47話 祝詞術
「リブリース=ウルライト......!」
「舞台は整ったようだね。ここからは私が引き継ごう。レジスタンスの手出しは不要だよ」
リブリースは母なる大地の土を掬い上げながらそう言った。掬い上げた土からは祝福が消え失せていた。度重なる呪いの爆弾を浴びた影響である。
「ここならこれが使いやすそうだ」
そう言って懐から何かを取り出す。それは小瓶であった。その中には何か黒いものが詰まっていた。
ランはそれの中に入っているものが何かおぞましいものである、と直感で判断する。
「『発影』──!」
ランは転がっていた槍を素早く取り戻し、祝福を流し込む。
槍が白く光り、光円が現れる。
「『焔神突』ッ!!」
「『絶影』」
放たれた熱線を白衣の袖で受け流す。白い光は白衣を伝い、後方にある洋館をかすめて焦がした。リブリースの艶やかな黒髪が熱風に揺れる。
王城で見せたものよりも明らかに威力が低くなっている。
ランは背中に背負うただの重しに手を伸ばし、小さく舌打ちをした。
「やはり噂は正しかったようだね。この目で見てみるまで確信は出来なかったが、君の祝福は王城から離れれば離れるほど弱くなる。沼ノ守と指近衛が対等に戦えるという事実から、ある程度落ちることは推測出来ていたが、おそらく5、いや4程度まで落ちているんじゃないか?」
ランは唇をひきしめる。その様子を見てリブリースは自分の憶測が正しかったことを確信する。もとより憶測が外れることはあまりない。
「それがなぜなのかは後々調べるとして......それでも『疑似祝詞』が使えるのはさすが指近衛と言ったところだね」
「『疑似祝詞』......」
「まさか知らずに使っているわけではないだろう」
目をしかめたままぼそりと呟くランに、リブリースが怪訝そうに言う。ランがその言葉について知っているかどうかは定かではなかったが、リブリースは知識を披露することに糸目は付けない性分だった。
「祝福と呪いが発現する時、持影係数にもよるが少なからず『詠唱』が必要とされている。ただしその詠唱は誰からか教えてもらうわけではない。それを必要としたときに、自然と頭に浮かんでくる。まるで神様からもたらされたように。私はそれを『祝詞』と呼んでいる。祝詞は祝福や呪いの効果を最大限まで高めることができるとされているが、そう簡単に降りてくるものではない」
リブリースはランを指さす。
「君が使っているのはそんな『祝詞』に近いが及ぶことはない『疑似祝詞』だ。レジスタンスが使う『エミット』『アーマー』『シュート』それに『オブセッション』は祝福に対抗するために開発したただの方法であって『技』には遠く及ばないが、君の『発影・焔神突』は『技』に相当する」
リブリースは「だが」と付け加えてニヤリと笑った。
「だが、お前のそれは真の『術』ではない」
ランはぴくりと眉を顰めた。
槍を構えなおす。ランは自分の中から消えかかっていた対抗心のようなものが、ふつふつと沸き上がって来るのを感じた。
彼は思考を巡らせる。
今は相手の方が格上。そのまま攻撃しても弾かれる可能性が高い。力でねじ伏せることのできない格上に勝つためには搦め手を用いなければならない。
ランはぎりりと歯ぎしりをした。これまでそんなことを考えてこなかったから方法があまり思い浮かばない。選択肢が無い。
「『発影・幽世陽炎朧灯篭』」
無数の祝福による槍を作り出す。周囲に光が満ちると同時に手に持っていた槍を投擲した。リブリースは投擲された槍をひらりと躱した。
ランは祝福の槍をリブリースに差し向ける。息もつかせぬ連撃がリブリースを襲うが、リブリースは小さな体と素早い身のこなしで槍を霧散させていく。
ランはごくりと息を飲み、その瞬間を待っていた。
この連撃で相手に致命の一撃を与えようと思っているわけではない。こんな見え見えの攻撃など当たらないことは同じギフテッドの自分が一番良く分かっている。
本命は最初に投げた実物の槍だ。あの槍には今祝福を纏わせていない。完全に気配のない状態だ。その槍に若干の祝福を纏わせ、相手の背中から槍を引き寄せて一突きにする。
