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21話 泥沼の反撃

 ダクが作戦の方針を決めてからは速かった。あれだけ消極的な案しか出てこなかったハタヤから次々に案が出て、自分たちが気付いていなかった手札が面白いように組みあがっていく。こんな絶望的な状況の中でも冷静に周りを見渡せば、自分たちに今出来ることが意外にも多いことが見えてくる。


「うん......うん。これなら確かにいけるかも」


「でも、本当にこんなことして大丈夫......? もしも失敗したら自分たちも色々失うし、成功したとしてもその後どうなるか......」


 頷きながら口角を上げるハタヤとは違って、アスターの頭の中は様々な懸念点でいっぱいだった。


「出来なかったら何もやらなかった時と同じになるだけだ。ならやった方がマシだ。それに相手が力を持ってるからって、相手は好きにやってこっちは理不尽を被らなきゃならないのは道理が通らないだろ?」


 ダクはそう言ってアスターの不安をごまかそうとするが、行動に移す時間が迫ってきたことで不安が大きくなってしまったらしく、ダクの言葉には頷くものの表情は強張ったままだった。ダクはアスターの背中をトントンと軽く叩く。


「やろう」


「......うん」


 そう言って立ち上がったアスターの手は震えていた。しかし意を決したようにぐっと拳を握る。

 ダクはそれを見て頷く。


「作戦開始だ」


 その号令を合図に各自は自分たちの役割を果たすため持ち場につく。ダクの持ち場は一番目立つ場所にあった。ダクは大げさに扉を開ける。


「どうも」


「!? ......子供?」


「気を付けろ。おそらくこいつが『そう』だ」


 子供部屋の前には若く体格の良い男と人相の悪いひょろ長の男が立っていた。二人はこちらを見て一瞬戸惑ったが、ダクが唯一王の兄である可能性に気づき警戒態勢を取る。

 二人の手には体格に見合わない短剣が握られていた。おそらくこの狭い空間でも問題なく振るうことが出来るからだろう。構え方や祝福の纏い方から分かる。この二人は強い。ダクは心臓の鼓動を抑えるように細く長く息を吐く。

 ダクの役割は『この男たちを焦らせること』だった。


「行くぞッ!」


 体格の良い男の合図で二人が同時に動き出す。最初に刃を突き立てたのはひょろ長の男だった。閃光が空間を縫うように一瞬で間合いを詰める。ダクは近づくひょろ長に反射で拳を突き出すが、それは人間の動きとは思えない直角なのけ反りによって避けられてしまう。

 のけ反った姿勢から背筋のバネによって短剣が振るわれる。短剣はダクの伸ばした拳に切っ先を向けていた。ダクは避けるのは難しいと感じ、拳の指と指の隙間で短剣を握り込む。


「ッ......!」


 短剣の刃が手のひらに食い込む。間髪入れずにガタイの良い男が渾身の力で短剣を振りぬく。空気を着る音がキィンと聞こえた。

 手のひらに食い込んで刃が止まった一瞬がダクにその攻撃を避ける余裕を与えた。刃を握り込んだままヒョロ長の胴体を蹴る。ヒョロ長の体からは想像できない鉄棒のようなフィジカル。ダクの蹴りにびくともしていない。蹴りの反動がダクの体に伝わってくる。

 ダクは蹴りの反動を利用して後ろに倒れ込みながら後転する。元よりこの蹴りの目的はダメージを入れることではない。ガタイの良い男の短剣が空を切る。


 ガタイの男は短剣が空ぶったことに苛立ちながらさらに踏み込む。踏み込んだ足は()()()()()()()()()()()()。ずぶりと床を踏み抜き、どろりとしたものの中に足を突っ込むl。


「お返しだ!」


 身動きできないガタイの良い男の短剣を蹴り飛ばす。男は何が起こったのか分からない様子だったが、すぐに呪いで床を溶かされたことに気が付く。憤慨するガタイの良い男がぬかるみから足を引き抜こうとする。足に祝福を込めると地面が固まってしまう。


「姑息なっ!」


「面白い」


 憤慨する男を尻目にヒョロ長が笑う。柔軟な動きでぬかるみを避けながらダクに刃を向ける。ダクはそこにあった椅子を持ち上げ、溶かしながらヒョロ長の足元に投げつける。


「ふん」


 ヒョロ長は造作もないという風に片足を上げて椅子を避ける。しかし、溶かされた椅子から広がった強力な持影は驚異的なスピードで床にぬかるみを広げた。床がすとんと抜け落ちヒョロ長はバランスを崩す。そのタイミングを見計らってダクはまたも短剣を蹴り飛ばす。ヒョロ長が舌打ちする。

 ガタイの良い男は結局床を固めてしまったようだが、持ち前の筋力で土や木の破片ごと足を地面から抜き出した。そして言葉を放つ。


「お前! ()()()()()()()()()()()()()!!」


「......そのとおりだが?」


 ダクは余裕を持たせてそう言い放った。

 ガタイの良い男は気づいていた。もしも倒す気があるのなら、たとえ入るダメージが微々たるものだとしても体に蹴りを入れてくるはずだ、と。それをせず短剣ばかり蹴るのはこの戦いを長引かせようとしているからだ、と。

