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13話 撤退

 砂煙の向こうから感じる呪いに若い男は初めて危機感を覚えた。自分の周りを飛ぶハエに不快感を感じることはあっても命の危険を感じることはない。男は額がサァッと冷えてから冷や汗が噴き出したことに気が付いた。すでに槍の間合いよりも内側に入られている。そう直感する。

 黒い閃光が砂煙を走る。壁の穴から吹く風が砂煙をさらい、ダクと男の目線が合った。男の驚愕が憎悪へと変わる。ダクの拳に迷いはなかった。拳を強く握りしめると同時に稲妻が拳へと収束し、禍々しい焔となって拳を包み込んだ。


「エミットォォォォォオオオオオ!!!!」


「──ッ絶影(ぜつえい)!!」


 男は槍を片手に持ち替え、空いた方の手から金色の膜を空間に解き放った。それはダクの拳を包み込み、男に当たる寸前で拳をピタリと止めた。男は憎悪に歪んだ眉を少し和らげて得意げに話し出す。


「絶影に呪いは通らない。細かく編み込まれた布の繊維に祝福を流すことで、相手の攻撃を受け止め、その名の通り持影を拒絶する」


 男はにやりと笑った。

 一瞬見せてしまった動揺を隠すために男は言葉に言葉を重ねる。


「残念だったな、不意を衝けなくて。貴様らルーザーごときの攻撃が当たったところでどうにかなるとは思えないが、それでもお前らの唯一の勝ち筋は俺の不意を衝くことだった」


 自分の持つ絶対的な力を再確認しながら余裕を振り撒くその姿には、若干の焦りのようなものが見え隠れしていた。そして改めてダクの瞳を見てその余裕さが明確な不安に変わる。

 ダクの瞳はまだ生きていた。

 男は絶影への出力を強める。拳が絶影と接触し、じりじりと火花を散らす。まるでつばぜり合いのような静かな激しさが燻っていた。そのただならぬ雰囲気に男は冷静さを欠いていた。故にダクがソレイユが支える肩にギュッと力を加えたのに男は気が付かなかった。


 次の瞬間、ソレイユが男の足に飛びついた。あまりに唐突な行動に一瞬反応が遅れる。そして慌ててその足を振りほどこうと意識を向ける。

 隙が生じた。


 ダクは拳の呪いを一点に集中させ、生じた一縷の隙から焼き切るように絶影を突き破る。


「しまっ――!!」


「らぁぁぁぁぁあああああああっ!!!!」


 腰の入った一撃は男の顎にクリーンヒットした。男の視界はぐらりと歪み、気絶に近い強烈な眠気が脳内を押さえつける。湧き出した祝福のおかげでなんとか意識は飲まれなかったが、足に力が入らない。膝をつく。


「今のうちに逃げるよ! 城外で馬を待たせてる!」


 ダクはすでに深い眠りの中に落ちていた。ソレイユは男の足から離れ、ダクが倒れる寸前で抱き留める。ハタヤはドレイクを背負い出口へと向かう。そんな姿を見ながら追うことが出来ない男はありったけの空気を肺の中に押し込み、叫ぶように言った。


「パンク!!! そいつらを逃がすなぁッ!!!!」


 ハタヤがその言葉を聞いてハッとしたように見張り台を見る。銀髪の女はしっかりとその姿を捕らえていた。次こそ仕留める。その鋭い瞳がそう物語っていた。


「こんどこそは、させない」


 ナキがその射線の間に割って入る。指先には濃厚な呪いの気配がすでに蓄えられていた。その目はいつの間にかまた光を取り戻していた。


「シュート!」


 二つの閃光が空間でバチンと触れあい、カッとエネルギーを放出した。黒い閃光はその圧倒的な光の前に一瞬で描き消えてしまうが、白い閃光にしっかりと爪痕を残していた。

 白い閃光の勢いは衰えなかったがその軌道は馬車の時よりもくっきりと曲がった。軌道の曲がった弾丸はハタヤの前方の地面をごっそりとえぐり取った。ハタヤはドレイクを背負っていたので、そのえぐり取られた地面を迂回して進む。女は再度祝福を指先に集めようとしていたが、放つにはまだ時間がかかるらしく歯がゆそうに見つめる。

