35話 苦難の旅路
ガタガタと揺れる馬車の中、一行は荷台の後ろから手を振っていた。その先には深くお辞儀をして馬車を見送る高齢の女性の姿があった。そのおばあさんは顔のしわをより一層深めながら優しそうな笑みを浮かべていた。
「いや~、助かりましたね! あそこに誰も居なかったら今頃飢え死にしてましたよ!」
「まさか馬車が不調を来して旅程が2日から一週間に伸びるとはな。やはり馬車賃を安く済ませようとするものではない」
安堵した様子で馬車にもたれかかるソレイユと辟易とした様子で眠りに着こうとするドレイク。その様子に苛立ちを募らせたハタヤはこんこんと尽きることのない文句と説教を口から垂れ流していた。
「それもこれも後先考えずにお金を使って肝心な時にお金がないのが原因なんですからね。物資を2日分ギリギリしか積まず、良い馬車も頼めず。あのおばあさんが無賃で泊めてくれなかったら死んでたんですよ。俺、嫌ですからね。レジスタンスに入って旅の終わりがまさかの飢え死になんて」
「お前はまだ良いだろ。私らと違ってそこの栄養剤が残ってたんだから。私達もそれを使えば醜い食料争いなんてする必要なかったのに」
「残ってなきゃマジで死んでるんだよ」
ナキはジト目で睨みながらハタヤの隣にある液体の入った袋を指さした。ハタヤとダクは拒食の呪いを持っているため食事を経口摂取することが出来ない。よって注射で直接体内に栄養を注入する必要がある。ナキが栄養剤を使おうと言い出した時のハタヤの激怒する姿は理性的な彼の姿からは想像もできないほど壮絶なものであった。
「まあまあ、ちゃんと生きてるんだから良いじゃないですか。お互い仲直りしましょ? ね?」
ソレイユは子供の喧嘩をなだめるような態度で二人をなだめる。その様子に毒気を抜かれた二人は目を逸らしたまま黙り込んでしまった。ソレイユはアハハと笑いながらいそいそとダクの隣に座る。
「優しい人も居るものですね」
「そうだな。ああいう人はなかなか居ない」
あのおばあさんはルーザーだった。きっとこれまで多くの生き辛いことがあったに違いない。それでも人に優しさを振り撒ける人は稀有である。
「まるで君みたいに優しくて素敵な人だった。一緒に居るならああいう人が良い」
「えっ!?」
「どうかしたか?」
「あぁえっと、何でも......ありません」
ソレイユは勢いよく立ち上がった後、頬を赤らめながら座った。ダクは褒められて恥ずかしかったのだろうと思った。真偽のほどは定かではない。
しばらく沈黙が流れてソレイユがぽつりと言った。
「ダク様は、次に何をされるおつもりなのですか?」
「そう、だな......」
セイに会いに行って真意を確かめて、彼は立派に王様をやっていることを知った。でもそれは決して簡単な道のりではなかった。彼は自分を犠牲にして500年もの間、人類を生き延びさせてきた。
自分はあの王城で弟を助けたいと思った。それは間違いない。しかし同時に、弟のような存在は必要であるという気持ちもある。だから彼の持つ重荷の片棒を担いであげたいと思った。それにはまだまだ足りないものがある。
「とりあえずいろいろなことを知らなきゃならない。この国のことも、自分のことも。じゃなきゃ、弟もこの国も助けることは出来ない」
ソレイユはダクの目が死んでいないのを見て安堵する。自分のやりたいことがまだ無くなっていないことをその目から知ったからだった。
「どこに行くとしても私はダク様に着いて行きます」
「それは......すごく嬉しいな」
ソレイユがまたも頬を真っ赤に染める。
「どうかしたか?」
「......もう!」
ソレイユはぱたぱたと手で顔を扇ぎながらぷいっとそっぽを向いた。きっと照れ隠しだろうと思った。真偽のほどは定かではない。
しばらくしてそっぽを向いていたソレイユが何かに気が付いたように言った。
「そういえばずいぶんと景色が変わりましたね」
「言われれば......確かに」
