25話 それぞれの理由
荒涼とした大地に冷たい風が吹いた。オルファネージだったものの瓦礫がガタタンと大きな音を立てる。
「シャルの死は俺たちを変えた。祝福を授けられたバードン、止めることが出来なかった沼ノ守、そして黙って見ていることしかできなかった俺。全員がその幻影を今でも求めている」
その言葉を聞いてバードンがクククと笑う。
「お前たちが幻影を追い求めている? 冗談だろう。本当に彼女のことを大切に思っていたのなら、俺と同じ道を歩んでいるはずだ。お前たちはルーザーどもが憎くないのか? 自己中心的で自分のためなら他人の尊厳を奪うことにも抵抗がない。なぜならそういう人間しかルーザーにはなれないからだ。自分の欲望に他人を巻き込める利己的な人間だけがルーザーになれる。そんなルーザーが憎くはないのか? 全員消し去った方が正しいとは思わんのか?」
ダクは考える。確かに彼の言っていることは正しい。
ルーザーは自分の欲望のために他人を巻き込める。ダクがセイを巻き込んでしまったように。
『僕に祝福を与えた時、一度でも僕を助けようと考えましたか?』
あの塔の上でセイに言われた言葉だ。
祝福を授けてこの国の王様に仕立て上げた。何者も退ける力を与えた結果、セイは孤独になってしまった。彼が心から気を許せる人はこの世に居なくなってしまった。
そして俺はそうなることが分かっていた。王とはそういうものだと知っていた。誰からも命を狙われ、どこからか欺こうとする魔の手が忍び寄り、理不尽な人民の罵声が飛び交う場所の中央に立たなければならないと知っていたのだ。
でもその役目を誰かがやらなければならない。そんな理由だけで彼に大役を押し付けてしまった。
あの時の自分はセイのことを考えていなかったのだ。
「先ほどの話を聞いて確信した。やはりルーザーはこの世から根絶やしにするべきだ。自分たちが生きるために他人の命まで奪おうとするなんて人間の出来ることではない。どうしてお前らはこの出来事を体験していてルーザーを救おうという考えになるのか」
ランが自分の考えは間違っていなかったと満足そうに頷いた。
ドレイクが反論する。
「確かにあの時の彼らは非人道的な行いをした。しかしそうさせたのはこの国の環境だ。食料が足りなくなったことへの影響がルーザーに集中しなければ彼らはこのような行動に出ることはなかった。ルーザーを根絶やしにすれば今度はまた違う誰かがヘイトを集めるだけなのだ。だから根本的な解決をするためにはこの国の仕組みを変えるしかないのだ」
「そんなことを言って自分がルーザーだからルーザーを優遇しようとしているだけなんだろう?」
ドレイクの論理をランは鼻で笑った。その言葉を信じられるほど彼はルーザーの言葉を信じていなかった。
ランはバードンの方を向いた。
「俺がお前と共にここに来たのはどうやら正解だったらしいな。こんな狂った考えの奴らを根絶やしにするために俺は指近衛を続けているんだ。まぁ、お前がオルファネージの中まで入って孤児まで巻き込んだのはやりすぎだと思うがな」
バードンはまたも笑った。ランの言い分がおかしいというように。
「あの話には続きがある」
「何?」
「あの後、このオルファネージでは沼ノ守によってルーザーが人為的に作り出されていたのだよ。くだらない目的のためにな」
「何だと? それは本当か。沼ノ守」
沼ノ守は黙ったまま否定しなかった。ランの顔がみるみるうちに嫌悪感に染まっていく。
「一体何のためにそんなことを行っていたんだ。答えろ!!」
ランが怒鳴り声をまき散らした。その言葉に沼ノ守はきっぱりと答える。
「あの子を生き返らせるためだ」
ランは絶句する。あまりにも突拍子の無い答えに物も言えないというような様子だった。
バードンはその様子を見てタガが外れたようにハハハと笑いだした。
「バカみたいだろう? 一人の死んだ人間を生き返らせるために孤児に毎日毎日祈らせて、孤児から少しずつ祝福を奪い取って、唯一王のような何かを生み出そうとしている! 狂ってる! そこまでしてあの利己的な女を生き返らせようとしていること、他の人間に危害を加えていること、それで生き返ると信じて疑わないこと、全てを行動に移せること!! 全てが狂ってるんだ!!!」
