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14話 レービィ

 逃げてきた彼らは馬を荷台につなぎ直していた。馬から降りたソレイユはダクの体を抱き上げて馬車の荷台に乗せた。ダクはピクリとも動かずところどころ体を黒く変色させていた。


「これ、大丈夫ですかね......?」


「さぁね。そのうち起きるんじゃない? 百年後とかかもしれないけど。それより今気にするべきは......」


 ハタヤはドレイクの方をチラリと見る。ドレイクは体中から血を流しながら荷台の背もたれにもたれかかっていた。静かに息を整えて流血を抑えようとしているのがとても痛々しい。そして何よりその右腕。肩から先がなくなっており、焼けただれた断面からは流血すら流れていない。肩から首にかけて血流が滞っているのか青く大きく腫れていた。ソレイユはシスター服の裾を破り傷口を抑えるが、とても覆うことのできない大きさの傷だった。


「いけない、これじゃ......」


 ソレイユの顔がサァッと青ざめる。ハタヤは落ち着いた様子でポケットの中に手を突っ込んだ。


「大丈夫。こういう時に頼りになる奴がいるんだ」


 取り出したのはお金だった。しかも相当な金額である。それを荷台の床に置くとハタヤはパンパンと神頼みでもするように手拍子をして拝んだ。ソレイユは怪訝そうな顔でその姿を見る。


「かしこみかしこみ申し上げます! レービィさま! 癒しの力を我らにお与えください!」


 ガタガタッと荷台に乗せられていた壺が揺れて、その中から小柄な女の子が顔を覗かせた。よいしょ、と言いながら体を壺の中から出したかと思うと、壺の中から小さなかばんを取り出す。


「大仰な呼び方、禁止」


「ほえっ!? はわわわわ......」


 ソレイユは驚きの光景に腰を抜かしてガタンと後ろに倒れる。まさか壺の中にそんな小さな女の子が潜んでいたとはつゆ知らず、不意を突かれてしまったのだ。


「えっと......ど、どなたですか? それにずっとこんなところの中に居たんですか!?」


「レービィ、医者。金、怪我人、それさえあればどこでも来る」


「ちなみにこの子がどこから来るのかは良く分からない。この世界の七不思議と言ってもいいかもね」


 ソレイユの空いた口がふさがらなくなる。色々と言いたいことはあったが、とりあえず今気にするべきことが口から出てきた。


「お医者様......ですか?」


 ソレイユはまじまじと女の子の体を見つめる。低身長な彼女よりもさらに小さく、口元を覆い隠すマフラーは不気味さを演出し、睨むような細い目は医者の持つ慈愛の精神を感じさせない。ソレイユはその姿に医者の片鱗を見いだせないようで子首を傾げた。


「始める」


 レービィはぼそりと一言そう言ってかばんの中から消毒液と針を取り出した。ドレイクの体に消毒液を塗り、傷口をじっくりと見つめる。糸も通っていない針でおもむろに傷口を刺したかと思うと、傷口から異物を取り出すように器用に針を動かした。だが、何も取り出せている様子はない。レービィは何度か同じような行為を繰り返すと針を置いた。


「あの......これは何を?」


「あぁ、そっか。君は持影持ってないから呪いが見えないのか。あれは切れた呪いの血管みたいなものを繋いでいるらしいよ。繋影って技術らしい。俺も切れた部分から溢れてる呪いが見えることには見えるけど、あんなふうにはっきり見えてるのは才能だろうね。だから詳しいことは分からない」


「呪いにも血管があるんですか?」


「人によって形、違う。糸、紙、水、色々。見て、繋ぐ。呪い、つながないと、すぐ腐る」


 確かに十の呪いのなかには体を腐らせる効果もあることをソレイユは身をもって知っている。小さな傷口でもすぐに膿になったり、取り返しのつかないことになったりする。

 レービィは傷口の処置を手早く終えてドレイクを包帯でぐるぐる巻きにした。そしてハタヤやナキの体にも軽く処置を加えて、次の患者の方を向く。


「これは......」


 レービィがピタリと止まった。その目線の先に居るのは昏睡したダクだった。その黒色に変色した肌をじっと見つめている。


「呪い、はみ出てる......? 違う。変色していない所も呪い? これ誰?」


「ダク様。唯一王の弟、歴史上の人物さ」


 レービィは信じられないというように目を丸くする。ずっと死んでいたと思われていた人間だ。迷信交じりに生き返ると噂されていたにしても、実際に生き返った人間がいるなんて信じられないだろう。医者という立場なら尚更である。

 レービィはダクの体に触れ、独り言を言いながら念入りに分析をし始めた。


「そいつの体は特殊だ。生き返ったこともそうだが、私達が受けているような呪いの効果もあまり受けていないし、上位の呪いですら和らげることが出来ている。鍛錬によってそれが成し遂げられた前例はない。もっと違う何かを感じる」


 ナキがダクの特徴を吐露する。その言葉を耳に入れながらレービィは針でつんつんと肌をつついたり黒い部分の臭いを嗅いだりしていた。上半身の服はすでに脱がせていたが、今度はズボンを下ろそうとしたのでソレイユは慌てて止めに入る。


「な、なにやってるんですか!?」


「医療行為」


「違いますよね!? ただの好奇心でしたよね!?」


「むぅ」


 しぶしぶダクのズボンから手を離す。

 それからまた少し時間が経ってようやくレービィはダクの体から離れた。そして長時間にわたる分析の結果を報告する。


「ダク、全身、呪い。体、呪いで出来てる」


「つまり......どういうことだ?」


「普通、呪い、体の一部通ってる。ダク、呪いだけ」


 つたない説明はそれからも少し続いた。ソレイユはそれらをつなぎ合わせる。

 つまり、普通の体は血管の中を血液が流れるように血液は体の一部でしかないが、ダクの場合は血液のみで体が出来ている、ということであるとソレイユは解釈した。それが500年眠ったから起きたものなのか、呪いを全種コンプリートしているからなのかは分からない。あるいは──


「これが一の呪い......」


「それは考えにくいのでは? 一の祝福は不老不死だろう?」


「いや、それもはっきりしたことじゃない。なにせ一の祝福を持っているのは唯一王しか居ないんだ。複数の人間の共通点を見なければ特定することは出来ないはずだよ」


 ソレイユのこぼした独り言にナキとハタヤが否定をかぶせる。ソレイユは自分の意見が跳ねのけられたことが少し悲しいという風にへの字に口を曲げてダクを見た。いまだにダクは動き出す様子もない。

 結局話し合いの結果、500年寝ているうちに呪いが体になじんで一体化したのだろうという風な結論に至った。


「じゃあ僕は寝ようかな。今日は疲れたし」


「......」


 ハタヤは傍らにあった毛布を取り横になる。ナキはうずくまって体を抱えながらすでに寝息を立てていた。レービィは無言で壺の中に戻った。

 ソレイユは明るくなる景色の中、馬が闊歩する音と荷台が軋む音を聞きながらダクを見つめる。まるで死んでいるみたいだと思いながら彼女はダクの隣に座った。

創世記 序章


大地に風が吹いた時、そこには鋼の一族と岩と霧があった。


大地経典より

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