110話 何者
「ソレイユが居ない?」
一体いつから居なかった?
あの時、眠っていた人たちの中には......
いや、いなかった。思い返してみたが、ソレイユを救い出した記憶はない!
てっきり全員救い出せたと思い込んでいた! 地中から引き上げていた時は無我夢中だったから、誰を助けて誰を助けていないかまで把握していなかった!! セイはもしかしたら眠っていないかもと思ったから気が付いたけれど、ソレイユのことまで頭が回らなかった。
セイが眠った人々を見渡しぼそりと呟く。
「あなたに着いてきていたあの娘ですか......あの場所は沼の中心でしたし、きっともう──」
「いや、違う!! そんなはずはない!!」
沼の中心という意味で言えばオルファネージの孤児だってそうだ!! あの孤児が助け出せたんだからソレイユだってきっと......!
でも、沼が動き始めたのは確かにあそこだ! もしかしたら......
いや、冷静さを失いかけている! 大事なのはそこじゃない! 早く助けなきゃダメだ!
どこだ?
どこだ!?
「落ち着いてください、兄さん」
セイが壁に手を触れる。
「手伝います」
セイは壁に触れた手に力を籠めると祝福を指先に集中させた。
五本の指から祝福の光が根のように延びて呪いの中を突き進んでいく。
「前方に祝福と呪いの乱れを感じます。おそらくあなたの探し人はそこにいるでしょう」
俺はセイの言った方に意識を向ける。呪いを伝って壁の中を探るが、意識のかけらは感じられない。
もしかして意識を失っているわけではないのか??
確かに意識を失っているわけではなくセイや俺と同じように意識と肉体を保ったままここにいるのだとしたら、自分が見つけられなかったのも理解できる。
理解できるが......
「早く行った方が良いのではないですか。大切な人なのでしょう」
セイに呼びかけられてハッと我に返る。
「ありがとう。恩に着る」
「これで貸し借りは無しですよ」
セイの無機質な声にコクリと頷きながら、壁にランタンを掲げる。壁が退いてできた道をまっすぐに進むとぼんやりと目の前が明るくなってきた。
たいまつのような明かり。
暗がりに見えるのは古い建物と少女──ソレイユの姿だった。
「ソレイユ!!!」
無反応。声は届かない。
腕を伸ばすがそれ以上前に進むことができない。壁に阻まれている!
「『陣』影!!......!?」
詠唱が途切れた!? これまでこんなことは無かった!!
何者かに阻まれている!?
この場で俺の詠唱を阻むことができる人間が居るとしたら──
「鬼殺しの沼の主......!」
俺は獣の剥製が飾られた部屋で、椅子に座った骸を思い出していた。
以前、鬼殺しの沼で俺に語り掛けた存在。石神に祝福を授けたとされる一の呪いの保持者。唯一王であるセイの前で唯一王の姿を形作り、『汝は器ではない』と教唆していた者。
「お前なのか......!?」
ソレイユの後ろに見える建物は旧オルファネージだった。そして若き日のドレイク、バードン、沼ノ守が立っていた。
地面から怪物が湧き出る。ソレイユの体の大きさを遥かにしのぐ図体の怪物。
ここまで見せられてピンときた。これはドレイク、バードン、沼ノ守の後々の人生を決定づけるシャルが死んだ日の再現だ。
そしてシャルの立ち位置に居るのがソレイユだ。
『汝、器デアルカ?』
「器......?」
その言葉に一瞬、息を吞む。
それは俺が初めてここに来た時に問いかけられた言葉だ。
どうしてソレイユが?
ソレイユは戸惑った様子で答えた。
「私は......ダク様の助けになると心に誓っております......ですので、私自身は器ではございません」
『汝、器二能ウ也。ソノ使命ヲ果タセ』
「使命? 使命とはいったい何ですか! 私に出来ることなんてダク様の進む道を共に歩むことぐらいでしょう!」
怪物はソレイユの前で姿を変えた。
その姿はみるみるうちに小さくなり、人間の大きさにまで縮むと、ある女の人を形作った。
その姿を見たソレイユは驚きで目を丸くした。
「お母様......!」
お母様と呼ばれた女はソレイユをじっと見つめたまま口を開く。
「ソノ使命ヲ果タシナサイ」
ソレイユは母親を見つめたまま、胸を押さえて息を荒げる。
そして母親を見つめていられなくなった彼女は目をそらしながら言った。
「私は......お母様に言われたことを守らず宵橋教会を離れました。ですがそれはその方がこの国がよりよくなると思って──!」
「ソノ、使命ヲ、果タシナサイ」
ソレイユはぎゅうっと胸を掴む。
そして顔を伏せながら苦しそうに言った。
「お母様が何を考えているのか......私にはわかりません......でも私の記憶の中にあったお母様は心優しく、気高く、私の手本となるお方でした」
ソレイユは上目遣いでその女を見た。
「お母様......本当に私にその器があるのでしょうか?」
女は微笑んだ。
ソレイユは手で顔を覆って涙を流した。お母様の言ったことを守らなかった自分を責めているのか、どうすればいいのかわからず戸惑っているのか、それは分からないが、一つだけ言えることがある。
女の笑顔は悪意に満ちていた。
「母親を騙ってソレイユをだますなよ。外道が」
俺は泣くソレイユを肩に抱き、女をにらみつけた。
女が笑った瞬間、この部屋の呪いに隙が生まれた。おそらくだまし切ったと思って気が緩んだのだろう。
「『陣影・世見逆原』」
霧と墓場の領域が部屋の半分を占め、残りの半分の化けの皮が剥がれる。
そこは獣の剥製がずらりと飾られた例の部屋で、目の前には椅子に座った骸が居た。
『汝ハ器、使命ヲ果タセ』
「......俺の想像していたこの沼の主は、魔獣抗戦の際に自分の命を賭して、魔獣の軍勢──牙から王都を守り抜いた自己犠牲の心を持つ優しい人だ。そんな人がこの国で頑張って王をやっていたセイを貶めたり、ソレイユに訳の分からない使命を押し付けるなんて考えられない」
そう、考えられない。
この目の前にたたずむ骸が牙から人々を守った人間だとは思えない。
で、あるならば。
もっと違う結論があるはずだ。
これまでに得られた情報を照らし合わせて考えれば、おのずとその考えにたどり着く。
「お前、この世界に魔獣を生み出した人間だろう」
剥製の目が一斉にぎょろりとこちらを向いた。
そしてうつろに揺れてそれらは地面に落ちた。
剥製の後ろから出てきたものに俺は苦笑いした。
それらはお面だった。
般若のお面に、ひょっとこのお面、おたふくのお面......現在では見なくなった昔風のお面がずらりと並んでいる。
そして骸もその顔を覆い隠すように仮面をつけていた。
魔獣は呪いで出来ている。
魔獣の死体は死んでも残る。
ここから考えられる一つの可能性。それが魔獣が一の呪いの持ち主によって作られているという可能性だった。
呪いを物質に具現化し、自由自在に動かすことが出来る一の呪いの成せる術。
それが魔獣の正体。
「何が目的だ、お前」
無題
魔獣が人間の作り出したものではないかと考え始めたのは石神が人間だったと分かった時だった。鬼殺しの沼が人間なのではないかと考えると同時に思い浮かんだ考えだった。だとすればアレも人間からできたものなのか?
メモ書きより




