57話 オリジン
弾かれた!?
つららの形をしていた呪いの宝具は、シャルのペンと合わさることによって短剣へと姿を変えた。しかし、それは俺の生命力を奪うばかりの代物だった。
このままでは取り返しのつかないことになってしまう。
短剣を握りながら持影を流し込むがバチンと跳ね返されてしまう。
どうして力を貸してくれない!?
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持影係数が跳ね上がったが攻撃してこない?
どういうことだ? 何かトラブルが起きているのか?
これは自分にとって好都合ではある。
この間に詠唱を発動させれば間違いなく勝てるだろう。
それで良いのか?
もちろんこの戦いの結果だけを見るなら、今やるのが一番良い。多分、御屋形様もそれを望んでいる。
でも、心の中で迷っている自分が居る。
そんなやり方で倒してしまったら、間違いなく一生悔いが残る。「あの時、ダクが本気を出せていれば、勝ったのはダクかもしれない。俺が勝てたのはダクが不調を起こしていたからだ」とずっと思い続けるのだろう。
そんな劣等感を「相手があの場面で本気を出せなかったのが悪い」とか「もしも本気を出せていたとしても俺が負けるわけはなかった」とか、そんな自分を誤魔化す温かい毛布のような言葉で包んで、劣等感を育てていくだけのゆりかごになり下がる。
そんな姿は御屋形様の隣にはふさわしくない。
常に無敵であり続ける御屋形様の隣には、誰にも負けない自信を持った人間がふさわしい。この世界の秩序を保つ者として、どんな存在にも屈することなく、あの人の征く道を阻む者を消し、あの人の征く道を支えていける者が良い。
全力のお前と戦いたい。
お前ならそれが出来るだろ?
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チカチカと、頭の中で、断続的に、閃きが光る。
こんなことは初めてだ。
チカチカとまるで自分の頭の中を操るように何度も何度も閃きが生まれる。自分の望みを叶える詠唱というかたちで浮かび上がってくるのではなくて、「素直に身を任せれば良い」とか「体を貸せ」とかそういうかたちになって頭の中にイメージが浮かんでいる。
嫌だ。
俺はお前に力を委ねるだけの存在にはなり下がらない。
お前は俺にあいつを殺せと命じるけれど、俺はその言葉には従わない。
この状況ではそれが正しいとしても、その言葉には従わない。仮に俺が決断して同じ結論になるとしても、それは俺が決断することであって、お前が決断することじゃない。
『デアレバ、オ前ハ、何ヲ望ム』
脳裏に新たに生まれるイメージ。これまでに抱いたことが無いほど明確で、そして聞き覚えがある。
その言葉はまるであの鬼殺しの沼の心象世界で語り掛けてきた骸のようだった。
お前がこの短剣なのか?
『オ前ハ、何ヲ望ミ、何ヲ願ウ』
「俺は──」
沸き上がる様々な疑問を捨てて、骸の言葉に耳を傾ける。
思えば、俺は今、目の前の敵に固執していただけなのかもしれない。目の前でランが殺そうとしてきたからそれを拒めるだけの力が欲しいと思っている。
それは望みでも願いでもない。
あぁ、なるほど。お前は最初からそれを欲しがっていたのか。
つまり、お前は何のためにこの短剣を振るうのかを聞きたがっているんだな。
目の前の相手を倒すためだけに自分を使うのであれば、力は貸さないと言っているんだな。
思えば、自分が呪いを発現した時もそうだった。呪いは自分を助けるために使うんじゃなくて、誰かを助けるために使った時だけ発現する。
だから俺の根源が聞きたい。
そういうことだろう?
