52話 煌めく
シュートの使用によってかすむ視界に入って来たのは目も眩むような光。強く強く美しい光。
黒い波が祓われる。抗うことができないほどに大きい。
いともたやすく牙を蹴散らした大幣が、金色の胞子となって消えていく。残ったのは踏み荒らされた農園と同じく黄金色に光る神社のみだった。
「次はお前だ、ダク」
俺はその圧倒的な力、神々しさ、そしてそれらを掌握する彼の姿を呆然としながら見ていた。前に会った時とは別人のようなその姿に高揚感すら感じていた。
自分に敵意を向けるその瞳の奥に、一つ通った芯を見た。ランが何を感じながらここまで来たのかは分からないが、その目に映るものは自分とよく似ているような気がした。
だから気が付いたら口からその言葉が出ていた。
「俺と一緒にこの世界を変えないか」
「......は?」
ランはきょとんと目を丸くした。
「申し訳ないが、前のお前からは信念が感じられなかった。でも今のお前は違う。今のお前はきちんと考えた上でここまで来ている。そして俺には力が必要だ。俺はこの世界から不幸な人をなくしたい。そのためにはいろんなやつをまとめなきゃいけなかったり、いろんなやつを倒さなくちゃならなかったりする。だから──」
俺はじっとランを見据えて手を伸ばした。
「お前が欲しい。俺の正義についてきてくれ」
リブリースが顔を抑えながらにやけて笑う。ナキは信じられないというふうにその光景を眺めていた。
ランは目を閉じてしばらく考え事をした。
そしてゆっくりと口を開けた。
「俺は......俺の正義を貫く。そしてその正義はすでに御屋形様に捧げた。だから、お前と一緒にはいかない」
ランはアメハバキに手を添える。白い袴が風に揺れた。
「俺の役目は御屋形様の指となり、この世界から御屋形様の統治を邪魔する物を全て消し、俺が思う正しい世の中を御屋形様に実現してもらうことだ。だから、俺とお前の見ている先にたとえ同じものがあろうとも、お前もレジスタンスも殺す」
凛とした目。
あぁ、惜しい。
前もそうだった。アスターに一緒に来ないかと誘った時も俺は惜しいと思っていた。でもそうやって信念に突き進む姿を、俺は、心の底から尊敬する。だから止めない。提案を飲ませようと引き下がらない。そんな突き進む姿が惹かれたから、その魅力を削ぐような真似はしたくない。
「あぁ、分か──」
「ちょっと待て」
リブリースが割って入る。
「ここでダクを殺させるわけにはいかない。この子は紛れもなく王様だと、今、確信した」
「ならばお前もここで殺すぞ、リブリース」
ランはアメハバキの柄を握り直す。金の柱が命の息吹を吹き込まれたようにパチパチと輝く。
「それができるかな?」
ランはその挑発のようなセリフに動じることなく大幣を再形成しようとする。
しかし、その途中で急に力が抜けたように膝を付いてしまった。袴が半透明になり、社も消えかかっている。
「初めての祝詞術、それに私も扱ったことのない宝具の使用。かなり体力が削られているだろう? 祝詞術の使用はいわば祝福の前借のようなものだ。本来自分では引き出せない祝福の量を無理やり引き出すことができる代わりに、自分の生命力を捧げなければならない」
ランは口から血を吐き出す。
「宝具を使用した時の『陣影』、それに私が聞いたことのない形式の詠唱、そしてあの巨大な造影、間違いなく個人が手を伸ばせる域を超えている。私の祝詞術でさえ、一度に三回以上は使えない。三回使ったら数日間寝込んでしまうし、起きてからも期間を開けなければ使うことは出来ない。アメハバキの助けがあるとは言え、連続使用は出来ないんじゃない」
ふぅーっと長く息を吐いている。吐く息からは祝福が漏れ出していた。
「だからここで大人しく終われ、と?」
彼はギロリと睨む。
「まだ終われない。こんなところで終われない。まだ全てを為してない。御屋形様が命じて下さった使命が、俺が目指した正しさがそこにあるんだよ」
社が輝く。命が煌めく。
リブリースが舌打ちをする。懐から小瓶を取り出した。
「『我が完全をここに現せ。我は責を負いし者、汝と交わした契りを果たす者』」
同時にランも稲妻のようなひらめきに身を任せる。
「『掛けまくも畏き岩の継ぎ手よ』」
リブリースが小瓶を叩き割り、口から溢れた血をそのまま瓶の中の魔獣にふりかけ、そのまま詠唱を続けた。
「『血を継ぎ我が子を世に残せ。発影・鼠算』!!!」
「『世に蔓延る諸々の禍事・罪穢有らむをば、』」
「くれてやる!!」
一足早く詠唱を終わらせたリブリースが動く。躊躇なく右手を斬り落とし、魔獣のエサにする。爆発的なスピードで増殖する魔獣を操り、少女は魔獣を体に纏わせる。
「『祓ひ給へ清め給へともおすを、かしこみかしこみもおす』」
「食らえ!!」
まとわせた魔獣が塊となり、欠けた右手を形作る。巨大な右手で拳を作り振りかぶる。
ランの手に大幣が現れると同時に社に魔獣の右手が突っ込んだ
「発影・魔獣突き!!」
魔獣の群れが社に突っ込み、弾け飛んだ。
「くっ!!!」
「『発影・雨葉佩』!」
大幣の一振りと共にリブリースが吹っ飛ばされる。天高く放物線を描いたリブリースは受け身を取ることもできず、強く地面にたたきつけられた。
リブリースはぴくぴくと痛みに体を震わせながら息も絶え絶えに呟く。
「......ここまでやってまさか手も足も出ないなんてね。考えなしの祝詞術に、疑似祝詞にもならない思い付きだけの小技。あぁ......私らしくない。実に......私らしくない......」
「姉さん!!」
そう言ってリブリースは動かなくなった。ナキはすぐさま駆け寄る。ダクはその姿から目線を移した。
「だが、無駄じゃなかった」
そう言いながらダクは魔獣の群れに目を向ける。
もうほとんどが消滅していたが、その奥に見えるランは膝を付いていた。
深呼吸にぜぇぜぇという音が混じっている。陣影もすでに消えかかっている。
「ダク様! これを!!」
向こうからソレイユが走ってくる。そしてやり投げの要領でその手に握っていたものを投げた。ダクはそれをつかみ取る。
それは呪いの宝具だった。
「お前が俺の道を阻むなら、ここでお前を倒す」
「今......ここで......息の根を、止める!」
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「ついに、か」
唯一王がぽつりと呟く。
その呟きに傍らに居たハートが反応する。
「ランが宝具を発動させたのですか?」
「あぁ」
表情を変えずにそう答える。しかし、その語気にはほんの少しだけ喜びの感情が含まれているようにも思われた。
「やっと正しいことが行えるようだな、ラン」
唯一王が手のひらを胸に当てる。煌々と明かりが染み出していた。
「最後の機会を活かしてみろ」
指近衛の祝福
指近衛と会うことは滅多にないので確かではないが、指近衛の祝福は王都から離れるとかなり持影係数が減少するらしい。ダクの宿業の呪いのことを考えると、もしかすると唯一王は人間に分け与えているのかもしれない。ただ、物に宿すのと人間に宿すのは別物だと思うが......?
リブリースの研究ノートより




