32話 謝罪
「もう手足は動かせるんですか?」
「あぁ、これまで同じようなことがあっても大丈夫だったしな」
「点滴、打ってた。栄養面、大丈夫。でもやっぱり異常」
レービィと助手の男はしげしげとダクを見つめていたが、当の本人はあまり異常を感じていないようだった。手足をぶらぶらとさせていつも通りに動くことを確認し、病室を出ようとする。
「あぁ! まだ安静にしてなきゃだめですよ。病み上がりなんだから。いや、死に上がり......? いやいや、なんでもいいけど安静にしてなきゃ──」
「行ってらっしゃい」
「良いんですか!?」
「常識で測っちゃダメ。行きたいなら、行かせるべき。死んだら、死んだとき」
何やら聞こえた不穏な言葉にダクは頬を引きつらせる。確かに死んだり生き返ったりするような人間に医者が出来ることは多くはないのかもしれない。
病室を出た瞬間に体がガクンと傾いた。何事かと思って足元を見ると床が一段落ちていた。そういえばオルファネージの床に呪いを流し込んで家を沈めていた。あの時は周りをじっくり見る余裕なんて無かったが、改めてみると大胆なことをやってのけたものだと実感する。
「あ」
「おう」
声に反応して顔を上げるとアスターと目が合った。両手につぼを抱えている。
家具の類はもうあらかた運び出したようで、部屋は自分がここにやって来た時よりもずっと大きく見えた。
「持とうか?」
「いいよ。病人に持ってもらうほど落ちぶれちゃいないからね」
アスターはそう言いながらつぼを抱え直す。少し重たそうだったが、アスターの顔は苦しそうではなかった。それどころか晴れやかな表情をしていた。
「楽しそうだな」
「まぁね。そこの隣に建て替えの間に住む仮小屋を作ったんだけど、そこの出来も結構良くてさ、これからここがああいう風に変わるんだと思うと、つい嬉しくなっちゃうよね」
アスターはつぼを運びながら言った。相当嬉しいのだろう。こうやって彼女が感情を表に出して喜んでいる姿は初めて出会った時には想像も出来なかった。
つぼを仮小屋まで運ぶ。確かに仮小屋は2日で作られたにしてはかなり出来が良かった。部屋が区切られておらず、ただ広いだけの小屋だったが、確かにここでならオルファネージや骨組の人間が寝泊まり出来る。仮小屋としては悪くないだろう。
木材の端々から祝福の力が感じられる。ギフテッドが居なければこんなに早く作業が進まなかったに違いない。
「まぁ、嬉しい理由にはそういうのもあるんだけどさ、」
アスターは壁にもたれかかって何やら恥ずかしそうにもじもじとしていた。アスターは言うかどうかを迷った後、意を決して自分の本心を話し始めた。
「このごろ、将来のことを考えるのが楽しいんだ。自分にも何か出来るかもしれないって思えるようになったっていうかさ。ほら、あの時、ギフテッドの頭にバケツで泥をかぶせた時に、ものすごくスカッとしたっていうか。何も出来ないと思ってた自分にもできることがあるんだって思えたんだ。ルーザーとして虐げられながら生きるしかないと思ってたけど、それだけじゃなくって、もっと前向きに生きられるんじゃないかと思えるようになったんだ。まぁ幻かもしれないけどね」
アスターはふやけた顔でアハハと笑った。耳まで赤く染まっていた。
それを見てダクの口は自然と動いていた。
「一緒に来るか?」
アスターはぽかんと口を開いていた。しばらく唖然として、それから深く考え込み、赤毛の長い髪をいじりながら沈黙した。
アスターがこの世の中を変えたいと思うなら、たとえ道は険しくとも自分達と一緒に来る方が彼女の求めるものがある。そう思えたから言ったのだろう、とダクは自分の言葉の意味を分析していた。
やがてアスターが口を開いた。
