27話 鬼神
槍の鬼神と拳の阿修羅。そこには化け物同士の戦いがあった。
千切れた腕を即座に回復させ、体に空いた穴を血肉で埋め、全身を余すところなく躍動させながら生命が持つ力の全てを活かして己が持つ致命の武器を叩きつける。
槍はいとも簡単に莫大なエネルギーで陽炎を生み出して空間を捻じ曲げる。切っ先は何時でも阿修羅を捉え剣山を彷彿とさせる弾幕を浴びせかける。その弾幕を搔い潜りながら阿修羅はその鋭い眼光で鬼神を睨みつけていた。時に腕を犠牲にし、時に足を犠牲にし、それでも間合いを詰めながらその一撃一撃に己の持てる全てを賭ける。その阿修羅の執念は、彼の歯、彼の爪、彼の毛の一本まで触れれば殺す武器に変える。
容赦や躊躇いなど微塵も感じさせない全力の命の奪い合い。
「互角、いや指近衛の方が優勢か」
ドレイクが呟く。
確かにダクの目にもそれは互角には見えなかった。単に槍のリーチが長く沼ノ守はあと一歩踏み込むことが出来ないでいた。それでも戦いになるレベルまで持ってこられているのは、沼ノ守の数えきれないほどの戦闘経験が生み出した第六感と自傷を毛ほども躊躇わない意志の強さの賜物だろう。
まさに阿修羅。それでも鬼神には半歩及ばない。
「だが俺たちが加われば勝機はある」
ドレイクがダクの肩を叩く。
「勝利するためにはあいつの体に呪いを撃ち込まなければならない。沼ノ守の攻撃は致命にはなり得ない。上位の祝福同士の戦いは削りと再生の繰り返しだ。首でも吹き飛ばせれば話は別だが、それは難しいだろう」
ドレイクが念押しする。
「だから今回の勝利条件は二つ。あの男の槍を避け、懐に入り込むこと。もう一つはあの男が放つであろう『絶影』を貫けるだけの攻撃を入れること。それが出来るのはこの場でお前だけだ。お前が決着を付けろ」
届かないあと半歩を自分達の力で押し進める。そして拳を振り抜くのはダク。
怪物たちの箱庭に呪いの王が足を踏み入れる。
ギロリ、と。
視線がダクを突き刺した。
「あの役立たずがッ......!」
ランが倒れた眼帯をチラリと見て毒を吐く。パチパチとランの発した黄金の胞子が弾ける。
「まとめてかかってこい!」
ランの瞳が一際大きく見開かれる。
まばゆく光る槍。その光は直視できぬほど強く、それでもダクは目を細めて相手の動きを把握しようとする。槍を囲う光の円。光の粒が空間を支配するように流れ出す。
恐怖に似た何かがゾクゾクとダクの背筋に触れた。周囲の状況を漏らさず把握しようと全身の毛が逆立つ。
弾ける粒。
筋肉の隆起。
一呼吸。
直感がダクの背中を押した。
「『発影・焔神突』!!」
金色の剣が大地を斬った。
斬撃はダクの左を突き抜け、土煙と砂と沼を一直線に焼き尽くす。熱が石を溶かし、剣戟の跡には赤い鉱物の塊がぬるりと溜まっている。圧倒的な熱量が空間に溢れ出し、それだけでダクの服の袖は耐えられずチリチリとその身を灰に変えた。
ダクの腕をかろうじてアーマーが覆っていた。自分でも持影を動かした記憶はなかったが、生存本能に近いものが鎧を貼り付けていた。
かろうじて避けたダクの足は止まることなく次の一歩を踏み出している。ドレイクもまた同じだった。あの恐怖の塊のようなレーザービームに足がすくんだあの時とは違う。今ここで命が尽きても良いという覚悟が彼の足を動かしていた。
「ハァッッ!!!」
ドレイクがオブセッションでランの足に沼を取り付かせようとする。しかしランの足までその泥が届くことはない。ランの足は常に祝福に守られていた。しかし泥と光がせめぎ合うたびに祝福の細かな制御を要求される。そのことにランはイラついたように舌打ちをする。
