゅっと掴んでいたが、彼が何も言わずに帰ろうとしたので意を決してがばっと頭を上げる。


「あの!」


 ソレイユが眼鏡の少年の袖をつかむ。

 少年はどきりとしたようにびくんと反応するが、こちらに顔を向けようとはしない。

 彼の背中が話しかけられることを拒んでいる。

 突き刺さるような直接的な拒否。彼女は胃の中に言葉を押し込められてしまう。

 それでも、言わなければならないことを絞り出すように彼女は言葉を紡いだ。


「ごめんなさい......勝手に出てきてしまって。仕事だって押し付けてしまう形になってしまったし。色々迷惑をかけてしまったと思います。突然のことになって本当にすみませんでした」


 少し沈黙が流れる。ソレイユは彼の様子をうかがっていた。

 眼鏡の少年は少ししてから突き放すように一言、言い放った。


「でも、帰ってくる気は無いんでしょう?」


 ソレイユはハッとしたように目を見開く。

 その言葉にはいろいろな意味が含められているように聞こえた。今更どうして戻って来たのかとか、それを言うためだけに来たのなら目障りだとか、そんな否定の言葉が諸々凝縮されていたように聞こえた。

 ソレイユは袖を離しそうになってしまう。


「......!」


 それでも、彼女は離さなかった。

 逃げてはいけないと知っているから。


「はい。私はダク様に着いて行きます」


 そう言い切った彼女に少年はため息を吐く。

 そして彼女の方を振り向いた。


「なら行けば良いんじゃないですか。別に人手も足りてるし。ナメないでください。宵橋教会はあなた一人居なくなったぐらいで何も変わりませんよ。何百年、しぶとく続けてきたと思ってるんですか」


 眼鏡の少年はくだけた口調で吐き捨てるように言った。その内容は突き放すようだったが、付き合いの長いソレイユにはそうは見えなかったらしい。親しい人にだから見せられる態度もあるだろう。今回のはそれだったらしい。


「ありがとーっ!!」


「ちょっ──チッ......」


 ソレイユは満面の笑みを浮かべて彼に抱き着き、眼鏡の少年は両手を挙げる。そして心底うっとうしいという風に舌打ちする。

 どうやら若いは上手く行ったようなので、俺は本題を切り出す。


「ちょいと少年、これを頼まれてくれないか」


「? なんですか?」


 お前も同じ少年じゃないかと言いたげな目線を無視しながら俺は一通の手紙とお金を渡す。


「それを城下町の店のとある少女に渡して欲しい。年は14ぐらいかな?」


「とある少女って誰ですか? そもそも居ても見つけられないですよ」


「大丈夫。彼女の長くて赤い髪はよく目立つ。多分すぐに見つけられるはずだ」


 それだけ言うとソレイユにも自分のやろうとしていることが分かったようだった。あっと声を上げて少年に抱き着いたままこちらに首を向けた。俺はこくりと頷いた。

 少年はソレイユを振り払い手紙を受け取った。そして首を捻りながら店の方に歩いて行った。


――――――――――――――――――――――――――――――


 しばらくして、眼鏡の少年が戻って来た。

 その両手いっぱいに荷物が握られていて、重そうにそれを抱えている。


「見つかったみたいだな」


「そうですけど......何ですか、あの人。手紙の中を見るなり、無言でこれを渡して来たんですが、あなたの周りには人使いの荒い人しか居ないんですか?」


「それだけ物事を頼みやすそうな風貌をしているってことじゃないか、少年?」


「チッ」


 眼鏡の少年は投げつけるように俺に物を渡してくる。

 その中にはおよそ数日間分の食料と生活用品、それに一通の手紙が入っていた。俺たちはその手紙を覗き込む。


『 ダクさんへ

鬼殺しの沼を出てから、今は雑貨店で働かせてもらっています。

色々ありましたが、根性さえあればどうにかなるものですね。

自分の店を持つのはまだ少し遠いですが、諦めずに頑張ろうと思います。

こうして今頑張ることが出来るのもあなたのおかげです。

ありがとうございます。少しオマケしておきます。店主には内緒です。

       アスター 』


「......彼女らしいですね」


「そうだな。図太くやってるみたいで良かった」


 目的は済んだ。顔を見られないのは名残惜しいが、ここで人の多い場所まで行ってしまうとバレてしまうかもしれない。

 少し早いが出るしかないな。


「じゃあ行くか」


「はいっ! じゃあまた!」


 ソレイユは眼鏡の少年に笑顔でお別れの言葉を言う。

 眼鏡の少年はふーっと息を吐き出した。


「今度はちゃんと、この国を変えてから来てくださいよ」


 眼鏡の少年のそんな言葉にソレイユはうるうると瞳に涙をにじませていた。


 そそくさと宵橋教会を抜け出す俺は、ふと何かに引き寄せられるように後ろに視線を向けた。

 そこには手を振る少女の影があった。離れていて小さくしか見えないが、そのきれいな赤色の髪は遠くからでもよく目立っていた。

 俺はその赤毛の少女にぐっと親指を立てた。そして小さく手を振って、また前を向いた。

 俺の心は温かい気持ちで満たされていた。


――――――――――――――――――――――――――――――


 黄泉の塔に骨組の一人が訪れる。

 一人の男はそれを待ち構えていたかのように現れる。


「ア、アブダ様! 報告したいことが!」


「何?」


 そう尋ねる中年男はまるでその内容が分かっているかのようだった。


「宵橋教会の方で指名手配中のレジスタンスのやつらを見たという通報がありました!」


「分かった。唯一王の方には自分から話しておくから、このことは内密に」


「はっ!」


 それだけ言うと骨組は深々とお辞儀をして早足にそこから出て行った。


「どうした」


 骨組が帰った後、少しして唯一王が現れる。


「いえ」


 男は何事も無かったかのように返事する。


「何も、ありませんでした」


 その男の下げる頭を、鋭く、ただ鋭く、唯一王は見つめていた。

創世記 盛衰 一


岩と鋼の一族は契約を交わした。

彼らは望んでいた物をそれぞれ手に入れた。岩は自由を、鋼の一族は不完全を。

しかし、それを好機と捉えた者たちが居た。

完璧を失った鋼の一族は他種族からの標的にされた。


大地経典より

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