37話 一の呪い
ダクは手を引かれてとある一室に押し込められた。そこにはいくつもの引き出しと一組の椅子と机があった。部屋が狭く感じるのは空いた空間を埋め尽くすように収納棚がびっしりと置かれているからだろう。機能的な部屋だ。リブリースが好きそうな部屋だとダクは思った。
「そこにかけてくれ」
そう言って差し出されたのはどこからか持ってきた木箱だった。急ごしらえの椅子である。
リブリースは箪笥か丈の長い白衣を引っ張り出してバサリと羽織る。そして銀縁の眼鏡をかけて椅子に腰かけた。
「すごいな。そうしてみると本当に学者みたいだ」
「人を見かけで判断するものではないよ。まぁ、それは、私も同じか。君のことを少し誤解していたようだから。さぁ、色々教えてもらおうか」
「話すのは良いが......自分で言うのもなんだが突拍子もない話だぞ? 一つ一つ起こったことの理由なんて考えても仕方ないと思うが」
リブリースは眼鏡をくいっと上げて笑う。
「何事にも必ず理由がある。必ず、だ」
机の中から筆記用具を取り出し、さらさらと筆を走らせる。名前、年齢、性別、出自、外見的特徴など聞かなくても分かる情報をまとめる。
「まず君が最初に死んでいた時の情報を教えてくれるか?」
「んー......俺はあの時、あまり死んでいた気がしなかったんだ。意識はずっとあった。岩の棺桶に閉じ込められて、ずっと冷たくて苦しかったんだ」
「岩の棺桶?」
「あぁ、俺がそう呼んでいる所だ。そこに閉じ込められると体が死んだように冷たくなる。死んでしまうんじゃないかと思うぐらいお腹も減って、体も動かない。ただ、呪いの扱い方を覚えてからはすぐに出られるようになった」
リブリースは岩の棺桶の情報を研究ノートに書き込んだ。ペンをトントントンと鳴らす。
「二の呪い、貧睡の呪いの効果に似ている。あれも寝ている間は暗い空間の中に閉じ込められて、体が冷たくなると言っていた」
「ドレイク団長のやつだな。でも団長のも俺のとは少し違う。団長のは外の音が聞こえるみたいだけど、俺は聞こえない。それに団長は4時間しか起きることが出来ないけれど、俺は普通の人間並みには起きていられる」
リブリースはダクの言葉を聞いてガッとダクの両肩を掴んだ。驚くダクを横目にリブリースは手を放して今度は目頭を指で押さえて俯いた。
「どうしてそれで自分の体に疑問を持たないでいられるのか、私は理解に苦しむよ。良いかい? 下位の呪いはコントロール次第で抑え込むことは出来るが、二、三、四の呪いは上位の呪いと呼ばれていて努力しても抑え込むことは出来ないんだ。石神で和らげることは出来るがね。君は伝承の通りなら一から十の呪いの全てを持っていることになる。ならば4時間以上起きることは不可能なはずなんだ」
「自分が4時間以上起きられることに特別な理由があるということか? 岩の棺桶と格闘して乗り越えたからとか、全ての呪いを持っているからとか?」
「必ず理由はある。明確な理由については材料が出そろっていないからまだ分からないけどね」
リブリースは岩の棺桶や二の呪いについて書き漏らすことのないよう丁寧に書き込んでいく。ダクと目線の高さは同じでも椅子の高さが数段高い女の子が専門的な事を書いている。そのシュールな光景に思わず笑いそうになる。
「なんだね。その笑いをこらえている顔は。いや、理由は分かるがね? そのために白衣と眼鏡までかけてそういう雰囲気を演出しているんだよ。この服装にも理由はある。人は白衣を見ると緊張し心拍数が上がるし、眼鏡をかけているとその人が賢そうという印象を持つんだ。何事にも必ず理由があるんだ」
リブリースはまくし立てるように言ってこほんと咳払いした。
「それで? 次は起きてからのことを聞かせてもらおうか」
「あぁ......と言ってもどこから話せば良いか」
「順番に話していけば良いさ。気になるところがあれば止めるし、ならなければ一通り聞いてみる。私は忙しいけれど、君に時間を割くこと以上に有意義なことはない。ゆっくり話してみろ」