ちらりと気が逸れた刹那を縫ってダクは突き進む。沼ノ守とランの組手から生じるわずかな間隙に突き刺すような一撃。打撃ではなく触れるように受け流しながらエミットで持影を流し込む。槍のところどころの祝福が薄くなる。
祝福の薄くなった場所を的確に沼ノ守が狙い打つ。フックは刀身を打ち抜き、アッパーは柄の芯に刻み込まれる。刃は刃こぼれを起こし、柄には亀裂が入る。
「チィッ!!」
槍を元に戻そうとしてほんの一瞬、槍を握る手に力が入ったのを沼ノ守は見逃さなかった。
槍に手を回すと腕の筋肉がモリモリと隆起する。
「ふぅんぬっっ!!!」
槍をランの手から無理やり引きはがし投げ捨てる。カラコロと槍が地上に落ち、その輝きを失っていく。
ランの目に焦りが見えた。
「今だ!」
沼ノ守が叫ぶ。
いつの間にかランの後ろに回っていたドレイクがランの体を羽交い絞めにする。ランは力づくでその体を振りほどこうとするが関節を極められているのもあって力づくには抜けない。
ダクが鬼殺しの沼に手を突っ込んだ。沼に呪いを纏わせて腕を振り上げる。沼が大波となってランに降りかかる。ランの視界に多い被さるように沼が襲い掛かる。
ランが腕を横に払い沼を薙ぎ払う。それでもこの質量の沼全てを振り払うことは出来ない。払われた沼の隙間からランの目が見えた。
ぞっとした。
その目からは苛立ちが消え、本物の殺意だけが現れていた。
これこそが鬼神の目だと、そう思わせる迫力がそこにはあった。
ランは沼を頭から被る。
ダクと沼ノ守がその沼の中に居る物体に距離を詰める。
ダクの中で何か違和感のようなものがぞわぞわと沸き上がってくるのを感じていた。
次の瞬間、沼ノ守の小さなうめき声が聞こえた。沼ノ守の方をちらりと見てダクは目を見開く。
投げ捨てられたはずの槍が沼ノ守の腹に刺さっていた。
咄嗟にあの眼帯の眼球のことを思い出す。祝福の力の中に何か物を浮かしたり動かしたりする力があるなら触れておらずとも槍を動かすことが出来るかもしれない。
ダクの足が止まるより早く、沼ノ守は叫ぶ。
「行けぇ!!」
沼ノ守は腹に刺さった槍を抑えるように両手でがっちりと掴んでいた。
ダクにもう止まるという選択肢はなかった。ここまで全員が必死に積み上げたこの状況を無駄にすることなんて考えられなかったからだ。胸の中の違和感を振り払いながらダクは拳を握る。その拳に呪いが集まり、黒い稲妻が走る。
沼から大きく息を吸う音が聞こえた。
「『発影、幽世双陽』」
背中から熱い感触が腹にかけて突き抜ける。それが痛みだと気づいたのは少し後だった。
沼の中からランが姿を現す。
「この手は卑怯だ。俺のような強者が使うべきではない」
見ると槍が腹を貫いていた。沼ノ守の腹にも槍は突き刺さったままだった。ただ、沼ノ守の槍は輝きを少ししか纏っていなかったが、ダクに刺さったそれはとてもまばゆく輝いていた。
「その槍は祝福で作り出したものだ。祝福の塊と言って良い」
ダクから槍を抜く。そしてダクの体を沼へと突き飛ばす。
血の跡が放物線を描いた。
ぼちゃんと沼の中に落ちる。
「終わったな。ルーザーどもが......思い上がるなよ」
深く深く沈んでいく。
ダクの体と意識は岩の中へと閉ざされていった。
無題
君よいつまでも不滅たれ
君の行く道に光あれ
君は久遠の愛のままに
我に力を永遠を
ある女の家計簿の最後のページより




