46話 ただの重し
あの老婆の言うことを信じてここまで来てみた。農民たちはこちらを不審げに見ている。だが何も行動を起こさない。それはここに標的が居ないからか、もしくは自分が何者か分かっていないからか。
わずかな視線を感じた。メイドらしき人物が遠方からこちらをちらりと見た。鋭敏の祝福がその視線を敏感に感じ取る。
わずかに。
わずかに、彼女の瞳孔が開いた。ぴりりと感じる怖れの感情。
標的が居る。 そう確信した。
メイドは変わらぬ様子を装いながらどこかに向かおうとしている。
狙うべきはそこではない。そこではなくもっと先。彼女が向かおうとしている先に必ずあいつは居るはずだ。
槍を構える。こんな時になっても背中のアメハバキはなんの反応も示さない。このままなんの反応も無ければジリ貧だ。こんなに遠方まで来てしまったら、御屋形様の寵愛が無くなって、出せる持影係数はせいぜい4~5といったところか。だから御屋形様は俺にアメハバキを渡した。
たとえアメハバキが俺に力を貸さなくても。
それでも。
「一息もつかせぬ間に──」
ここで俺が終わらせる。終わらせなければならない。
深く息を吐く。
吐く息がバチバチと弾ける。
肺から喉に伝わり、そして口から祝福が、力が溢れてくる。その力が自分を奮い立たせて、全身に力をくれる。肩に、腕に、指先に。
光円が絶大なエネルギーを放ちながら顕現する。
「させん」
どこからともなく飛んできた何かの缶が打ち出される寸前の槍に突き刺さった。缶は爆発し、粉のようなものをまき散らして槍の勢いを食い荒らした。呪いが圧縮されたものが入っている。
「これは──!」
「奇襲は黙ってやるものだ。驕りが見えるぞ、指近衛」
隻腕のレジスタンスの団長が死角から缶を投げた。俺が来ることを予期していたのか? 違う。こいつらは常に警戒しているのだ。誰かから攻められることに慣れていて、いつ攻められても良いようにずっとずっと警戒心を張り巡らせているのだ。
それがルーザーの生き方だ。
「ハタヤ! 指近衛が来た! 出し惜しみは無しだ!!」
「まさか、こんなに早くここまでやって来るとはね!」
隻腕が声を張り上げる。それに呼応するように洋館の中から声がした。今の状態で二対一、ルーザーに負けるわけがない、とはもう言い切れない。彼らは強い。
そう、彼らは、強い。
腕を片腕飛ばされても、命を顧みず、ただ己の信念に従って歯向かってくる男が居る。並の覚悟で出来ることではない。
そんな男に着いて行き、自ら死地へと赴く人間達が居る。死ぬことが怖くないわけがないだろう。
自分が生きるために健常な人を殺す奴らも居る。その行為は決して正しくない。しかし正しくないことをするのにも勇気が居る。正しくないと糾弾されるのは百も分かっているだろう。
そんな中、他人が生きるために命を差し出す老婆も居た。決して力が強いわけではなかったが、心は誰よりも強かった。たとえその命が俺の心をほんの少し変える程度にしか役立たないとしても、何一つ疑問を持つことなく命を差し出した。命を絶とうとした俺が恐れてしまうぐらい、その行為は潔いものだった。
そしてあの少年、いやあいつは、それらすべてを背負っている。あいつはそんな王なんだ。
彼らは強い。
「『発影』!!!」
槍を構えなおす。
深呼吸して念を込め、衝動と共に、吐き出す。
隻腕が懐から缶を取り出した。
「『焔神突』きっ!?」
手から槍を放とうとしたが、足元が崩れる。明後日の方向へ槍が飛んでいく。
クソッ! やられたっ!