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それからゆっくりとこれまでにあった出来事について話した。最初におばあさんを助けたところから始まり、宵橋教会に行き、眼帯率いる骨組から勝ち逃げして、その足で黄泉の塔に向かった。黄泉の塔ではセイに会い何を考えているのか聞いた後、指近衛と戦いその場から撤退した。撤退した先のオルファネージでは沼ノ守と共に骨組と指近衛のランと戦った。そしてその戦いに勝利して今ここまでやって来た。
「で、その際に見たのが椅子に座った骸骨。そしてこれを手に入れて役目を果たせと言われたんだ」
「ふむ。興味深い。沼の中には岩の棺桶のような空間が広がっており、そこにはそれまで沼で溶かされたルーザーが死んでいるとも生きているとも分からない状態で存在していた。その中で君はお腹に穴が開いた状態にもかかわらず普通に動いていた。その空間の奥にはその空間を管理する椅子に座った骸骨が居て君には試練が与えられた。そしてその試練を受けた君は黒いつららを手に入れて傷も治った状態で沼から出てきた、と」
「その通りだ。良くまとめられてる」
ダクから手渡されたつららに指先で触れながらリブリースは笑みをこぼした。信じられないものを見ているというような表情だった。
「これは......考えを改めなければならないかもしれないな」
「改めるって......何を?」
「君の一の呪いに対する考え方だ。少々私の予想とは外れていたからな」
一の呪いという言葉にダクはぴくりと反応する。これまでダク以外の誰も発動させたことが無く、セイの一の祝福と対になるという情報しか無いが故に推測するしかなかった呪い。それゆえに特別視されているということはダクでも知っている。その言葉がリブリースの口から出た瞬間に背筋が伸びた。
「私の予想では一の呪いは発動した瞬間に死んでしまうというものだったんだ。発動した瞬間に死ぬという現象はこれまで見られていなかったからね。巷での生き返るかもしれないという噂など気にしたこともなかったよ」
リブリースはつららを机でトントントンと鳴らす。
「だが君は生き返った。それも死んだときのままの状態で。これにより私の仮定は否定された。そして新たな仮説が現れた。君も唯一王も不老不死でそれが一の呪いの効果だということは考えにくい。なぜなら祝福と呪いは対になっているからだ。反対の効果とはいかないものの、それに近いものでなければならない」
リブリースはつららの先をダクに向ける。
「そして極めつけはコレだ。これのことを君は骸からもらい受けたと言っていたが、沼の中で生きているか死んでいるかも分からないような人間がそれを作ったのかと言われると微妙だ。それが君の心象世界ならそれを作ったのは君自身である可能性の方が高い。であるならば君は物に呪いを付与することが出来る」
つららをくるくると回しながら言い聞かせるように言う。
「ここから考えるに、君の持っている一の呪いは物体に呪いを付与することが出来るというものだと考えられる。それなら唯一王の持つ物体に祝福を付与することが出来る──要は宝具を作ることができるアレを一の祝福とするなら辻褄が合う。他のことにはまだ説明が付かないけどね」
つららをとんとダクの胸に突きつけた。
「一の呪いの名前を決めておこう。君の呪いは物に業を宿す。一の呪いは『宿業の呪い』だ」
つららをことんと机に置く。
「もちろん仮の名前だ。まだ君の謎を解くのに必要なピースは出そろっていないからね」
リブリースは目をキラキラと輝かせて言った。
「面白くなるよ! これから!」
一の呪い 宿業の呪い
物に呪いを付与することが出来る。この呪いを保持する物は一度死んで生き返り、その間年を取らない。また他の呪いの効力も少なくなる。これらに関連性があるかどうかは未検討である。
リブリースの研究ノートより




