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56話 宝具を凌駕しろ

「はぁッ!!」


「くっ!!」


 擦過音と共に火花が飛び散る。槍とつららは交わり互いに互いを打ち消し合いながら互いを弾く。

 ランは舌打ちをする。

 どうして少年が生き返った?


――――――――――――――――――――――――――――――


 目を覚ますと、そこは鬼殺しの沼の中のようだった。

 ただ一つ違ったのはそこに見たことのない籠手があったこと。アーマーを使う時に俺がイメージしている鎧の一端だ。

 その籠手は何か語り掛けるように口ずさみ、俺にそれを渡して背中を押した。

 その手から受け取ったものは紛れもなくシャルのペンだった。

 その時、なんとなく理解してしまった。

 ドレイクは俺に未来を託して、退場してしまったのだと。


――――――――――――――――――――――――――――――


 じりりと汗ばむ。

 俺はアメハバキを操りながら、彼の攻撃を裁いていた。

 俺は言い聞かせる。「大丈夫。普通に戦えば良いだけだ」

 俺は言い聞かせる。「相手はもう勝てない相手じゃない」

 俺は言い聞かせる。「この場において俺は最強だ」

 俺は言い聞かせる。「俺には御屋形様から授けてもらった宝具がある」

 俺は言い聞かせる。「全力のルーザーと全力のギフテッドならギフテッドに分がある」

 俺は言い聞かせる。「だから大丈夫。心配ない。絶対に勝てる勝負だ」


 なのに汗がたらりと流れてしまう。

 トラウマか。それとももっと別の理由か。

 彼の表情に覚悟のようなものが見えている。それが鬼殺しの沼のあの時のデジャブを感じさせるのか。


 気張れば気張るほど、腕に力が入ってしまう。動きは硬くなってしまう。

 だから俺は俺に言い聞かせる。

 何度も何度も何度も。


―――――――――――――――――――――――――――――


 あしらわれる。弾かれる。寄せ付けない。戦っている実感がない。

 相手にされていない。

 あまりにも実力に差がありすぎて、勝負にならない。同じ持影係数の相手で同じ実力なら、ギフテッドの方がはるかに強い。それは分かっていたつもりだが、まさかここまで実力に差があるとは。

 自分の力の無さが身に染みる。

 ペンを握りしめる。

 いろいろなものを背負って立っているというのに、俺はその期待に応えられないかもしれない。

 それは嫌だ......!


 ランが口を開く。


「『』────チッ!!」


 ランが何かを言いかけて舌打ちした。

 何をためらったんだ?


―――――――――――――――――――――――――――――


 詠唱を始めようとして、デジャブのようにレジスタンスの団長に刺された時のことを思い出す。

 一瞬、詠唱をするのをためらってしまう。

 相手が体制を立て直すまでの数秒をまた無駄にした。


 俺の詠唱にかかる時間は長い。

 その間に攻撃されてしまったら? 今度は絶影で防げるのか?

 今の俺の持影係数は城下で戦っている時とほぼ同じ、つまり持影係数10ぐらいだ。ほぼ最大と言って良い。絶影でほとんどの攻撃は防ぐことが出来るだろう。

 でもこの少年の攻撃を俺は城下で一度防ぎ損ねた。

 ギャンブルはしたくない。

 レジスタンスの団長がほくそ笑んでいる姿が脳裏に浮かぶ。


 あいつ、死に際にトラウマを植え付けやがって。


 ならば詠唱のある物は使うべきではない。

 であれば使うべきは──


―――――――――――――――――――――――――――――


 ──来るっ!


「『発影』」


 光輪と熱線。

 この場で十分強い疑似祝詞!

 避けるしかない!


「『焔神突』ッ!!!」


 持影の流れを見極める。彼が教えてくれたことだ。

 揺らぎを見極めればどんな攻撃も数瞬先を読むことが出来る。

 あとは反射神経とタイミング、そして少しの運!


 煌々と光る熱線がジリジリと髪を焼きながら顔の横を掠めていく。

 行った! 避けられた!


「『発影・焔神突』!!!!」


 マジかっ!?


 極太の熱量の塊をまたもすんでのところで避ける。

 このままだとジリ貧だ。

 この戦局を何とかして変えなければ!


――――――――――――――――――――――――――――――


 息もつかせぬ間に殺す!

 一撃一撃に殺意を込めろ!


 極度の緊張感が場を支配して、集中は周りの時間をゆっくりと進める。

 自分の動きも相手の動きもスローモーションに見えるほどの集中。全てを捧げた一撃を3秒ごとに発射する。疲労と緊張が嫌な時間をさらに引き延ばす。


 ダクの顔がチラリと見えて思わずピタリと止まってしまった。

 それがあの男を彷彿とさせたから。

 ダク、お前は。

 なぜそこで笑える?


――――――――――――――――――――――――――――――


 相手の動きが止まった。

 これは虚勢。ドレイク団長の得意技だった。

 あの人はほとんど弱みを見せたことが無かった。

 でも本当は人並みの恐怖と絶望を背負っていた。それでも笑うのは相手の攻撃に隙を作り出すため。相手の意表を突くため。何か策はあると見せかけるため。

 本当は策なんてない。

 ドレイク団長なら何か策の一つだってあったかもしれないが、未熟な俺にはまだ策なんてない。

 どうか。

 力を貸してくれ。


「......できるのか?」


 閃き、予感。

 突然、それは降りてくる。

 誰かに耳打ちされるように閃き、この行為が実行できると予感する。

 ペンに呪いを込める。

 そうしろと自分の心の中に居る誰かが指示を出す。


「何をしている?」


 ランが怪訝そうな顔でこちらを見た。

 じんわりと馴染むように呪いが小さめのペンの中に入る。これまでは流し込むという感じだったが、それとは全く違う感覚だった。まるでペンが意志を持って呪いを吸い込んでいるようだった。


 まだ足りない。

 それはそう言っている。

 もっと欲しいと。


「ならくれてやる!」


 呪いの馴染んだペンを呪いの宝具に突き刺す。ザクンとペンがつららに食い込み、あれだけ硬かったつららがぐにゃりと曲がる。

 ペンはつららと一体化した。

 つららが形状を変える。

 それは意志を持ち始めたようにより人が扱いやすい形へと姿を変える。


――――――――――――――――――――――――――――――――


 ダクはペンとつららを組み合わせる。

 何をしようとしている?

 つららが形を変えて行く。

 それは短剣のような形になった。


「!?」


 持影が跳ね上がる。

 アメハバキの持影がバチバチとうなりを上げる。

 アメハバキがあの武器を警戒している?


――――――――――――――――――――――――――――――――


 ぐわんと強く、空間が揺れた。

 持っているだけで生命力を吸い取られる。

 まるで力を貸せと言われているようだった。


 力を貸そう。

 だからお前も俺に力を貸せ。


 バチンと雷撃が走る。

 弾かれた!?

宝具


黄泉の塔の宝物庫にあるとされている武具。その武具には唯一王の祝福が込められており、それを振るえば何者もかなわぬ力を手にすることが出来るとされている。宝具は全部で十個あるとされているが、限られたものしか宝物庫に入ることは叶わないため詳細は分からない。


ある男の手記より

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