36話 リブリース=ウルライト
ダクは目の前の光景に唖然とした。
「今、なんて?」
「そして何を隠そうナキ=ウルライトのお姉さんだ」
「この子が?」
そこに居たのはソレイユよりも幼そうな女の子だった。確かに言われてみればナキに似ているような気もするが、姉と呼べる見た目ではない。ダクがまじまじと見つめていると、リブリースは小馬鹿にするようにフッと鼻で笑った。
「人を見た目で判断するのは良くないよ、キミ。七の祝福である活溌の祝福を持つ者は年を取る速度が常人より遅くなる。平均的には三分の一程度になるが人によっては五分の一にも十分の一にもなるとされている」
「そうなのか......ちなみにいくつになるんだ?」
「いくつに見えるかい? レディに歳を聞くものではないさ。まだ若いようだからあまり気にしたことはないだろうけど、この歳にもなると少し気になるんでね。外で話すのもなんだし中に入りたまえよ。ラミア、大至急夕飯の支度だ。ナキちゃんが腹を空かせている」
ダクはリブリースにたしなめられて、年齢を気にするような見た目でもないと思ったが、逆にこの見た目だからこそ気になるものもあるのかもしれない。「その見た目なのにそんなに歳取ってるんだ......」と思われるのは確かに嫌かもしれないとダクは自分の浅はかさを反省した。
ラミアと呼ばれたメイドはペコリとお辞儀をして大きな扉を開けた。
「おぉ......」
ダクとソレイユが感嘆の声を上げた。
高い天井にはシャンデリア、長い廊下には微細な装飾の施された絨毯、調度品の数々が壁に床にと敷き詰められている。まさに辺境貴族。これまで見てきた廃れた世界とはまるで違う景色にダクは昔の自分の家を思い出していた。
リブリースはダクの表情を見ながらフンと笑う。
「ここはあまり好きではなくてね。端的に言えば実用的じゃない。ただこういう体裁で人格を判断する浅はかな人間もいるからこうしている。君たちはこっちだ」
リブリースが無数にある部屋の一つを指さした。招かれて入ると、先ほどの部屋とは違い実に質素な部屋であった。
「私はこっちの部屋の方が好きだ。人間は暗くて狭い空間の方がリラックスしやすい。腹を割って話をするにはもってこいだ。さぁ、遠慮なく座りたまえよ」
リブリースは部屋の隅の戸棚に手を伸ばしその中から緑色のボトルを取り出した。コルクが抜かれお酒の匂いが室内に充満する。ナキは一層嫌そうな顔になる。
少女はグラス片手ににやりと笑った。
「色々聞かせてもらおうじゃないか」
――――――――――――――――――――――――――――――――
「ぬぉぉぉぉおおおおおおんんん......」
盛り上がった宴会の席で食器の音より響いていたのは泣き声だった。それも女性の泣き声である。ダクはバツが悪そうな表情をしながら出てきた料理をじっと見つめていた。ダクは三の呪いがあるので食事をすることは出来ない。それはそれとして泣き声の方向を直視することが出来ないというのもあったのだが......
「ほら、ナキちゃん泣かない。これで拭きなよ」
「だって私がしっかりしなかったから団長も片腕無くなっちゃうし......ゆびこのえが来たときだって一回しか攻撃してなくって......あとやったのは避難させたのとバケツリレーだけだもん......ハタヤと同じようなもんだよ......」
「大丈夫さ。君だけの責任ではない。どうせハタヤにも責任がある。人間だれしもいつでも活躍できるわけではないよ」
ナキはすすり泣きしながらグラスを両手で持ってぐびぐびと飲んでいる。まさかナキがここまで泣き上戸だとは...... ダクはいつもの無口で険し目な表情のナキとのギャップに内心驚いていた。ちなみにハタヤは流れ弾に当たり一人寂しくご飯によだれを垂らしていた。
ソレイユがダクに耳打ちする。
「ナキさんがまさかここまでお酒に弱いなんて思いませんでした」
「まぁ、お酒に弱いというよりは泣き上戸というか、気が弱くなっているみたいだ」
ソレイユとダクのこそこそ話はリブリースに聞かれてしまっていた。リブリースはクスっと笑って語る。
「ナキは四の呪いである去勢の呪いを持っているからね」
「去勢の呪い?」
「メインの呪いの内容としては子供が産めなくなる呪いだ。副産物として夜に体力や気力が弱くなる。だからお酒なんかを飲むとすぐに理性が決壊するんだ。上位三種の呪いの一つだよ」
