19話 祝福対祝福
オルファネージを閃光が貫く。
「絶影!」
沼ノ守が短く言い放ち、テーブルクロスに持影を纏わせる。黄金色に光った布は凝縮されたエネルギーの塊に触れ、はちきれんばかりの火花を散らす。
「っ!」
沼ノ守が平手でテーブルクロスを抑える。筋肉が隆起し、地面を掴んだ足が木製の床を削る。建物全体が悲鳴を上げるようにミシリと音を立てた。
「ふんっ!」
光の槍とテーブルクロスと腕が一直線に並んだ瞬間、テーブルクロスごと穂先を握り潰した。黄金色の火花となって槍は消え、放射状に散った火花は床を真っ黒に焦がしていた。掌に張り付いた炭同然のテーブルクロスをパンパンと払い落とす。
沼ノ守は遠ざかっていく眼球にちらりと目をやってから目の前の男に目を向ける。
「何の用だ。指近衛」
「中に居るルーザーどもを引き渡せ。大人しく引き渡せばお前達にはこれ以上手を出さない」
「そう言うのは攻撃を仕掛ける前に言うものだろう。不可侵条約はどこに行った?」
「無駄な抵抗を誘発させないためだ......お前もギフテッドのはしくれなら正義のために利己的なルーザーどもを差し出すのが道理だろう?」
ランは髪を撫でつけながら当然のことのように沼ノ守に問いかけた。沼ノ守は呆れ顔でその言葉を一蹴する。
「浅いな。ほとんどの人間は利己的だ。それは生物として健全でもある」
「理性あっての人間だろう、がッ!」
沼ノ守の攻撃を槍の切っ先で受け流しながらにじり寄る。しかし受け流したはずの腕はいつの間にか肩を掴んでいた。流れるような背負い投げで地面に叩きつけられ、胴体を革靴で踏みつけられる。
沼ノ守の指が力強く握られ、ランの腕に食い込む。ランの腕の筋繊維がブチブチと音を立てる。このままでは腕が千切れる。ランは地面に押し付けられたまま槍を短く持ち替え、素早く腹の上にある足首を斬り落とす。靴ごと足が沼に落ちる。
「覚悟ッ――!」
沼ノ守は痛みを気にしていないように口角を上げる。切断された足をそのまま胴体に押し付けて、一気に腕に力を入れた。ランの腕が肩から千切れ、棒きれのように投げ捨てられる。腕が千切れた瞬間に体を捻ったランは沼ノ守の拘束から逃れる。
沼ノ守は沼に落ちた足首を拾って傷口に貼り付ける。傷口からは黄金色の胞子が溢れていた。それらの胞子は足首に触れ、糸となり、棒となり、2秒後には革靴が土を踏みしめていた。同時にランもふわりと切れた腕を飛ばし傷口に貼り付ける。
「やはり、祝福持ち同士の戦いは不毛だな。致命傷という概念がない」
「あぁ。さっさとルーザーを引き渡せ」
「断る。お前の最初の奇襲、それにアレが居ることが気に食わん」
沼ノ守の視線の先には眼帯の奥に目をはめ直すバードンが居た。視線に気が付いたバードンがにやりと笑う。なにか企んでいるようなその表情に沼ノ守が露骨に嫌そうな顔をした。
ダクは常識離れした戦闘を物陰から隠れて見つめていた。
「あれが祝福同士の戦い......」
あんなのをドレイクは相手にしていたのだと知り、ダクは自分との次元の違いを感じていた。四肢がもげようが、治せるから何の問題も無いという人間離れした考え方に化け物じみた狂気を感じた。
ダクは深呼吸して自分に何が出来るかを考える。
誰かが扉を開ける音がしたのでそちらを見ると不安そうな顔で立ち尽くすソレイユとその足を掴む男の子の姿が見えた。迷っている暇はないとダクは心を奮い立たせる。
「孤児たちを連れて奥の部屋へ! 団長も今は奥の部屋でゆっくりしていてくれ! 防衛は俺達だけで行う!」
「は、はい!」
指示を飛ばされたソレイユは男の子を抱え、後ろに居る孤児たちに呼びかける。そして奥の部屋と孤児たちの間を往復しあっという間に孤児を部屋に入れてしまう。ドレイクはあまり納得がいっていないようだったがソレイユに背中を押されて部屋に入る。
