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54話 すべてを捧げる

 馬車が動き出す。手綱と馬の尻がパチンと当たる。

 ガタンと馬車が揺れる。その揺れに振り落とされぬよう、俺は左腕に力を込める。

 敵の位置は頭上。俺は馬車の床板の裏。わずか木の板一枚を隔てた先に敵は居る。

 冷や汗が垂れる。

 ドクン、ドクンと音がする。

 心臓の鼓動が今だけ止まってくれれば良いのに。


 俺がここに居ることは決して気づかれてはならない。

 荷台に乗せられたダクを助け出すためには、この馬車を止め、ダクを連れ出し、出来ることなら指近衛を倒さなければならない。

 正面から戦ったところで勝ち目はない。搦め手を使ったところで勝ち目があるかは分からない。

 でも少しでも勝ち目を上げようとするなら、絶対にここで見つかってはならない。


 ガタン、とひときわ大きく馬車が揺れた。

 ただでさえ片腕なのに、大きく揺れると強い負荷がかかる。衝撃で床板から左足が外れる。


「? なんだ......?」


 しまった。

 上でガタガタと物音がする。こちらを覗こうとしているのか?

 一か八か見つからないことに賭けるか?

 それはダメだ。思考放棄は自殺と同じだ。

 考えろ。俺にできることは何だ?


 指先の一点に呪いを集中させる。相手に呪いを感じさせないようにアーマーを使う要領で自分の指先にだけ纏わせる。

 床板の古いところに指を這わせる。ゆっくりと慎重に朽ち果てさせる。

 バキン、と床板の切れ端が折れた。俺の体を掠めながら地面を転がってゆく。


「チッ。ボロいのを引いたみたいだな」


 わずかに出来た穴から指近衛がちらりと見える。相手はこちらを気にしていない。そしてその奥側には真っ黒になったダクが見える。ダクは馬車の端に立てかけるように置いてあった。ぶらんと手が馬車の外に垂れている。

 もしかしたら、あの腕を下から引っ張ったら、ダクを馬車から降りさせることが出来るかもしれない。


 ......それでどうなる?

 もしもダクを降ろしたとして、危険だが俺も飛び降りたとして、ダクを引っ張ってそこから逃げられるか?

 指近衛相手にそんなことが出来るか?

 後ろから追ってきた指近衛に殺されて終わりではないか?

 つまるところこの作戦には先がない。


 どうにかしてここで、この場所で、この男に、勝たなければならない。


 引くな。

 引くな引くな引くな。

 安全策を取るな。

 ここにやって来た時の指近衛ではない。安全策で勝てる相手ではない。


 考えろ。

 思考放棄の賭けをするな。

 考えた上で一番良い賭けをしろ。

 ハイリスクでも良い。ハイリターンな賭けをしろ。


 足を止めさせ、相手に隙を作り、一矢報いることが出来るかもしれない最善手。

 今俺に出来ることは──


「なッ!?」


「付き合ってもらうぞ!」


 一瞬で呪いを最大出力まで上げ床板を溶かし、床板にぽっかりと穴を開ける。ランの足が馬車を突き抜け、俺の居る馬車の裏側にぶらんと垂れた刹那をつかみ取る。

 裏側に張り付くために握っていた手には指近衛の足が掴まれていた。


「ぐっ!」


 必然的に背中側から地面に倒れ込む。ランを道連れにしながらも背中が荒い石に削られる。


「離せッ!」


 ランがアメハバキに片手を伸ばし、もう片方の手で槍を掴んで馬車ごと俺を斬り飛ばした。ヒヒンッと馬が暴れ狂う。

 一方俺は、間一髪、床板を挟んでいた足を外したおかげで斬撃からは逃れるも、これで完全に馬車からは落ちた。

 それでも足を掴む手は離さない。


「ガァッ!?」


 指近衛が馬車から落ちる。もみくちゃになりながら転がり落ちる。

 体中から痛みが走る。

 離れたところで馬車が壊れて、ダクが転がり落ちているのが見えた。


 転がりながらも指近衛を跳ね飛ばし、かろうじて距離を取る。


「やっぱりお前は執念深いな、団長」


「諦めきれない性分なんでな」


 全身が悲鳴を上げる中、虚勢を張る。相手も今回は去勢に気づいているだろう。なぜなら、彼も虚勢を張ることを覚えたからだ。


 結局こうなってしまった。

 勝ち目のない真っ向勝負。三度目のタイマン。

 二回は勝てたが、それは俺が勝ったんじゃなくてダクが勝っただけだ。

 俺には勝てるほどの力はない。

 俺はいつだって搦め手で、相手の意図を上回ることでしか勝ち目を見出すことが出来ずにいる。真正面から戦っても時間稼ぎが関の山。相手が宝具を使いこなす今となってはそれすらも出来ない。