「俺はこの国に住んでいるあらゆる人間を救いたい。差別に悩まされているルーザーも、無関心な普通の人間も、人を見下すことを環境が強制するギフテッドも、それらを解決することが出来ずに一人悩んでいるセイも、全員救いたい。だからここで立ち止まっては居られない」
びりりと震える。
手が、腕が、体が震える。
「その願いを叶えるだけの力が欲しい。説得力が欲しい。誰にも捻じ曲げられないほどの力が欲しい。この無理難題を叶えるにはどうしても力が入る。だから──」
前を向く。
じっと前を向く。
ランよりもその先を見る。
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その目はずっと前を見ていた。
俺よりもその先を見ていた。
そうだよ。
その目だよ。
鬼殺しの沼の時のお前も、同じ目をしていた。否、その時よりももっとぐつぐつと沸き上がってくるような感情のこもった目をしている。
そんなお前だから俺の敵になり得るんだよ。
「力を貸せ。『牙』」
圧縮された呪いの波動が自分の体を奮い立たせる。
槍を強く握って構える。波動を制圧するだけの祝福を発する。
「『発影』──!」
光輪が迸る。
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俺の答えに骸は力で応えた。
呪いの枷が力に変わる。自分の体を縛る重しが、俺の体を包み込む武装になって体の周りに存在しているのが分かる。
相手の動きが今までよりもより鮮明に見える。
相手が槍を握りしめたのが見える。筋肉が肌に浮き上がり、槍を構えようとしているのが見える。相手が口を開いたのが見える。
そして自分がそれを理解できる。理解できるから行動に移せる。
そして閃きはそれにこたえる。
「『発影』──」
思いを言葉に発するだけで良い。
「『焔神突』!」
「『穿て』」
短剣が強く呪いを纏い、刃の周りにそれを囲う呪いが浮かび上がり、大きな牙を作り上げる。
相手の熱量の塊に刺すように牙をくいこませる。
熱量の塊が火花のように散らばりながら俺の体の周りを飛び散っていく。その衝撃でかかとが地面に食い込む。だが生きている。
「『発影・幽世双陽』」
「『発影・食い千切れ』」
双方向から突き刺さんとする光の塊に手を翳す。
右手の短剣は牙を宿したまま、左腕に呪いを流し込み新たに牙を作り出す。短剣を逆手に持ち替えて牙と牙を合わせるように振るった。思いは力を形作り、光の塊を割る。同時に牙もひび割れる。
次の一手に。呼吸が合わさる。
「『我が完全をここに現せ。我は責を負いし者、汝と交わした契りを果たす者。我が手に責を持って、ここに刻む。全てを打ち砕け。発影・八岐斬り』!」
「『手足を縛りしその枷を外せ。心を繋ぎしその楔を抜け。我は罪を負いし者、汝から奪いし不完全を呪縛に変えて生きる者。彼の者の終劇を繋げ。発影・地矛』」
足の一歩一歩が重い。
限界が近いと悟る。
呪いが自分を蝕む前にこの一撃で決着をつける。
一歩の踏み込みが価値を持つ。
踏み込みから波動が生まれて地面が揺らぐような感覚と共に自分の体が前に出る。
自分自身が牙になっている。
「うぉおおおおおおお!!!!」
槍は熱を持ち、刃はその切れ味を前面に宿す。どんな硬い物でも切ることが出来るという概念を宿したような刃が自分の体を断ち切るためにその刃を振るっている。
硬く、もっと硬く。
ガキンと槍と短剣が触れる。
俺の短剣が折れていない。俺の足が止まっていない。それだけでいい。
ランに手を翳し、前へと進み、その手が相手の胸に触れた時、それが最後だった。
牙がランの胸を貫いた。
「また......負けた......な」
「お前は強かったよ」
そう言って彼は地に伏した。
それを見届けてダクは岩の棺桶へと引き込まれた。
一の呪い 宿業の呪い
物に呪いを付与することが出来る。この呪いを保持する物は一度死んで生き返り、その間年を取らない。また他の呪いの効力も少なくなる。これらに関連性があるかどうかは未検討である。
リブリースの研究ノートより