 場外へと出て馬へ飛び乗った一行はそのまま王都の外を目指し一目散に走った。


「何とか......なりましたね」


 ハタヤが息切れしながらドレイクに話しかける。ドレイクは黙ったまま視線を合わせようとしなかった。

 沈黙が続く。


「えっと、これからどこへ行くんですか?」


 きまずい雰囲気を打開するようにソレイユがハタヤに聞いた。ハタヤがその問に答える前に口を開いたのはドレイクだった。


「鬼殺しの沼だ」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――


 最上階に空いた大穴はみるみるうちに塞がれてゆく。床に手を当てた男の手から伸びた祝福が瓦礫を吸い込み、パズルのピースをはめるように穴を埋めていく。そんな男の視線は王座で俯く少年に注がれていた。


「まさかあんな子供っぽい一面が見られるなんて......あっ! すいません! 何でもないッス!」


 少年はピクリとも動かない。傍らで少年の姿をいたわるようにじっと見つめていた女性が飄々とした男を睨みつけた。男は気まずそうに視線を逸らしながら自分の作業に専念する。

 その少年に一人の太った男が近づいてゆく。


「昔のことでも、思い出しましたか」


「......」


「しかし、あなたに子供のままで居てもらっては困るのです。子供のままでいられるほど、あなたの背負った責任も罪も軽くないのです」


「そう......だな」


 太った男は少年が感傷に浸ることを許さなかった。あまりにも容赦のない物言いに女が太った男を睨みつけるが、その容赦なく傷つける痛みが少年の心の中の大人を呼び覚ます。


「指示を」


「兄を追いかけて始末せよ」


 しっかりした声で指示を飛ばす。

 その言葉を聞いて太った男は後ろを振り返った。


「......キッド、行けるか」


「まぁ、この穴をふさぎ終わったらいけるッスけど──」


 そう言いかけた瞬間、地響きがして塔の上が傾いた。キッドと呼ばれた男は目を丸くして祝福を込める手にいっそう力を入れる。


「ムリみたいっスね」


 太った男はため息を吐き、今度は女の方を向く。


「ハート、お前も少しは外に出て働いたらどうだ?」


「私は王の一番近くでずっと王をお守りすると決めていますので。アブダ、あなたが行きなさい」


「俺は戦闘はからっきしなんだ。分かってるだろ?」


 となると、とアブダは呟いてあからさまに嫌そうな目をする。アブダが言い渋っているのを見てハートがその言葉の先を言う。


「ランに行かせるしかないですね」


「まぁ、槍の腕はまぁまぁだが......あいつはまだ若いからなぁ。色々影響されやすいところがある。人生経験だと思えば......悪くはないか」


 アブダはそう独り言を言いながら頭を掻いた。そして王に向き直り語り掛ける。


「やはりこの国家運営の人材不足は深刻です。直属の部下しか置かないなんてことをせずに、もう少しきちんとした組織運営をしてですね──」


「だから骨組も作っただろう。だが、目が届かない所では奴らも好き放題やっていると聞く。半端な人材は必要ない」


「好き放題やらせないためにも、しっかりとした『教育』をすべきなのではないですか? いかに重税が敷かれているとはいえ、この国が今も国家としての形を保ち続けていられるのかを国民一人一人が理解すれば、国民も今より大人しくなると思いますが」


 王はアブダから視線を逸らす。頭に兄の背中がちらりと映った。


「そういうのは......したくない」


 アブダははぁ、とため息を吐いた。そして説得を諦める。


「それではとりあえずランに奴らを追いかけることを命じましょう。どうせ奴らが向かう所なんて決まっていますから」


「......鬼殺しの沼、か」


 王はその場所に思いを馳せながらため息を吐いた。

七の祝福 活溌(かっぱつ)の祝福


老化が遅くなり、老いによる影響も受けにくくなる。人によって個人差はあるが、老化が進む速度は三分の一程度になるとされている。この祝福のおかげで百年を超える歳であってもまだ若々しい見た目を保っている者もそう少なくはない。


著:リブリース=ウルライト『持影大全』より

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