31話 和解
ダクはギロリと眼帯を睨みつける。
眼帯がにへらと笑いながら諸手を挙げているのを見てふと我に返った。自分がとても恐ろしいことをしているような気がした。ダクは深呼吸して頭を振る。まるで何かに取り憑かれていたようだった。
ダクは眼帯を見つめ返す。
「和解?」
「あぁ、そうだ。和解だ。俺たちはこれ以上手は出さないし、お前たちもこれ以上戦わなくてよくなる」
眼帯は表情こそ笑っていたが目は真剣だった。必死さすら感じられる。
眼帯が必死になる理由はわかる。彼はこの手のひらの中にある宝具が、この戦いにおいて終止符を打つキーカードであることを知っている。
だからこそ問う。
「何でここでやめなければならない? ここでお前らを逃がさず全員倒す方が俺たちにとって利益があると思うが」
「これ以上、骨組に戦う気はない。この男だってもう戦える状態ではない。無駄な血を流すことに意味があると思うかね? それにここで見逃して貰えるなら、我らも相応のものを与える。皆殺しにしてしまうよりはそちらに利があると思うが、どうかね」
その言葉自体は正しかった。確かにそうだと思える部分もある。
しかし男の演説臭さがダクの不信感を募らせた。
「......本当の理由は何だ」
「本当の理由も何も先ほどの言葉が全てだが――」
眼帯が本当の理由を話す気が無いと分かった瞬間に、ダクの中で何かがこみあげた。つららを握る手に力が入る。
まだ何か腹の底に抱えるつもりなのか? 相手に物を頼まなければならないこんな状況の中で。
つららが理性を奪っていく。
黒い霞が手のひらから立ち昇りかけたその時、ダクの頭に強い痛みが走る。
「ぅあっ......!」
思わずうめき声を上げる。びりびりと全身が痛む。何が起こったのか分からない。別にどこかから攻撃を受けたわけではないようだった。
急速に視界が狭まり岩の棺桶の中に封じ込められる。
冷たい棺桶の中。
体がひどく重い。死んですぐのころの苦しみを思い出す。あの辛さにはもう慣れてしまったけれど、今回の痛みはわけが違った。体が動かない。
意識が持って行かれる。
暗い視界の中でぼんやりと骨の姿が見えたが、すぐに意識の方が無くなってしまった。
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どれほど時間が経っただろうか。
冷たかった体が熱を帯び始めた時、ダクは自分が布団に寝かされていることを知覚出来るようになった。
「んあ」
起きて喉から声を振り絞る。
「あ、起きた! 起きましたよ! 先生!」
「ん、ちょっと待て」
若い男の声と幼い声が聞こえた。ベッドの陰からひょっこりと顔を覗かせたのはレービィだった。彼女は手際よく心拍数や瞳孔の反射を確認する。果たしてどこに居てどこからやって来たんだろうなんてことをダクはぼんやりと考えていた。
「問題なし」
「どれくらい眠っていたんだ? 俺は」
「2日。それに、眠ってる、表現、正しくない」
「どういうことだ?」
ダクがレービィに聞き返す。すると奥から若い男がその質問に答えた。
「眠っていたというよりは死んでいたという方が正しいですね。ダクさんの心臓は止まっていました」
「そう、なのか」
ダクは自分の胸に手を当てる。
あまりに平然と言われたものだからあまり驚きが沸かなかった。元より死んでいたところから蘇った人間だから死んでいたと言われてもあまり違和感が無いのかもしれない。
「しかし本当に生き返るんですね......」
若い男がまじまじと自分を見つめる。ダクはその男の顔に見覚えがあったが、どこで見たのか思い出せずにいた。
「君は......」
「あぁ、自分は骨組の一人です。でも自分は何も出来ずにダクさんに呪いを注ぎ込まれたので、ダクさんは覚えてないかもしれません」
その言葉であぁ、と思い出す。
この男は骨組が最初にオルファネージに攻め入って来た時の三人のうちの一人だ。最初の二人がやられてから怖気づきながら殴ってきたことを覚えている。
若い男は気弱そうな顔をしながらダクの顔から眼を逸らしている。
「なぜ君がレービィの手伝いをしているんだ」
「管理支部長殿から任命されたというのもあるけれど、一番は自分に力仕事が向いていないからですかね。オルファネージの建て替えに参加できるほど強くないので......」
そう言われて外を見る。
外では人がせわしなく行き交っていた。骨組もオルファネージも関係なく木材や石材を運んでいる。
ぼうっと外の様子を見ていると、若い男がこれまでにあったことを話し始めた。
「ダクさんが倒れてから沼ノ守とレジスタンス団長と管理支部長で話し合いを行ったんです。それで骨組は当面オルファネージの運営資金を負担することになり、オルファネージの建て替えもすることになりました。建て替えが終わるまでは運営の手伝いもしています」
「てっきり反故にされるかと思ったが......」
ダクがあの場面で倒れてしまい、骨組は何を思っただろうか。あの場面でレジスタンス側で戦えたのはハタヤとナキぐらいだろう。もしかしたら骨組にも勝ち筋があったかもしれない。それでも敗北を認めてこちらに有利な状況で和解交渉を進めたのだろう。
あの男がそんなことをするとは思えないが。
「骨組のやつらはどう思ってるんだ? あまり進んでこんな仕事をするような連中には思えないが」
若い男は痛いところを突かれたというように苦笑いしながら話す。
「骨組は実は一枚岩ではないんです。恥ずかしいことですが。ダクさんが骨組に対して持っている印象はあまり良い印象ではないと思いますが、あれらは過激派の連中なんです。唯一王の威光を借りてルーザーを虐げるために骨組に入った連中です。それとは別に少数ですが穏健派というのも居て、これはこの荒れた世界で治安維持をしようという考えで、ルーザーも一般人も分け隔てなく接する派閥です。いつもは過激派の方が声が大きいから穏健派は押されてしまうんですけど、今回は管理支部長も賛成してくれたので穏健派の面が大きく出たって感じですね」
過激派の連中という言い方を見るに、この男は過激派についてあまりよく思っていないのだろう。でもここには来なければいけなかった。上からの命令は断れないのか、断ることが出来ないような空気になっているのか。
そんなことを考えていると若い男は深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。自分じゃ何もできなかったと思います。ここを攻撃するとなった時、自分は間違ったことをしていると思いました。そんな思いをすることがこれまで幾度もありました。でもダクさんが戦ってくれたおかげで今は正しいことが出来ていると思います」
憎まれこそすれ、感謝をされるとは思っていなかった。つい先日まで敵であり、多くの骨組の人間を傷つけてしまったからだ。実際、憎らしく思っている人は少なくないだろう。
それでも結果を見て相手に敬意を払うことが出来るというのはすごいことだ。この男は賢く優しい。この男みたいな人が増えればこの国はきっと──
「君みたいな人がまだこの国に居てくれてよかった。ありがとう」
ダクは深々と頭を下げた。
骨組
ルーザーによる王国への反抗が顕著になってきたことにより作られた治安維持組織。それが骨組だ。市民から治安の維持を望む者を採用して作られた組織であり、入る動機は大きく分けて二つある。治安を維持したいと考えているやつとルーザーを抑えたいというやつらだ。前者も後者も治安を良くしていることには違いない。しかし前者には理性があるが、後者には容赦がない。ルーザーと分かれば見境なくいじめる奴らがごまんといる。奴らはみんなで一緒に平和な世界を作りたいから組織に入ったんじゃなく、指近衛や唯一の王の威光を借りたかっただけだ。だから市民からは陰で指垢と詰られるのも当然だ。
ある男の手記より




