114話 未練なくとも
「気が済んだか?」
俺は地面に寝転がって涙を流している沼ノ守に訊ねた。
俺はシャルの意識と沼ノ守を直接合わせた。そうすれば沼ノ守の執着を晴らすことができると思ったからだ。前にシャルと会った時、シャルは今に満足していると言った。シャルの満足している姿を直接見れば、沼ノ守も彼女を助けることを諦めると思った。
彼の姿を見るに成功したようだ。
「......もう生に目的も未練もない。殺してくれ」
沼ノ守は天井をぼうっと見つめながらぽつりと言った。
目的もなく生きるにはあまりに長すぎる人生だったと思う。彼が生きるにはその目的に心血を注ぐ必要があったのかもしれない。
その執念も今はもう無い。
死にたいと思うのも分かる。だが──
「お前にはまだやるべきことがある。だから今ここで死んではいけない」
「俺がやるべきこと?」
俺は沼ノ守の反応に、黙って指をさす。指差した先には孤児たちが居た。
沼ノ守には、孤児たちを養う義務がある。
だがそれを見た沼ノ守はあざ笑うようにふっと笑った。
「......俺がなぜ孤児を養っていたか知っているだろう。俺はシャルを生き返らせるため、孤児を利用して祝福を集めていた。その目的が無くなったら、孤児は用済みだ」
「お前にとってはそうだろうな。だが孤児たちにとっては違う」
俺は孤児たちの方を見る。その会話を聞いていた孤児の一人が駆け寄ってくる。4、5歳だろうか。トタトタとおぼつかない足取りで沼ノ守に近づき、そのままぎゅっと抱き着いた。
孤児は沼ノ守の腹に顔をうずめていたが、今度は顔を上げ俺たちの方をにらみつけた。
孤児にとって俺たちはオルファネージを壊した張本人だ。セイに至っては、沼ノ守から祝福の力まで取り上げている。恨まれても仕方がない。
沼ノ守は孤児がセイに敵意の視線を向けないよう、目にそっと手を当てて抱きしめた。
「......俺はもう唯一王から特権をもらえない。ここでやっていくことは難しいだろう」
沼ノ守は指近衛とも対等に戦えるその拳で、オルファネージを守り抜いてきた。この辺境でも活動を行うことができたのは力で勝ち取った特権があったからだ。彼は特権を駆使して王都から物資を手に入れていた。
セイは沼ノ守の言葉に返答する。
「確かに唯一王は誰かに特権をあげることを良しとしないでしょう。ですが、新たにこの国の王になる者は別です。彼なら子供には惜しみなく物資を与えます」
セイはまるで他人事のように自分のことを唯一王と呼び、アブダのことを評価した。そしてキッドに目配せをした。キッドはその意図を察して地面に手を着く。オルファネージがあった場所を見て祝福を籠めると、みるみるうちに土壁が出来上がり、あっという間に建物が出来上がった。
「アブダと掛け合えばもしかしたら物資ももらえるかもしれませんよ。もう僕はそれを止めません。だって僕はもう王ではありませんから」
セイは王でないという部分を強調して言った。だが、彼の表情はまだ複雑だった。
「アブダと掛け合うのであれば私もその時は同行しよう。その方が交渉もうまくいくだろう」
どこからともなくそんな言葉が聞こえてきた。
その声の主は意外な人物だった。
「パンク......!?」
その女性は指近衛の一人、パンクだった。長い銀髪の髪をたなびかせながらこちらに向かってくる。
パンクは指近衛として黄泉の塔に侵入する者を監視し、必要とあればシュートを応用した超火力砲で敵を打ち抜く黄泉の塔の真の門番である。だが、その正体はレジスタンスの内通者であり、ドレイクと少なからず縁がある人物である。アブダが唯一王を裏切った際に同時に彼を裏切った者の一人であり、王都に残っていたはずだが、なぜ彼女がこの場所に居るんだろう。
パンクは俺が不思議そうにしているのを見て口を開く。
「あの場所でなら正しい政治が行えると思ったが、それが今のアブダには不可能だと悟った。だから諦めてここに来た。それだけだ。ここでしばらく育ててもらった恩を返そうと思っている。その方が建設的だからな」
パンクは疑問の声を挟ませないように一息にそう言い切った。
王都の状態はどうなっているのかという疑問がふと頭をよぎったが、目の前では別の問題が発生しようとしていた。
「パンク......よくもノコノコ私たちの前に現れることができたな!」
そう言って問答無用で剣を抜こうとしていたのはハートだった。
「御館様から王の座を奪っておいて無責任にもほどがある! 出来なかったらすぐ辞めるなんてそうそうして良いものではない! 万死に値する!!!」
一触即発。俺は何が起きても良いように牙に手をかけた。
戦いの火ぶたが切って落とされようとしていたその時──
「そいつの言うことも一理あるぜ」
パンクの後ろから誰かの声がした。
「俺もアブダと会ったが、あんなチンケなやつに王が務まるわけがねぇ。何も出来るわけがねぇよ。ほっといても一緒だ」
そう発言したのはリバーだった。俺と一緒に金帝と戦って負けて、囚われたのち隙を見て逃げたのは聞いていたが、まさかそのあとアブダと会っていたとは。
リバーは唯一王にずずいとよって話しかける。
「なぁ、今から王都に行ってあいつ倒そうぜ。そんで王になろう。今ならだれでも王になれるぜ。もちろん御館様以外のやつがなったら俺がぶっ潰すけどよ」
リバーはニヤと笑いながら言った。下卑た笑みの中に狂気をはらんでいる。確かリバーは唯一王のことしか自分よりも強いと認めていなかったんだったか。
セイは首を横に振った。
「僕はアブダと戦い、負けました。だから王座を譲ることにしたんです。そして僕はもう王座につく気はありません」
リバーはその言葉を聞き、無表情になった後、ニヤリと笑った。その笑みはセイの言葉をあざ笑うかのようだった。
「御館様が力を手にする限り、必ずまた王座につくことになる。必ずだ。運命が御館様を掴んで離さねぇ。あんたにはそれだけの力がある。だから逃れられねぇ。絶対、逃れられねぇんだよ」
セイがむっと眉をしかめると同時に、セイとリバーの交差する視線を大剣が斬った。
「それ以上の不敬は指近衛だろうと許さん」
「やる気か? お前とやるのも俺は構わねぇんだぜ?」
リバーはハートを睨みつけたが、ハートが動じないのを見てはぁとため息を吐き、威圧的な態度をやめた。
「だがそうなったら御館様はこれからどうする気なんだ? 金帝はダクが殺したし拳帝も御館様がやったんだろ? だったら残るは王都に居る教帝だけだろ? ほっといても今すぐどうこうなるわけじゃねぇけど、いずれぶち殺すなら今なんじゃねぇのか?」
そう尋ねられたセイは俺を見た。どうやら俺の意見を聞いてからどうするか決めようとしているらしい。
俺は答える。
「もっと排除しなければならない脅威がある」
俺が頭の中に浮かべていた光景は、あの沼の中で不気味に笑っていたお面の姿だった。
あの邪悪さの化身は今もどこかで生きている。だから俺は──
「魔獣の創造主、『魔王』を殺す」
三権
唯一王から権利を持つことを公的に許されている三人の人間のこと。拳帝、金帝、教帝の三人が居たが、現在権利を剥奪されていないのは教帝のみである。
メモ書きより