それが彼の考えた渾身の策だった。
槍とリブリースとランが一直線になった瞬間、ランは目を見開いた。
「さすがにそれは下手なんじゃないか。殺気が駄々洩れ、だっ!」
背後の槍を見もしないまま躱し、手で掴む。そのままリブリースは槍に自分の祝福を流し込み、加速させながらランに投げ返す。
「ッ!!」
ランの体に槍が突き立つ。奇しくも攻撃の瞬間に出来た隙に付け込まれる形になってしまった。ランは迷いなく自分の体に刺さった槍を抜き、傷口を修復するように祝福を流し込む。
脇腹を抑えたランにリブリースが語り掛ける。小瓶を掲げながら。
「この小瓶の中には魔獣が入っている。ハブと呼んでいる魔獣の一部だ」
「魔じゅ──!?」
「しかも生かした状態でね。それをこうする」
リブリースは地面に小瓶を叩きつけた。小瓶が割れて、中身が這い出る。祝福の消えた地面では魔獣を浄化することはできないらしく、黒い何かはぴくぴくと動きを続けている。
「貴様、一体何を......」
「私が最初にこれを使ったのは祝福をナキちゃんから貰った時だった。あの瞬間、私には4の祝福である血継の祝福が宿っていることに気づき、これが出来ると直感的に思った。それから何度か節目節目に詠唱は降りてきた。必要としたときに必ず」
リブリースは小刀を取り出し、迷いなく自分の手首に傷を入れた。血液が滴り、魔獣に注がれる。魔獣は祝福の入った血を浴びせかけられて、苦しそうにびくびくと痙攣する。
リブリースは腕に力を込めた。同時に空気が熱を帯びた。
「『我が完全をここに現せ。我は責を負いし者、汝と交わした契りを果たす者。血を継ぎ我が子を世に残せ』」
血液は淡い光を放っていた。その光は魔獣に苦しみを与えているはずだった。
魔獣はその大きさを増幅させていた。
ふつふつと沸き立つようにその体積を膨らませてゆく。膨らまされている。びくびくと震えながら、大きくなる。
おぞましい。
ランは無意識に目線を逸らしていた。
リブリースはぐっと拳を握る。ぴゅっと血液が勢いよく噴き出す。
「『発影・鼠算』」
膨らんだ体がぶつりと千切れた。ぶつぶつと何個にも千切れていく。そして千切れた体は次第に形が整い、4本足の黒い生物が無数に生み出される。
ランは脇腹の修復を中断し、槍を構えた。冷や汗が流れる。
「『発影・焔神突』!」
光は魔獣を切り払うも、切り払うよりも湧き出す量の方が多い。
「血継の祝福はどんな種族の動物の子供も作り出すことが出来る。たとえそれが魔獣であろうともね。そして通常であれば一体生み出すのに1時間はかかるところを、祝詞によって最大限まで繁殖スピードを高めた」
ランは必死に槍を振るうも、魔獣の生成速度に叶わない。
魔獣たちがランの体に覆い被さる。次第にランの体は見えなくなり、沢山の魔獣の中に飲み込まれていく。
「神から降ろされる詠唱の一端ではなく、完全な詠唱によって真の力は引き出される。『祝詞術』。これが『技』の域では決して辿り着くことが出来ない『術』だ」
リブリースがくいっと手のひらを振り上げる。さぁっと魔獣が散開し祝福の滾る大地の中に突っ込んでいった。魔獣はその体を溶かし、大地の中に消えていく。
残ったのは倒れたランの姿だけだった。
「さてと」
倒れたランに近づき、リブリースはその背中の物に触れる。
「これが宝具か」
リブリースは宝具を掴み、祝福を流し込む。
ばちん、と祝福が粉のようになって散った。びりびりとした感触がリブリースの手のひらに残る。
きらりと瞳を輝かせた。
「ありがとう。ここまで宝具を運んで来てくれて」
四の祝福 血継の祝福
どんな種の生物にも自分の遺伝子を孕ませることが出来る。ただし、男性に子供を産ませることは出来ない。女性の場合は自分の血液を孕ませる対象の女性及び雌の個体の体内に流し込むことによって、自分の遺伝子を持つ者を孕ませることが出来る。異種姦をする時にはギフテッドが父母どちらの性質を持つかを決定することが出来る。
著:リブリース=ウルライト『持影大全』より




