12話 一緒に
さかのぼること半日ほど。眼帯にエミットを放ったダクが目を覚ます少し前、まだ陽の昇らない肌寒さの中でレジスタンスの三人が顔を合わせていた。ナキは腕組みをしたまま木に背中を預け、目を閉じたまま無言で会話に耳を傾け、ハタヤはドレイクの言葉を神妙な面持ちで聞いていた。
「作戦は今夜9時から。俺の役割は敵の足止め、お前たちの役割は宝物庫の破壊だ。ダクはアレで城の最上階へ送り込む。そのまま一時間待っても帰って来ないか他の指近衛が来た場合、宝物庫を破壊して宝具を奪取して逃げる。もしも帰って来たなら俺がどうにかして三分間、敵の足止めをする。その間に宝物庫を破壊して宝具を奪取しろ」
ドレイクは彼らに話しかけてはいるが目を合わせようとはしない。つまるところ彼らの意見は求めていない。
「各自、準備を済ませておけ」
それだけ言うとドレイクは小屋の中へと戻っていく。ハタヤは小屋の扉が完全にしまったのを確認してから大きくため息を吐いた。
「あれは絶対──」
「死ぬ気だろうな。団長は」
ハタヤが言いかけた言葉にナキが被せる。ナキは目を閉じたまま冷静にそう言った。
「どう思う? この作戦で本当に良いと思う?」
「私にだって命を賭けて成し遂げたいことはある。団長にとってはこの作戦がそれだったということだけだ」
「そうじゃない。これは団長かダク君のどちらかを必ず失う作戦だ。あの人がここで死んでいいと思っているか」
「......私達はレジスタンスであり団長と意思を共にする者だ。この作戦を拒否する資格はない」
微妙に論点からずれた答えにハタヤが頭を抱える。
その時、背後からガサガサという物音が聞こえた。ハタヤはハッとして物音の方を振り向き、懐の短剣に手をかける。しかしその姿を見て短剣から手を離した。
「シスターちゃん?」
「すみません。盗み聞きをするつもりはなかったんですけど......出るタイミングを見失ってしまって」
そこに立っていたのはソレイユだった。ハタヤは申し訳なさそうに首元を搔きながら頭を下げる。
「宵橋教会にはすまないことをしたね」
「いえ、あの後はあの眼帯の人もやる気が無くなったみたいで何人か骨組の人が残っているだけなのでそれは大丈夫なんですけど......」
ソレイユはアハハと乾いた笑いを発するも、暗い沈黙の中に消えてゆく。ソレイユの作り笑いもその雰囲気を和ませることは出来なかった。
ソレイユはぽつりと言葉をこぼす。
「ドレイクさんが死んでしまうって......」
「あぁ。多分、このままだとそうなってしまうだろうね。団長はどうにかして足止めするなんてあやふやな言い方はしない。そんな風に言う時、あの人は自分の命まで計算に入れる。多分、計算に入れたことを俺達に言いにくいんだと思う。無意識に言うことを避けているのかもしれないけど」
「団長のビジョンは信じられる。良くも、悪くも」
「じゃあもう助けられないんですか?」
ソレイユはハタヤの方を向いてか細い声で訊く。
「分からない。団長は三分間だけ時間を稼ぐと言った。だから三分間はどんなことがあってもきっと耐えるはずだ。ビジョンを間違うことがないならそこも信じられる。けれど、その間にどうにかできるかと言われると......」
「私達には宝物庫から宝具を奪取する役目がある。もしもそれが達成できなければ今回の作戦に価値はない」
ナキが甘い希望をばっさりと切り捨てる。
ソレイユは無言で俯いていたが、ふと頭にある人の影が浮かび顔を上げる。
「助けましょう。私は助けたいです」
ハタヤが目をぱちくりとさせる。ナキは閉じていた目を開いてソレイユの方を見た。
「いや、でも、俺達には宝具の奪取があるし──」
「団長はこの作戦に命を賭けている。」
「宝具の奪取なんて、貴重な人を一人失うことよりも重要なことではないと思います。それに人を見殺しにして得られる物でこの世界を今よりもっと良い物に出来ると思いますか?」
きりりとした瞳で二人を見据える。その瞳は理想に向かって突き進むあの少年の瞳そのものであった。
「......うん。そうだね。確かにそうだ。君の言うとおりだ」
「正気か? やっとここまで来たんだぞ?」
「失わなければ積み上げた物は無駄にはならない。何かを犠牲にして何かを得るようなやり方は唯一王のものと同じだ。俺たちはそんなやり方をしてはならないはずなんだ」
ハタヤの瞳にソレイユの意思が伝播する。ナキはまだその理論に納得していないようで小声で否定する。
「そもそもダクが戻ってこなかったらどうする」
「ダク様は必ず帰ってきます。根拠があるわけではありませんがそんな確信があります。ナキさんもどこかでそう思っているからそれを前提に話していたんでしょう?」
ソレイユには力強い確信があった。ナキはその瞳から目を逸らす。しかしそれでも見つめるその瞳にナキは応えざるを得なかった。
「......どうやって助ける」