「いや、行かない。お誘いは嬉しいけどね。ここを出たら王都に行って店を開きたいと思ってるんだ。ルーザーでも一般人でも同じ金額で物が買える店を開きたいんだ。もちろんルーザーだからそれなりに苦労はあると思うけれど、今の自分なら出来ると思うんだ。今の自分には将来の可能性が見えているから。だから君とは一緒に行けない」
「そうか」
「王都に寄ることがあったらまた会おうよ」
「そうだな」
アスターは二ッと笑った。ダクはその笑顔を見てこれが一番良いのだろうと思った。
がちゃりと仮小屋の扉が開く。
入って来た人物を見てアスターの笑顔が引き攣った。そこには眼帯に付け加えて包帯を体中に巻いたバードンの姿があった。
「バードン......」
「そんなに敵対視しなくても良いじゃないか」
眼帯は敵意はないとう風に手のひらをこちらに向けてくる。アスターは無意識にじりりとダクの後ろに隠れていた。
「私は本当に申し訳ないと思っているのだよ。だからこそ、オルファネージの建て替え、運営、その他諸々の手伝いや資金繰りの援助をしたいと思っているのだ。嘘偽りのない本心だ」
そう言う口調は演説口調だった。芝居臭さが感じられる。
ダクは目尻を釣り上げて歯を噛み締める。
「本当にそう思っているのか、俺には信じることが出来ない。お前の態度は芝居じみていて本当が感じられない」
「ならばどのようにすれば受け入れられる? もっと援助をすれば良いのか? それとも土下座でもして謝れば良いのか?」
ダクはその言葉を聞いて考えた。
どうすれば目の前の男から本当に反省している証拠を引っ張り出すことが出来るのか。
そして考えた結果、その答えはシンプルであったことに気が付いた。ダクは後ろに隠れている赤毛の少女の肩を掴み、自分の前に立たせた。
「この子に頭を下げて心を込めて謝罪しろ」
バードンは唖然とした後に嘲笑うようにクククと笑った。
「そんなことで良いのか? 頭を下げるだけなら本心でなくても出来るに決まっているだろう?」
「じゃあ、お前はこれまで誰かに頭を下げて謝ったことがあるか?」
ダクの言葉はしばしバードンを硬直させた。
「お前は謝っていないんじゃないのか? 反省しているような演技をすることによって、何か物で態度を示すことによって、謝ることを避けている。無意識かもしれないが、ごめんなさいと謝ることを避けているんじゃないのか」
ダクの真剣な表情にバードンはゴクリと唾を飲み込む。
「なるほど。王の器の人を見る目は伊達ではないということだな」
バードンは眼帯を外し、手に握る。そのまま眼帯を握った手を胸に当てて腰を折る。深く頭を下げた。
「すまなかった。本当に申し訳ない」
「あ、頭を上げて下さい」
アスターにそう言われてバードンはゆっくりと頭を上げた。その顔からは演技臭さが見られなかった。ようやくバードンの本心が聞けた。ダクは緊張していた顔の筋肉を緩めた。
「どうして反省したんだ?」
バードンは返答に迷った表情をしたが、諦めたように話始めた。
「反省というよりは自戒に近い。お前が眠ってから何度か反旗を翻そうと考えたが、その度にシャルのことが頭に思い浮かんでな。シャルとの思いを断ち切るためにこんなことをしているのかと思うと、自分のやっていることが愚かなことに思えてきてしまったのだ。だから辞めた」
「なるほど」
ダクはその言葉に心底納得した。
「さて、ダクも目覚めたことだし、やるか。旧オルファネージの解体」
「前の建物は壊すのか?」
「あそこまで壊れた物を修理することが出来るわけがないだろう。新しく建て替えた方が速い」
バードンが骨組に指令を出す。
そこに待ったをかけたのはある一人の男だった。
「少し待て。ダク、お前に見せたいものがある」
そこには沼ノ守が居た。
創世記 序章 三
鋼の一族はあらゆるものに命を吹き込むことが出来た。鋼は霧に触れ、霧をあらゆる生き物の形に変えた。鋼の一族は無限に有り余る暇をつぶすために多種多様な生き物を作った。大地は生命に満たされた。
大地経典より