 焦りが生まれる。


「どうする?」


 男は胸ポケットに手を入れる。取り出したのは小さな笛だった。外で待ち伏せしている味方を呼んで早期に決着をつけるつもりなのだろう。

 男は意を決し素早い動作で笛を吹く。甲高い音がした。


「バカ! やめろ!」


 ヒョロ長の男が叫ぶ。ガタイの良い男はその言葉に驚愕の視線を向ける。ヒョロ長の男が叫んだのはダクの顔を見たからだった。ダクは余裕な表情をしたままだった。

 ダクの役割は『相手に焦りを与えること』。その目的は達成され無事に敵を一斉に中に呼び込むことが出来た。


「こいつ、まだ何かある!」


 次々に敵がオルファネージの中に押し入る。入り口からは弓矢を向けられ、短剣を持った敵が斬りかかる。窓が割られて中に飛び込もうとするやつもいた。視線が一気にダクに向く。


「今だ! ダク君!」


 どこからか声が聞こえた。

 ダクは拳を地面に向ける。ヒョロ長は焦って声を荒げる。


「避けろぉっ!!!」


「エミットォォォォ!!!!」


 地面に紫煙が溶けだす。木の床がボロボロに溶けだし、ダクの体ごと他の全員を飲み込んでいく。


「なんだコレ!?」


「クソッ! 煩わしい!」


 ヒョロ長は考えていた。ここまでする目的が床を溶かすだけで終わるはずがない。もっと大きな目的があるはずだ。

 そう考えるうちにも浸食はオルファネージ全体を飲み込んでいく。

 ヒョロ長はある考えに至る。このままでは彼らの仲間ごとぬかるみが飲み込んでしまうのではないか? そうなったら相手にも不利なのではないか? いや、ここまでするのだからその考えに至っていないわけがない。もしもその対策が稼がれた時間の中で済んでしまっているのだとしたら?


「まさかっ!?」


「そのまさかだ」


 オルファネージが傾く。ガコンと何かが倒れる音がした。建物が地面の中に落ちるように吸い込まれていく。

 そして何かが家の外からずるずると入ってくる。それに触れた骨組の一人が苦しそうな悲鳴を上げた。


「鬼殺しの沼を入れたのか!? この建物を地面に沈めて!!」


 魔獣の死体、呪いの塊、全ての物を腐らせる沼がオルファネージに流れ込む。


「祝福で体を守れぇ!!」


 ヒョロ長が叫ぶ。祝福で体を守れば沼の浸食から体を守れる。しかし、沼が固まってしまうので身動きは取れない。


「今だ!」


 ダクはさらに畳みかける。その声が届き、天井がぱかりと空いた。そこにはソレイユが居た。そしてその腕にはバケツを抱えていた。


「天井裏!」


 ヒョロ長の中で全てのつじつまが合った。仲間を巻き込まない確信。天井裏に全員が避難しているなんて想像もつかなかった。そして抱えられたバケツの中にはおそらく......


「やぁっ!!」


 ソレイユが大きな掛け声と共にバケツをひっくり返す。沼が上から降りかかる。ぐぁあっと大きな悲鳴が聞こえた。さらにバケツをとっかえひっかえに持ち替え、骨組に浴びせかける。天井裏ではレジスタンスだけではなくこの孤児院の全員を巻き込んだ必死のバケツリレーが行われていた。ナキが沼をくみ上げ孤児院の子供たちの手を伝いソレイユに運ばれる。


「やりやがったな......」


 骨組は一気に満身創痍の状態になっていた。ヒョロ長はその光景を見て半笑いになる。

 ダクの元にも鬼殺しの沼が届きそうになる。


「引き上げてくれ!」


「はいっ! 分かりました!」


 ソレイユがバケツを脇に置き、手を伸ばす。ダクが手を掴もうとした瞬間だった。


「逃がすかっ!!」


 骨組の男の一人がダクの足を掴もうとする。ダクはそれを振り払おうとするが、引き上げられながら足を振ったところで手は離れない。ダクは表情を歪ませる。

 天井裏の陰に、ちらりと赤毛の少女が見えた。


「行け! お前がやるんだ!!!」


 赤毛の少女──アスターはその言葉にはっとした。彼女はソレイユが脇に置いたバケツをつかみ取る。そして骨組の体めがけて振りかぶる。


「おりゃあっ!!!」


 沼が飛び散った。沼を頭からかぶった男は目元を抑えて苦しそうな声を上げながら後ろに倒れ込む。

 ダクは引き上げられた。


「やったな」


「うん......うんっ!」


 赤毛の少女の声が初めてイキイキとしたものになった。


「やってくれるじゃないか」


 そんな声が地上から聞こえてきた。ダクは聞き覚えのあるその声に喜びの感情を抱くのはまだ早いと思い知らさせる。


「まさかここを沼に沈めるなんてな。因果なものだ。なぁ、ドレイク?」


 真打登場。

 そこには沼を固めながらその上を歩く眼帯の男──バードンの姿があった。

魔獣の牙


聖なる大地は長らく魔獣の進行を阻んできた。しかし魔獣は滅されることを恐れず、死屍累々を重ねながら王国を侵略せんとする。その侵略の跡はまるで大きなの噛み痕ようであり、人はそれを『牙』と呼んだ。彼らがなぜそこまでして人を殺そうとするのかは分からない。


ある男の手記より

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