40話 アメハバキ
御屋形様が扉に手を翳す。
扉に刻み込まれた紋章に黄金色がにじみ出し、厚い扉の奥でガチャガチャと音がしたのちゆっくりと扉が開く。
俺はゆっくりと目を瞑った。
「ラン、お前にこの中を見ることは許されていない。ここで待っていろ」
「分かってる」
宝物庫。
重厚な鉄の柱と高密度な祝福が含まれた石の壁で出来た、この国で最も強固な建物である。触れずとも感じられるほどの凝縮された祝福が俺と中の物を隔絶していた。
中にはこの世界を治めるために必要なもの、十の宝具が入っている。
普通の人間はここに近づくことすら許されておらず、中を見ることができるのは御屋形様と指近衛の中でも限られた者である参謀のアブダだけである。つまり指近衛である俺には近づくことは許されていてもこの中を見ることは許されていない。
これが俺とアブダの扱いの差だ。意識するたびにチクりと胸が痛む。
「目を開け」
目を開けるとそこには布でくるまれた長物をアブダが運んできていた。俺はひざまずいて両手を差し出した。アブダが刀掛けから刀を持ち上げ、ゆっくりとその刀身に巻かれた布をほどいていく。
「......」
正直、それを見た時に俺は自分の目を疑った。
柄と刀身の長さはほぼ同じ、槍とも刀とも言い難い塩梅。それに太くて鋭さを感じないような刀身。刀と言うよりは棍棒に近いような印象を受けた。それも驚くべきところではあったが、もっと驚くべきところは別にあった。
その刀身は茶色に染まっており、まるで土を塗りたくったような質感だったのだ。もっと神々しいものを期待していたが、これでは刀としての役目すら果たすことが出来ないのではないか? この太い刀身で何かを斬るところを想像できない。
「お前にはこれを以て奴らを射殺す命を与える」
「......はっ! 承知いたしました!」
御屋形様の言葉に、ぼうっとしていた俺の意識が引き戻される。慌ててそれを受け取る。
......重い。
想像以上の重さだった。おそらく5、6歳の子供一人分ぐらいはあるだろう。こんなもの振って戦えるわけがない。
だが俺はギフテッドだ。癒物の祝福を纏わせれば物を浮かせることぐらい造作もない。それを用いて愛用の槍を手足のように扱ってきた。手元に祝福を纏わせて槍にそれを流し込んだ。
「......っ!?」
バチッと火花が散った。祝福が弾かれた!? なんだこれは!? 祝福を纏わせられない?
何かの間違いかと思いもう一度試してみたがやはり弾かれてしまう。
アブダと御屋形様が見つめている。
俺は槍を無理やり持ち上げ、愛用の槍の肩掛け紐を外しそれを取り付けて肩に担ぐ。これ以上苦心していると御屋形様から不信感を抱かれてしまう。そそくさとその場から立ち去った。
「射殺す命を与える、って言われてもな......」
俺はあいつらがあの後どこに行ったか知らない。
最初に取り逃した時は迷わず追うことが出来た。王都から近くて逃げやすい場所と言えば鬼殺しの沼しかない。だからオルファネージに向かった。
だが今回は別だ。あいつらにはどこにでも行ける余裕が出来てしまった。どんな辺境に居るのかも分からない。
「仕方がない。気は進まないが......」
あいつのところに行くしかないか。あいつのことはあまり好きではないが。
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「それで俺のところまでやって来たと」
眼帯が取れた目をふわふわと浮かせながらクククと笑う。俺は額に青筋を立てながら眼帯を睨みつける。
「何か知っていないか? 奴らの動向を」
「んー......」
眼帯が鼻をほじりながら何か考えているそぶりをする。おそらくは何も考えていない。あの様子はもったいぶっているだけである。
「知っているんだろう?」
「知っていないことはないが......」
「ならば教えてくれ。同じ目的を持った同士だろう?」
それでもなかなか教えようとしない。何かを待っているのか?
俺は歯を食いしばる。
こんなことはこいつ相手にやりたくなかった。
だが、やらなければいけない。御屋形様の望みなら、俺のちっぽけなプライドなどいくらでも捨ててやる。
「頼む」
俺は頭を下げた。眼帯はハハハと笑って顔を上げてくれと言った。
「違う。そういうのを求めていたわけではなくてだな」
「......ではどういう?」
「飽きたんだ」
「は?」
耳を疑った。今日は目を疑ったり耳を疑ったり疑うことばかりだ。
「そういうのには、その、飽きたんだ。だから俺はあいつらを追うことからは手を引くことにした」
「......は?」
訳が分からない。
秩序を乱すやつらをこの世から消し去るのは力在る者の責任ではないのか?
まさかあの鬼殺しの沼で言われたことを真に受けてやめたのか?
とても利己的だ。これではまるで自己中心的なあいつらと同じ......
「......もういい」
言及するのはやめだ。
話にならないやつを相手にしても仕方がない。
部屋から出る。追うなら早い方が良い。
骨組管理支部から出てため息を吐く。
一体自分は何をしているのか。自分にも呆れる。
「指近衛様」
そう言われて振り向くとそこには二人の男が立っていた。ガタイの良いやつとひょろ長いやつ。骨組の白い服を着ている。たしかこいつはオルファネージに一緒に行った奴だったか......?
「俺は今忙しい。話しかけるな」
「レジスタンスのところに行かれるのでしょう」
ぴくりと反応する。
「俺達には奴らの向かった先が正確にどこなのかは分からない」
「でもやつらがどの方角に向かったのかなら分かります。やつらはオルファネージからさらに南の方角へと進んでいきました」
驚いた。
てっきり管理支部長であるバードンがあの様子だから骨組は使い物にならないものと思っていたが......上官の意志に背くのは軍人としてあってはならないことではないだろうか。
「良いのか? それを俺に言っても」
「......管理支部長殿は変わってしまわれましたから」
「あの人は腑抜けになった......あの人には着いて行くことは出来ない」
「ですが、指近衛様に着いて行くわけではありません。我らは今しばらくここで機会を伺います」
その時見せた視線。ギロリと鋭く光っていた。あれは覚悟した人間の目だ。
「では、その時が来たら俺も力になってやる」
「心強いです。ありがとうございます」
まだこの国も腐ってないらしい。
俺は南へと足を進めた。
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「ランは大丈夫でしょうか。あの様子だとアメハバキに受け入れられて無かったようですが」
アブダが心配そうにセイに語り掛ける。
「やはりランに行かせるべきではなかったのでは?」
アブダはそう提案する。セイの表情は何も感じていないようだった。
「為すべき時、為せるだけの心があれば、必ず宝具はそれに応える。あとはランにそれが出来るかどうかだ」
セイは無表情で淡々とアブダの意見を否定する。
アブダは密かに唇をかみしめていた。
九の祝福 癒物の祝福
触れた物に祝福を宿すとそれらを強化したり生命の場合は治癒することが出来る。また道具に宿せばその道具としての役割を最大限に引き出すことが出来る。使い方次第で毒にも薬にもなり得る、最も祝福らしい祝福と言える。
著:リブリース=ウルライト『持影大全』より