「助けられるとすれば時間稼ぎの三分間をどうにか活用するしかない。でもそれには人が圧倒的に足りない。気を失ったダク君を連れて逃げるのに一人、もう一人が助けるために動くしかないけれど、あまり現実的とは言えない──」
「私も一緒に行きます」
ソレイユの言葉にハタヤとナキが目を丸くした。
「私がダク様を連れて走ります。それなら大丈夫ですよね?」
「えっと......」
「あっ! 大丈夫です! 私、力には自信があるので!」
ソレイユははにかんで腕に力コブを作る。そこには重労働で培われたしなやかで力強い筋肉があった。
ハタヤはその申し出に目を輝かせたが、冷静になってからすまないと告げる。
「俺たちはもう宵橋教会には戻れない。この作戦を終えたら追手から逃げるためにそのまま町から出なければならないんだ」
「構いません。もとよりそのつもりでここに来ました。私もあなたたちと一緒に行きます」
ハタヤはその覚悟に度肝を抜かれた。ナキは常識離れしたその決断力に驚きを通り越して少し笑っているようだった。
ハタヤは彼女を突き動かすその衝動の正体を尋ねる。
「分かった......けど......でも、何で?」
「それは──」
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ダクは呪いで出来た岩の棺桶を開けて小刻みな揺れを感じながら目を覚ます。腰のあたりをやわらかでしっかりとした腕にがっちりと掴まれていることに気づいたダクは自分を掴む少女の顔を見る。それがソレイユだったことは驚くべきことだったが、何も不思議には感じなかった。それよりも確認しなければならないことがあった。
「どれぐらい経った?」
「お、起きていたんですか!?」
「今、起きたところだ」
「......2分ほど......だと思います。今はドレイク団長が命がけで時間稼ぎをしているところだと思います。でもハタヤさんとナキさんが助けてくれると思います。時間を稼いでいる間に宝物庫に着けていた呪いの爆弾を塔に着け直しているはずです。どさくさに紛れてドレイク団長を連れ帰ると言っていました!」
ソレイユは心の中で彼らの無事を願う。ダクはそんな彼女に言う。
「行こう。ドレイク団長のところに。今さっきのエミットはセーブしてたからもう一発ぐらいなら撃てる」
ソレイユはその言葉にきらりと目を輝かせた。ソレイユは踵を返し、前よりも速いスピードで駆け出した。さながらパルクールのように障害物を避けながら塔へと向かう。
走りながらソレイユがポツリと言う。
「私、周りの誰も彼もが悪人に見えていたんです。ダク様にも悪人かどうかって聞きました。ダク様はその問いに自分は悪人かもしれないと答えました。あれから考えていたんです。良い人ってどんな人なんだろうって」
ソレイユの独り言をダクは黙って聞いていた。その少女の目はそれまでの彼女のものよりも輝いていて、それまでの彼女のものよりも彼女らしかった。
「そしたら気が付いたんです。私の思う良い人は自分が良いと思ったことをまっすぐ出来る人だって。最初、ダク様がおばあさんのルーザーを助けようとした時、私はその後のことを考えてしまって動けませんでした」
眼前の城壁を駆け上がり、高くジャンプして飛び越える。
「私もあなたのようになりたい。良いと思ったことが出来るような力と勇気が欲しい。だからあなたに着いて行くことにしました。今いる場所よりもあなたと一緒に居る方がなりたい自分に近づけると思うから」
塔の壁で爆弾が炸裂した。無数の爆弾から溢れ出した持影が塔の壁を蝕み、雲を衝く巨体を傾ける。
「行きます!」
崩れゆく瓦礫をひらりと躱して土埃を突っ切る。
「上手く立てない。肩を貸してくれ」
ダクは肩を支えられて地面に降り立ち、右手に呪いを宿す。これまでの比ではないほどの呪いが魂から溢れ出すのを感じていた。制御するのも難しい。
掻き分けた土煙の中から団長が姿を現した。その体は生きているのが奇跡だと思えるほどに傷ついていたが、まだ命の灯は消えていないようだった。
「行きましょう。一緒に」
それだけ言ってダクは周りを見渡す。強烈な祝福が漂うその場所へと狙いを定める。
土煙から相手の憎悪を宿した瞳がちらりと見えた。
拳を握りしめる。
「エミットォォォォォオオオオオ!!!!」
黒き拳が理不尽に楔を入れる。
宵橋教会
ルーザーが少しずつ増え差別され始めた500年前ほどからある古き教会。呪いの持つ人の支援及び孤児の引き取り、ギフターとの仲介を行っている。ギフターとルーザーにとって中立的な立場を演じることによってルーザーにとっての行きやすい世界にしようとしている慈善団体。差別を受けている人を見て痛ましく思った個々人が集まり各地で細々と運営されている。信仰対象は定義されていないが、いつの時代も現在の状況を変え得るものに集まっていた。
ある男の手記より