「『オブセッション』」
足元が泥沼になっている。
懐から缶を取り出し自然に視線を誘導。意図的に死角を作り出し、地面に呪いを流し込む。攻撃を放とうとしたタイミングを狙ってバランスを崩す。
「隙だらけだな」
慢心していたわけではない。俺は全力を出している。
相手の技術が一枚上手なのだ。これまで祝福の力で上回っていたから技術の差など感じることすらなかったが、祝福の力が弱まったことによって露骨に実力の差が表れ始めた。
隻腕が槍の間合いに踏み込む。
「甘く見すぎだ! 『幽世陽炎朧灯篭』!!」
指先から外界へ、己の核を開放する。
隻腕を含む空間に黄金色を充満させ、無数の光の槍が隻腕を取り囲む。隻腕が手に持っている呪いの爆弾を真っ二つに切り裂いた。
「チッ!」
「舐めるなよ!!」
ルーザーも強いのは十分に分かっている。
だからと言ってギフテッドを甘く見てもらっては困る。
ギフテッドには使命がある。この世界を今よりも善くするために祝福を与えられた責務を果たさなければならない。俺たちには大儀がある。
隻腕が間合いから離れようとするが、逃がさない。
祝福を操り、槍を相手に差し向ける。しかし今の俺の祝福ではあともう少し足りない。
あともう一歩。
もう一歩。
背中にあるアメハバキに手を伸ばす。
バチン、と弾かれた。
アメハバキが俺の持影を拒絶する。
「クソォッッ!!」
背中のアメハバキが重く俺にのしかかる。
こんなの、ただの重しじゃないか。
何が宝具だ。
何が最終兵器だ。
それとも、俺が足りていないのか?
俺の強さが、俺の努力が、俺の想いが。
足りて、いないのか?
「お待たせ! これは出来るだけ取っておきたかったんだけどな!!」
いつの間にか、館の目と鼻の先に誘い出されていた俺はそれを見て驚愕する。
頭上から缶の雨が降り注いでいた。
「『絶影』!!!」
咄嗟に懐から布を取り出し、黄金色に染め上げる。
どん、と衝撃が布にのしかかり、猛烈な爆発音とともに枷のような重さが体にまとわりつく。
腕をもぎ取られるような痛みと俺の体を切り離すため、要所を祝福で覆い耐える。
「ぐぁぁぁぁああああああっっっ!!!」
耐えろ、
耐えろ、
耐えろ!
指が剥がれ落ちるようにもぎ取られ、皮膚が剝げ落ちる。
あいつの攻撃とは違った、削るような痛みのある呪いがびりびりと体を引き裂くのを感じた。
「ああああっっ!!!」
祝福を爆発させるとともに爆発を払い除ける。
「はぁ......はぁ」
剥がれ落ちた体を祝福を伝わせてかき集める。ものの数秒で元通りになった。
「さすが指近衛、って感じだね......城を壊したのと同じだけの爆弾だよ? 俺、自信無くしちゃうよ」
「この程度か、ルーザーどもが」
まだ体中に呪いが残っている。
びりびりと痛む。
あの王城で隻腕がなぜあそこまで自信満々な態度をしていたのか、分かったような気がする。弱みを見せたら付け込まれてしまうから、出来るだけ、強い姿を見せようとするのだ。あれも技術だったのだと思うと感嘆してしまう。
「よくやったよ。レジスタンスの皆たち。さすが、時間稼ぎは得意だね」
声の方向を見る。白衣を着た少女がニヒルな笑みを浮かべて近づいてきた。
「リブリース=ウルライト......!」
「舞台は整ったようだね。ここからは私が引き継ごう。レジスタンスの手出しは不要だよ」
指近衛の祝福
指近衛と会うことは滅多にないので確かではないが、指近衛の祝福は王都から離れるとかなり持影係数が減少するらしい。ダクの宿業の呪いのことを考えると、もしかすると唯一王は人間に分け与えているのかもしれない。ただ、物に宿すのと人間に宿すのは別物だと思うが......?
リブリースの研究ノートより




