38話 夜這い
あの後すんなりと返されたダクは、酔いつぶれたナキをソレイユと一緒に部屋に寝かせ、食事に見惚れていたハタヤを引きはがし、ドレイクはそのまま寝かせたままにして、メイドに用意された寝室のベッドに座った。これだけの来客が突然やってきてもきちんと一人一室用意できるらしい。さすがお金持ちだ、とダクは感心した。
部屋に置かれたベッドに座る。とてもふんわりとしている。薄暗い部屋の中、青白い光に照らされてベッドの天蓋がわずかに見える。天蓋付きのベッドは久しぶりで思い出してしまう。
セイと父と一緒に寝ながら話したあの日々、そして焼け落ちるベッド。
ダクは唇を軽く噛んだ。
「おや、あまり嬉しそうではないね。やはり王族の人だからこのぐらいのベッドでは満足してくれないかな?」
後ろから聞こえた声にダクは思わず飛び跳ねる。
後ろを振り返るといつの間にかそこにはリブリースが居て、ベッドに寝転がっていた。
リブリースの服装はさきほどとはうって変わってとても煽情的だった。服の生地がとても薄く、体のラインが透けて見える。暗くなければ見えてしまいそうな......
「おや、目を逸らしてしまうのかい? もっとじっくり見ても良いんだよ? 結構自信はあるんだよ。なんたって私は可愛いからね」
「な、何をしに来たんだ?」
「そりゃ、何って、ナニさ」
リブリースがごろんと転がってダクの背中に触れる。そのまま引き寄せられてダクは半ばなし崩し的にベッドに座らされる。ギシッとベッドが軋む。
さすがに察してしまう。リブリースの差すナニが何なのか。
「何が目的だ? な、何でそんなことを──」
「言っただろう。君の謎を解くのに必要なピースはそろっていないと」
「え?」
リブリースの口から発された真面目な言葉にダクは思わず振り向きそうになって慌ててまたリブリースに背を向ける。
リブリースはダクの背中に手を這わせた。
「君はナキちゃんと同じ四の呪い──去勢の呪いを持っている。つまり子供を作ることは出来ないということだ。対照的に私は四の祝福──血継の祝福を持っている。これはどんな種族の生物にも自分の遺伝子を持った子供を産ませることが出来る、または相手の遺伝子を持った子供を産むことが出来る。子供を産む能力を持たない人間にも産ませることが出来るんだ。もしも君が三の呪いを無意識にでも弱めることが出来ているのであれば私の祝福で打ち消すことが出来た瞬間に子供が出来るはずだ。だからそれを試してみたいのだよ」
リブリースは耳元で、優しく、諭すようにそう語り掛ける。
後ろから肩に手を回されぎゅっと抱き寄せられる。細い腕と柔らかい肌の感触がダクの思春期を刺激する。
「君も知りたいだろう。君自身が何者で、何が出来るのか」
「......で、本音は?」
「知りたいじゃないか! 三の呪いなんて上位の呪いを持っている人間はほとんど居ないんだ!」
「断る! お前の好奇心にまで付き合ってやる気はない!」
ダクがベッドを立とうとすると、リブリースの細い腕に力が入った。がっちりと掴まれて立てない。
「待て待て! 別に断る理由はないだろう!」
「子供を作るって......それはとても大事なことで、大体産んだらそれで終わりじゃなくて面倒も見なくちゃいけなくてだな──」
「大丈夫! 面倒はこちらできちんと見るさ! 見ての通り私は金持ちだ! 子供の一人や二人増えたところで別に苦でもなんでもないさ!」
ベッドに押し倒される。細い腕からは信じられないほどの力。この人がギフテッドならきっと強身持ちでもあるのだろう。
「会ったばかりの人間と、そんな......するなんてあり得ないだろ! そんな気軽な気持ちでやるなんて、間違ってる!」
「そうか? 君は曲がりなりにも王族だろ? 側室の一人や二人居たっておかしくないだろ。これでめんどくさい跡継ぎ問題にも終止符が打てると思えば安上がりじゃないか!」