「孤児たちがパニックにならないように隣に居てあげて」
「はい!」
閉じる扉の隙間から孤児たちの手をぎゅっと握りにっこりと笑う彼女の姿が見えた。ダクは扉が閉まったのを確認してハタヤに目線を送る。
「どうやったらここを切り抜けられると思う?」
「そうだね......理想としては全員を戦闘不能に出来れば良いんだが、ドレイク団長が居ない今、指近衛を倒すことは多分不可能だ。そしてあの飛行する眼球から考えるに骨組もここに来ている。つまり鬼殺しの沼はもう包囲されている可能性が高い。指近衛を足止めしつつ包囲網のどこかを突破するにしても今回は逃げるための足を用意できない。相手の馬を乗っとれればあるいは......」
「結局どうすれば良いんだ!」
しびれを切らしたようにナキが声を荒げる。ハタヤは考えを整えるように頭を何度かトントンと叩く。
「......沼ノ守が指近衛を相手している間に、自分たちは裏口から出る。包囲しているであろう指近衛の一角にナキがシュートを打ち込んだ瞬間に俺とダク君で沼を突っ切る。そして素早くその場を制圧して全員で次の目的地に向かう。それが一番可能性がある」
「制圧する前に眼帯やら他のやつらが集まってきたらどうする?」
「......集まってくる前にやるしかない。元よりこんなところまで骨組が追ってくるのは想定外だったんだ。ここを包囲出来る数のギフテッドを引き連れてきたんだとしたら、今の王都はがら空きだぞ? そこまでして自分たちに執着するとは思っていなかった。どうしてだ? 何がやつらをそこまでさせる?」
「そんなことはどうでもいい! 私のシュートのチャージにはもう少しかかる。時間稼ぎをしてくれ!」
再び頭を抱えるハタヤにナキが喝を飛ばす。ハタヤはその意見に首を振る。
「これは奇襲作戦だ。俺たちがどこにいるか分からないことが大前提。だから外に出て時間稼ぎをすることは出来ない。ただ、相手もむやみにここには攻撃できない。不可侵条約がある以上、孤児や施設に危害を加えることは出来ないからね。まぁ、もう一発ぶち込まれてるんだけども......あれは目の索敵ありきの攻撃と思えば......」
ハタヤの声を聴きながら裏口の方をちらりと見る。その光景を見て、自分たちの認識が甘さを突きつけられる。
外には三人のギフテッド、白い服に袖にはひし形の紋章。その視線の先には赤い長髪がわずかに見えた。壁際に追い詰められている。刀身はすでに抜かれている。
迷っている暇はない。
「すまない!」
「ダク君!?」
すでに包囲網は鬼殺しの沼の外ではなく中に敷かれていた。孤児に手をあげることすらもためらう様子はない。
不可侵条約は破られたのだ。
「くそっ!」
ダクは裏口の扉を蹴飛ばし、勢いよく外に出る。視線が一斉にあつまり、剣の切っ先が向けられる。赤髪の少女が涙目でこちらを見る。
「アスター!!」
向けられた剣の刀身に呪いを込めた拳を叩きつける。一発で曲がってしまったその刀を見て、刀の持ち主である骨組の女は目を見開いた。次の瞬間、ダクは懐に入り容赦なく拳を叩きこむ。倒れ込む女を見た骨組は目の前にいる少年が例の唯一王の兄だということを一瞬で理解し剣を構えなおす。
ダクはアスターと骨組の間に割って入り、アスターをかばいながら拳を構えた。
「大人しく投降しろ」
「断る」
準備は整わぬまま、戦いの火ぶたは切って落とされた。
三の祝福 飽食の祝福
食物を食べなくても生きられるようになる。体が栄養を使って生きるという発想から栄養があるから体が出来るという考え方になり、栄養がある限りは回復するので驚異的な生命力を持つ。治癒能力は向上するが身体能力が向上するわけでもないし、老化を防ぐことも出来ない。
著:リブリース=ウルライト『持影大全』より