ダクは上位三種と言われてドレイクとハタヤの呪いを思い起こす。ドレイクは一日四時間しか起きることが出来ない。ハタヤは食事をすることが出来ない。ダクは500年の時を経て四時間以上起きることは出来るようになったみたいだが、食事は出来ない。そのことを考えると去勢の呪いはまだマシなように思えた。
そんな考えを見透かしたようにリブリースはふんと笑った。
「君ぐらいの歳だとまだ分からないかもしれないけれど、子供を産めないというのは歳を経るごとに精神に訴えかけてくるものだよ。子供を産むということは生物の最終目標だ。子供を産まなければ生物は間違いなく全滅するからね。だから心に子供を産まなければならないと使命の一つとして刻みつけてあるんだ。それが出来ないということは君が思うよりも辛いことさ」
「ぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅー----......」
「ほら泣かない泣かない。どうせハタヤは結婚できないから子供もできないよ」
「それは言いすぎじゃないですか!?」
ハタヤが怒りながらリブリースに恨み言を吐いた。リブリースはぷいっとそっぽを向いて露骨に話を逸らす。
「それにしても」
リブリースはお酒を口に含み、話を整理する。
「王都の様子を偵察しに行くだけだった予定が成り行きで黄泉の塔に乗り込むことになって結局宝具は盗み出すことが出来ず、オルファネージに逃げ込み指近衛とやりあって見事金星を上げるもののオルファネージを全壊させて残金も全て無くなり、ここに来るまでの道中で心優しいおばあさんに助けられなければ飢え死にしていたところだった、と」
もう一口含んで、喉に通してぽつりとつぶやく。
「ひどいね」
「仰る通りです」
ハタヤが深々と頭を下げていた。ダクも改めてこう言われると酷い旅路だったと自分の行いを少し反省する。
「いや、別に責めているわけではない。別に君たちの作戦が成功するか失敗するかについてはあまり興味がないんだ。私はただ情報が欲しいだけだよ。そういう意味では宝具を持ち帰ってくれればこれほどうれしいことはなかったんだけどね。どうだった? 私の作った投石器型人間投射器の乗り心地は?」
リブリースはドレイクの方向を見て尋ねる。もちろんその問いに答えたのはドレイクではなかった。
「あまり良い気持ちはしなかったな。だけどあれのおかげでセイに会うことが出来た。ありがとう」
「おや意外。てっきりドレイクが乗ったものだと思っていたよ。なるほど、君はフィジカル要因だったか
。なぜレジスタンスに少年が入ったのかと少し疑問に思っていたところだったが、君は若いのに呪いの扱いが上手いのだな」
「まぁ、ずっと呪いと悪戦苦闘してきたからな。おかげで500年もかかった」
「???」
リブリースが疑問符を浮かべた。その顔を見て、そう言えば言っていなかったことにダクは気づいた。
「あぁ、実は俺はこの国の王の兄だ」
「......ん?」
「500年眠っていた。あぁいや、正確に言えば500年呪いの扱いに困っていて起きることが出来なかった」
「ちょっと待て。待て待て待て。いや、ウソだろ? そんな馬鹿な。あり得ない。死んだ人間が生き返る? そんなことあってたまるか!」
「そんなことあってたまるかって言われても......あるんだからしょうがないだろ」
リブリースが頭を抱える。今までこの話を聞いた人間の中で一番困惑しているような気がする。
「大丈夫です! 私はきちんとこの目でダク様が土から出てくるところを見ましたから!」
「いや、大丈夫ではないだろ...... どうして生き返った......? 何が彼を生き返らせた......? 何かあるはずだ。何か......」
「んー、まぁ、理由は後回しで良いんじゃないか?」
「そんなことはない!」
リブリースはバンッとテーブルを叩いて立ち上がる。
「何事にも必ず理由がある。必ず、だ」
リブリースはニヤッと笑ってダク達を見た。
「喜べ。この子を連れてきたことは君たちの行いの中で一番の成果だぞ」
そう言ってリブリースは席を立ち、ガシッとダクの手を掴んで足早に部屋を飛び出した。ダクは抵抗する暇もなくリブリースに連れられて行った。
四の呪い 去勢の呪い
子供を作ることが出来なくなる。夜自体にも弱くなり、夜は体力も気力も減退する。性欲が減退するわけではない。
著:リブリース=ウルライト『持影大全』より