「俺はまだ十七だ! それにあなたの体だってまだ子供じゃないか! 子供が産める体じゃない!」
「人は見かけにはよらないさ! 私も大人だし、君も大人だ! 私は子供が産めるし、君だって寝ていた時間を含めれば五百十七歳じゃないか!」
腕を掴まれる。暴れたり呪いを出したりすると傷つけてしまうかもしれないので口で説得を試みているがリブリースは相当口が上手い。言い負かされてしまう。腕にも力が入らない。ダクは頭の中からどうにか説得できるだけの理由をひねり出そうと苦心し──
「は、初めては好きになった人としたいじゃないか!」
リブリースがきょとんと目を丸くする。そして噴き出すように笑い、腕に込めた力を緩めた。
「いや、これは失礼した! そうか、まぁそういう歳か! 君は意外とロマンチストなんだな!!」
ダクは頬を赤く染めながら、まぁ分かってくれたなら良かったと肩をなでおろす。
そんなダクを横目にリブリースはパンパンッと手を叩く。嫌な予感がした。
「しょうがないな。入ってきて良いよ!」
その声を聴いて扉が開く。
「合図があったら入ってきてってどういう......ってダク様!? ど、どういうことですか!?」
入って来たのはソレイユだった。まさかよりにもよってソレイユとは。
ソレイユはいつものシスター服ではなく、リブリースと同じく生地の薄いネグリジェを身にまとっていた。金色の髪が風呂上りの湿った肌にしっとりと貼りつく。幼いが整った顔つき、そしてその幼さからは想像できない大きさ。いつもはシスター服で体のラインが分かりにくくなっているが......デカい。
慌てて目を逸らす。
「私の時よりもずいぶんとじっくり見ていたようじゃないか。まさかここまで違うとはね」
ソレイユはリブリースの恰好とこの場所とダクの真っ赤な顔を見て状況をなんとなく理解したようでかぁっと一気に頬を真っ赤に染めた。
「わ、私、今から、そ、そ、そ、そういうことするんですか!? しかもさ、三人で!?!?」
「私は構わんさ。君らがしている時にダク君に祝福を付加させるだけのシステムのようなものに徹することにするから。見られるのを気にするなら目隠しをしてやってもいいぞ」
そんなことを言いながらリブリースはどこから取り出したか目隠しを取り出す。ほんとにどこから取り出したんだか。
ダクもさすがに痺れを切らす。
「そういうのは──」
「そういうのは!! いけないと思います!!!」
ソレイユは感情が高まると咄嗟に手が出るタイプだ。そして咄嗟に出た平手はダクの頬へ。ぱぁんという乾いた音。脳が揺れる。
ぐらっと来た。
「だ、ダク様!? ダク様!!」
薄れゆく意識。まさかここで岩の棺桶を見ることになるとは。
ダクはそのままばたっと倒れた。
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ダクはすぐに起きた。
寝転がったまま上を見るとソレイユの姿。ホッとした顔が映る。柔らかい感触に膝枕をされているのだと気が付く。頬が赤くならないように隠しとおそうとする。
そしてその横にはリブリース。ダクはリブリースの顔をじっと睨む。
「きっと君なら協力してくれると思ったんだけどなぁ」
「それはどういう意味だ」
「うーん。そんな気がしていただけさ。研究者の勘かな」
ダクははぁとため息を吐く。
そんなこんなでリブリースの家に来てからの一日はドタバタの中で幕を閉じた。
四の祝福 血継の祝福
どんな種の生物にも自分の遺伝子を孕ませることが出来る。ただし、男性に子供を産ませることは出来ない。女性の場合は自分の血液を孕ませる対象の女性及び雌の個体の体内に流し込むことによって、自分の遺伝子を持つ者を孕ませることが出来る。異種姦をする時にはギフテッドが父母どちらの性質を持つかを決定することが出来る。
著:リブリース=ウルライト『持影大全』より