「もしも俺にも力があれば」


 ぼそりと口から出た言葉に驚く。

 敵の前で本音を漏らしてしまうなんてらしくない。

 歯を食いしばる。


「『()けまくも(かしこ)き岩の継ぎ手よ』」


 相手が、目を瞑り、詠唱を始める。

 黄金色の絶望が空中にちりばめられる。


 ふと目線を逸らした先にあったものと目が合って、

 俺は目を見開いた。


 どこかで聞いたことがある。

 力はいつも求めるものに与えられる。本気でそれを求めれば稲妻のような閃きと共に与えられる。必要としたときに、必ず。


「15秒だ」


 駆ける。

 それは拾い上げると同時に吸い付くように自分の手のひらの中に収まった。 


「『世に蔓延(はびこ)る諸々の禍事(まがごと)罪穢(つみけがれ)()ら──ッッ!?」


「お前がその詠唱にかかる時間の長さだ」


 手に握られていたのは呪いの宝具。呪いの宝具を指近衛の腹に突き立てる。


「力を持って油断したな」


 腹にそれを突き立てたまま、力を入れる。

 指近衛が苦痛に顔を歪める。


 瞬間、稲妻のような閃きが脳裏に駆け巡る。

 それと同時に分かってしまう。

 これを使ったら、俺の体は力に耐えられないということを。


「『手足を縛りしその枷を外せ。心を繋ぎしその楔を抜け』!!」


「!? こいつッ!?」


 覚悟ならとうに決めている。

 シャルが沼へ身を投げた時、抗うと決めた。どうすれば良いかなんて分からなかったが、それでも俺はレジスタンスだった。

 呪いを体に宿した時、自分の道を進もうと決めた。自分は進みながら世界を変えて行こうと思った。

 ダクと共に王城に乗り込み、俺の命は俺の手によって一度捨てられた。ダクが拾わなければあの時に俺の命は消えていた。

 沼ノ守との攻防でも俺はまた命を捨てた。またも拾われてまだ命を持っている。

 その度に考えていた。

 俺の命が拾われるのは使うべき時に使うためなんだろう、と。


 今がその時で良い。


「『我は罪を負いし者、汝から奪いし不完全を呪縛に変えて生きる者』」


「このッ!」


 ランが胸に槍を刺す。

 肺から空気が抜けていく。

 この命が溶ける痛みも、煮えたぎるような熱さも、どこか満たされたような気持ちも、槍がもたらしたものじゃない。

 そんなもので止められない。


「『古き─は─が──、───────者の─に』」


 声が出なくとも、求めるなら。

 届くなら。

 与えられる。

 必ず。


「『力を──、道を──。────に託す。全て』」


「馬鹿な!?」


「『─影・終劇(いちげき)』」


「『絶影』!!」


 闇が光った。

 飲み込んだ。

 祝福を喰らう化け物が暴れ狂う。

 ジリジリと、祝福を纏った布が火花と共に消えていく。


「ぐぅっ!!」


 体が灰になっていく。

 このまま消える。

 消えられるなら。

 それで良い。


 胸ポケットに手を伸ばす。

 そこにはあの時、返したはずの彼女のペンがあった。呪いで形作られた仮初のペンだった。

 その小さなペンに優しく触れた。


 ふっと命が消えた。


 からんとペンが地面に転がる。

 すぅーっと長く大きく、息を吸う音が聞こえた。

 呪いの化け物の中から祝福がバチバチと姿を現した。


「お前は強い。強かった。だが──」


 ランが呪いを振り払って現れる。


「倒れてやらない。俺は倒れてやらない。お前が全て継ぎ込むから、俺も全力で応えた。だから倒れてやらない」


 農場の間を吹き抜ける風が、

 全てを捧げた者の残り香を、

 小さなペンを、

 コロコロと転がした。


 彼へと運んだ。


 動かなくなってしまった、岩になった彼へ。

 かつんと、ペンが黒い彼の手に触れた。


 どくんと、動き出す。

無題


一日に4時間しか起きられない俺は、

これから何年生きるのだろう。

人の何分の一しかない命で、

何が出来るというのだろう。

きっと何もできない。


死にぞこないの男の手記より

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