ダクも言われて外を見る。そこにはきっちりと整備され、区画分けされた畑がびっしりと並んでいた。小規模なものならここに来るまでもいくつか見たことがあるが、ここまで綺麗で規模の大きいものはあまり見たことがない。向こうの方には果樹園らしきものも見える。生き生きとした植物が並んだ風景は壮観なものであった。
「あぁ、結構近づいてきたみたいだね」
ハタヤがダク達の反応を見てそうつぶやいた。
「これから行くところって大地主のところなのか?」
「まぁ、大地主であることは確かだけど、地主だから金持ちでパトロンをしてるってわけではないかな。彼女は学者なんだ。ここの農園も研究のために作られていると聞いているよ」
「そう、なのか」
ダクはもう一度、田畑を見る。どういう研究をしているのかは分からないが並大抵の努力や資金力でこの田畑を維持することは出来ないだろう。
「ほら、見えてきた」
ダクはハタヤの指さす方向を見る。それは豪邸と呼ぶにふさわしい家だった。それは周りの田畑が小さく見えるほどの大きさで、豪邸に続く一本道を走っているとそれだけで周り一面の景色がその豪邸の所有物であることが分かってしまうほどの存在感を放っていた。地方の豪商でもなかなかこの大きさの家は建てられないだろう。
「すごいな......」
「ですね......彼女ってことはここを所有しているのは女性の方なんですか?」
「あぁ、そうだよ。知ってるかな? 『持影大全』っていう呪いと祝福に関する本を書いてるリブリース=ウルライトって人なんだけど」
ソレイユはその名前を聞いてハッとしたように目を丸くした。
「知ってますよ! とても有名な本じゃないですか! まさかそれを作った人とこれから会うんですか?」
「そうだよ。あ、着いたみたいだね」
馬車が止まった。ソレイユはあわあわとした様子で馬車を降りようかどうか悩んでいるようだった。
「心配しなくて良いよ。とても気さくな人だから。ね、ナキ」
ナキの方に目をやると三角座りをしたまま馬車のすみっこに閉じこもっていた。
「降りたくない」
ハタヤはこれ見よがしに長い長い溜息を吐いた。そしてナキを米俵を担ぐように抱きかかえる。
「やめろっ! 馬鹿ッ、離せっ!! 分かった分かった!! 自分で歩くから!!」
ナキはふてくされた様子で門の前まで歩いていく。ダクとソレイユはナキに聞かれぬよう小さな声で話し合う。
「相当行きたくないみたいだな。まるで子供みたいだ」
「ですね。あんな姿、初めて見ました」
呼び鈴を鳴らすと、中からクラシックなメイド姿をした女性が出てきた。20代後半ぐらいだろうか。小綺麗な佇まいをしていていかにもメイドと言った感じだ。
「少々お待ちください」
門の前のフェンスががらがらと開けられる。と同時に向こうの豪邸から誰かが出てきた。ソレイユよりも若そうな女の子だった。そして彼女はこちらを見るなり一目散に走ってきて──
「ナキちゃぁぁ~~~~ん!!! 久しぶりぃぃぃぃ!!! どう、怪我してない? 何か嫌なことはされなかった? 何か困ったことはなかった? あいつらにこき使われたりして無い?」
「いえ......大丈夫ですから」
明らかに嫌そうな顔をするナキに飛びついた女の子はがっしりと彼女の体を抱きしめた後、何か体に異常がないかを探すように手のひらでさすっていた。
ダクはハタヤに小さな声で話しかける。
「あの女の子は?」
「あれが今さっき話したリブリース=ウルライトだよ。そして──」
「あぁ! お姉ちゃんほんとに心配してたんだから! むむ、ここに栄養失調の傾向がみられるね。ホントに何も無かった? 大丈夫??」
「いや、ほんとに大丈夫ですから、姉さん」
ナキと女の子の間から驚くべき単語を聞いたダクは目を丸くしてハタヤを見つめた。
「そして何を隠そうナキ=ウルライトのお姉さんだ」
三の呪い 拒食の呪い
全ての食べ物が喉を通らなくなる。栄養が枯渇するのでこの呪いを受けた物は消化を必要としない方法で栄養を取り入れる必要がある。食欲がなくなることはなく、栄養が十分に足りている状態でも軽い空腹感を感じ、栄養が枯渇すると飢餓の強い衝動に襲われる。栄養を貯める能力も少なくなるので一日に何度も栄養を摂取する必要がある。
著:リブリース=ウルライト『持影大全』より




