18話 因縁
「その棒、持影が残ってるんですよ。恐ろしいことですが」
恐ろしいという言葉に反して眼帯は不気味に笑っている。この男が何を考えているのかは分からないが、これが末恐ろしい事実であることは分かる。
「通常、物が持影を纏い続けることはない。持影は核──真影から湧き出るものであって、真影が無ければ持影を纏い続けることはできない。そして真影は人間や魔獣のようなものにしかない。特殊な例として石神やこの大地、そして王の祝福を宿したとされる宝具があるとされている」
「呪いの物を入れると鬼殺しの沼もありましょう」
「あれは300年前にあったとされる魔獣抗戦の際に出来た魔獣の死骸の溜まり場だろう。なんらおかしな話ではないと思うが?」
「人間の死体が持影を持ち続けないことを考えると、魔獣の死体も持影を持ち続けないと考えるのが妥当では」
「......それもそうか」
であるならばなおさらあのルーザーが作り出したこの棒は特異的だ。聞く話によるとあのルーザーが一瞬触れただけでこの棒は持影を持ったとされている。そんなことは自分にだって出来ない。
眼帯は目をギラりと光らせて静かに言う。
「私が思うに、これが一の呪いの正体ではないかと」
「それは無いだろう。一の祝福は不老不死だ。それに対するものがこれであるというのは考えにくい。祝福と呪いは常に対になっているからな」
「しかし、唯一王は宝具を作り出しています。他のギフテッドには出来ないことです。この特異性も加味すればつじつまが合いましょう」
「なら、お前は王が不老不死であることについてどう説明する? あのルーザーだって一度死んで蘇っているのだ。不老不死の対と言えなくもないだろう」
「それは......」
バードンは口をつぐむ。あまり確信できないことは人にいうものではない。それにルーザーごときの呪いが何であれ、どうでもいい。だがこの事実だけは見逃すことは出来ない。
「ルーザーの一の呪いが何であれ、物に呪いを付与できるという事実はある一つの解を導く。ルーザーが呪いの宝具を生み出してしまうという可能性だ」
「ですな。もしかしたら王政を覆す切り札になってしまうかもしれませぬ」
「いや、それはない」
バードンの発言にふつりと苛立ちが募り、俺は強く否定する。
「たとえルーザーが呪いの宝具を生み出したところで、扱う人間がルーザーであればどうせ大したことはない。やつらは祝福で体を強化するどころか呪いで体が弱っている。俺たちがルーザーに出し抜かれることなどあるはずがない」
強く否定をしたものの、心中ではずきりと何かが胸を刺した。あの時の少年の拳が眼前に迫るのを幻視した。自分の目の前を岩がふさぎ、意識を封じ込めるのを幻視した。
槍を握る。
もしかしたらあのルーザーが自分の脅威になってしまうかもしれないと思ってしまった自分に苛立った。ルーザーごときが? 俺に? あの時は不意打ちだったから当たっただけだ。次は絶対にそんなことは起こり得ない。はずだ。
「指近衛さん」
バードンが語り掛ける。まるで悪魔のささやきのようにぞっとする声で。
「我ら骨組もあなたにお供いたしましょう。いくら指近衛とは言えあの鬼殺しの沼でルーザーどもを殺すのは荷が重いでしょう。沼ノ守を相手にしながらレジスタンスも一人で相手にすることは難しいと思われます」
その申し出を断ろうとしたが、口が動かなかった。
「私共も一緒に行けば、鬼殺しの沼に包囲網を敷くことが出来ます。地下通路のような逃げ場がないこの場所であればレジスタンスを一網打尽にすることが出来るでしょうな」
確かにそうだ。それは正しい意見だ。だが、その申し出は同時に俺一人では出来ないことがあると肯定することになる気がする。
しかし、それでもやらなければならないことがあるとするならば──
「......なぜ、お前たちが俺の手助けをする。目的は何だ?」
「いや、この国の治安を維持するためにルーザーは排除すべき存在ですから。それにあの少年には一度こっぴどくやられてましてね。個人的な恨みというのもあります」
「......そうか」
俺はその場所を後にする。骨組の連中が後ろを付いてくるのが分かった。俺はそれを払いのけなかった。
「まぁ、個人的な恨みには別の物もあるんですがね」
バードンが何かぼそりと呟いた気がした。
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ダクはドレイクに促されて居間の椅子に座る。
「あの部屋の中にある物。彼女らはそれがただの偶像だと思っている。だからその偶像を通して大地を感じ、大地に祈りをささげている。でも俺は彼女の本当の姿を知っている」
ドレイクは手に持ったペンを机の上に置く。
「彼女はこのペンの持ち主だ。そして俺の育ての親でもある。そしてあの沼ノ守の伴侶でもあった」
ダクは頭に?を浮かべる。偶像? 彼女? 親? 伴侶? あの部屋の中に人が居るのか? でもアスターたちはそれが人だとは思っていない? ドレイクの口から発された言葉の数々はおよそダクの常識では図ることが出来なかった。
ドレイクはペンを見つめながらほのかに笑った。ダクはその優しい笑みに驚く。彼のそんな顔を見たことが無かったからだ。
「彼女はおよそ聖母のような人だった。暗闇にある道をほのかに照らすランタンのような、そんな人だった。彼女はここの孤児みんなから慕われていて、それは俺も例外じゃなかった」
「それはつまり......」
「そうだ。俺は数十年前、ここで彼女に育てられた。親に捨てられた俺たちは王都を彷徨っているうちに沼ノ守に拾われた。それから彼女が今の姿になって、俺が誓いを立てるまでオルファネージで彼女と時を過ごしていた」
ダクはごくりと息を呑む。
「今の姿、というのは?」
「彼女は死んだ。沼ノ守とこの場所を守るために自ら盾となってな。」
「ということはあの部屋にあるのは......」
ドレイクは首を横に振る。
「あの部屋に彼女の死体はない。ある理由によって死体は失われた。だが、彼女そのものとも呼べるものならある。沼ノ守はそれを利用して彼女を──」
ガチャリと扉が開いた。
「その内容は他人に話す内容ではあるまい。ドレイク」
立っていたのは沼ノ守だった。鋭い目でドレイクを睨みつけている。
「あなたのしたいことが自分の思っている通りなら、ダクは他人では無いでしょう」
沈黙が広がる。
ドレイクもまた沼ノ守を睨みつけ、二人の視線がぶつかり合い火花を散らす。その浅からぬ因縁の片鱗を垣間見たダクはそのぶつかり合いから視線を逸らした。
ふと窓の外を見て、目が合った。
しかしそれは驚くことに持ち主のいない目玉だった。単体のみで宙に浮いている。
「め、目玉!?」
その言葉に二人が瞬時に反応してダクの視線の方を向く。
「伏せろ!」
ドレイクがダクの後頭部を抑え、椅子から引きずり落とし、沼ノ守は手元にあったコップを眼球に投げつける。
次の瞬間、眩い光がオルファネージを貫いた。
お母さん
私は日に3回、お母さんに祈りを捧げている。自分を育ててくれたお母さんに感謝を込めて。
でもお母さんに祈りを捧げる度に自分の心の何かを捧げているような気がする。それが何かは私には分からない。
ある少女の覚書