「そもそも人間が生き返る......? そんなことがあり得るわけがない」
「あの子の魂は今も沼の中で生きている。そして体は魂の入れ物に過ぎない。あとはあの子がお前に祝福を託して沼を鎮めたように『祈り』さえあれば生き返るはずだ。そしてそこに前例も出来た」
沼ノ守は振り向かずダクのほうを指さした。
確かにダクはよみがえった。あれが黄泉がえりというのかは分からないが、500年死んだように動かなかった状態から今は体が動く状態になっている。これは生き返ったと言えるだろう。
「お前、ギフテッドでいながらなぜそんな人道に反した真似が出来る? ルーザーを作り出すなんて、そんな利己的な真似......まるでルーザーのようではないか!」
「ギフテッドが利己的じゃない理屈なんてどこにもないだろう。与えられた力をどう使うかは俺が決めることだ」
ランは頭を抱える。それはまるで自分の中で当たり前だったことが揺らいでいくような困惑が頭の中を埋め尽くしているようだった。
彼の頭の中は単純明快だった。ルーザーは利己的な悪人、ギフテッドは利他的な善人。ギフテッドはルーザーに祝福を与える価値があると思われたから与えられているので善人なのだ。
ドレイクが笑い続けるバードンに語り掛ける。
「お前の本当の目的は分かっている」
「本当の目的? ルーザーを殲滅すること以外に何かあるとでも?」
「あぁ。お前の本当の目的はここにある彼女の残り香、祈りの対象を破壊しに来たのだろう。シャルに対する思いを断ち切るためにな」
バードンはピクリと眉をしかめた。
「何を馬鹿なことを言っている」
「至極当然のことだ。シャルは死ぬ前にお前に祝福を与えた。お前が愛していた彼女は死ぬ間際にお前が憎む利己的なルーザーになってしまった。しかし愛情はまだ捨てきれていない。だからその葛藤を無くすために自分の手で彼女を破壊しようとしている」
ランは目を丸くしてバードンを見る。人類のために動いていたと思っていた彼でさえ、全ては自分のためだったという話を信じられないでいる。信じてはいけないような気がしている。だがその説得力はかつてないものであり、自分の中の彼に対する浅い信頼が一言で揺らぎつつあるのだ。
「何なんだ、お前らは。一体、何なんだ、お前らは!!」
「人間だ。これが人間なんだよ」
ランが目を丸くしてダクの方を見る。ダクは色々なものが吹っ切れたようにしっかりとした意思を持った目でランを見つめた。
「お前は──、そうだ! お前は何がしたい! 何のためにこんなところまで来ている! レジスタンスの仲間入りなんかして、自分の弟である唯一王と真っ向から対立している! こんなところまで逃げてきて、一体お前は何がしたいんだ!!」
ランはつけ入る隙を探すようにダクを責め立てる。
ダクの瞳が揺らぐことはなかった。
「俺は──セイを助けたい。セイに直接聞いて分かったことがある。弟は弟なりに正義を貫こうとしていたってことだ。でも正義だけじゃ世の中は変えられない。一人一人やりたいことは違って、きれいごとには誰もついて来てくれない。だからこの国を守るために正義を自ら捻じ曲げたんだ。俺はあいつを助けるためにあいつが見つけられなかった正義を貫ける道を探し出す。そのためにこの世界を見て回る。そしてこの世界の人々を救って、セイも救うんだ」
「お前──本気で言ってるのか? それが一番のきれいごとだぞ。それが本当にお前のやりたいことなのか?」
「もちろんだ」
ランは槍を握った。目から迷いが消えた。
「お前が一番、人間じゃなかったんだな」
踏み込んだ足音が停戦を破った。
ギフテッドとルーザー
ギフテッドとルーザーという言葉はごく最近使われるようになったものであり、呪いを持ったものを差別する習慣が根付き始めた頃から誰かがそう呼び始めたのだ。今では当たり前に使われるようになったが、その呼び方がますます人間を差別の方向に導いているのは言うまでもない。
ある男の手記より
 




