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106話 覚悟なら出来ている

 馬車に揺られて鬼殺しの沼に向かう。


「順当にいけば目的地には唯一王が居るということになる」


「唯一王だけではありません。多分指近衛の方々もいくらか付いてきているでしょう」


「本当に覚悟はできているか?」


 セイが居るということは何が起こってもおかしくないということだ。戦闘が起これば俺たちはまず無事では済まないし、戦闘はまず間違いなく起こるだろう。


「......あぁ。覚悟ならとっくに出来ている」


 セイに「必ずまたここに戻ってくる」と会う約束をしたその時から、覚悟は決まっていた。

 でもあの時の覚悟とは違う。

 今の俺なら、あの時の質問に答えられる。


『あなたは僕に祝福を与えた時、一度でも僕を助けようと考えましたか?』


 その質問に答える覚悟が、俺にはもう出来ている。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――


 鬼殺しの沼にて......

 オルファネージはさながら事故現場のようであった。家具は壊れ、小物は散乱し、足の踏み場もないほどに割れた食器やガラスがまき散らされている。

 せっせとそれらを片付ける子供たちを横目に沼ノ守は昨日の出来事を思い返していた。


 昨日、突如として唯一王と指近衛が現れた。指近衛はハート、キッドを連れていた。

 すぐに臨戦態勢に入ったが、指近衛のハートと戦い、惨敗した。


『御館様の<<一番>>おそばで仕えているこの私に、貴様ごときが勝てるわけがないだろう』


 実際、俺は手も足も出なかった。唯一王が物理的に近くにいることもあって、持影係数で劣っていた。それだけならまだしも、彼女が腰から提げている剣は異様な輝きを帯びていた。おそらくあれが噂に聞く宝具というものだろう。オルファネージの中、鬼殺しの沼、使えるものは全て使ってハートと戦ったが、相手に傷一つことはできなかった。

 そして唯一王は不可侵条約の破棄を言いつけてきた。俺はその言葉に返事すらできない状態で、頭を地面に押し付けられた。


 沼ノ守はせっせとオルファネージの中を片付ける子供たちを見ていた。みな思い出の品の無残な姿を見ては心を痛めていた。中には泣き出す子供も居た。それだけ彼らがここの存在を大切に思っているということである。

 唯一王はオルファネージから特権を奪った。オルファネージという非営利団体の存在を国が公式に認め支援を受けるという特権である。しかし、オルファネージ自体をつぶすことはなかった。唯一王がオルファネージをつぶすことなく特権だけはく奪したのは、おそらく国として個人が特権を持つことを許していないという姿勢を示したかったからである。特権さえ与えられなければオルファネージの存在自体は黙認するということなのだろう。

 しかし、国からの支援が無ければオルファネージの経営は不可能だ。ここの卒業生からの支援があるとはいえ、それだけでは資金を賄うことはできない。近いうちにオルファネージの経営は困難となり、いずれ消滅する。


 この場所が作られたのは三百年前である。魔獣抗戦の際に防衛拠点として作られたのが始まりだった。結果、一人の男の手によって牙が食い止められ、この地に鬼殺しの沼が生まれることになる。以来、鬼殺しの沼が暴走した際に食い止めるための監視拠点としてこの施設は運用されることになる。

 沼ノ守は祝福の力で老化を防ぎながらおよそ三百年もの間、この場所で鬼殺しの沼を見張り続けてきた。

 孤児院として運用され、オルファネージという名前で呼ばれるようになったのはシャルがこの場所に孤児を連れてくるようになってからなので、約50年ほど前からになる。

 当時は子供に興味が無かった。シャルが死んでからはシャルを生き返らせたいという気持ちで孤児を引き取った。

 しかし今の沼ノ守には少しずつ孤児にも愛情が芽生え始めていた。シャルが遺してくれたものだからなのか、それとも単純に孤児の姿に心を惹かれたのかは分からなかった。しかし、この施設がつぶれ、孤児たちが居場所を失ってしまうということにどうしようもないやるせなさを感じていた。


 沼ノ守は外を見る。

 そこには地の果てを見ながら椅子に座り、優雅にお茶を飲む唯一王の姿があった。次に向かう場所のことを考えているのか、それとも遠き将来の国の姿について思いを馳せているのか、それは沼ノ守には分からなかった。

 しかし、彼はもうこの場所を見ていない。後ろから殺意を向ける沼ノ守の姿すら目に入っていない。存在を黙認するということは、その存在を見ないことに徹するということだ。だから唯一王はオルファネージの全てにもう関わらない姿勢を取っている。


 それではいけない。

 沼ノ守は決意する。

 今、この場でオルファネージの特権を奪い返さなければいけない。でなければ子供たちに未来はない。自分の野望も破綻する。

 この場で戦わなければならない。何を引き換えにしても勝たなければならない。


「唯一王」


「......」


「俺と一対一で戦ってくれないだろうか」


「何をバカなことを言う!! 私に負けたお前が御館様と戦うなんて出来るわけがないに決まっている!!」


 唯一王に真正面から頼み込むなんて馬鹿げている。沼ノ守自身もそう思っていたが、沼ノ守にはそれしかもう手段が残されていなかった。ハートはそんな沼ノ守を見て、唯一王に異物を近づけたくない一心で激怒した。


「それでお前は金輪際、私に歯向かわないと誓えるか?」


「御館様っ!?」


「あぁ。ここに誓おう。ただし俺が勝ったらこの施設を存続させると誓ってくれ」


「誓おう」


 ハートが驚く。唯一王がすっと立ちあがりこちらを振り返る。

 子供の姿とは思えない堂々たる立ち振る舞いと、目力の凄みに、長らく感じたことのない寒気を感じ、沼ノ守は小さく身震いをした。

 

「誓いはきっちりと果たしてもらう」


 横からハートが大剣を差し出した。それを唯一王は拒み、手ぶらで歩いていく。


 圧倒的な威圧感を感じる。

 しかし沼ノ守には勝算があった。


 三百年前の幼少期におぼろげながら見た光景。

 かつてこの場所で男が一人で強大な牙を食い止めた。男の体は牙を形成する数多の魔獣を吸い込んで、溶けて沼になった。

 あの力さえ発動することが出来れば、あの男に勝つことが出来るかもしれない。

 勝つことさえできれば、たとえ俺の体が沼になろうが灰になろうが構わない。唯一王が死んだとしても指近衛がかならず誓いをはたすだろう。唯一王が誓ったことを指近衛が尊重しないはずはない。


 シャルがあの時、覚悟したように。

 俺も覚悟なら出来ている。

 全てをここで失っても守りぬいて見せるという覚悟がここにある。


「『手足を縛りし』──」


 鬼殺しの沼で足を取られているうちに詠唱を完結させる。


 沼ノ守はそう企んでいた。

 だが、唯一王が沼に足を踏み入れた瞬間に状況が一変する。


 ズン

 と、

 地響きのような音がした。

 波紋が唯一王の足から広がった。

 波紋が沼に行き渡り、風にさざ波を立てていた沼がぴしりと動かなくなった。

 まるで時間でも止まったかのように。


「『その』、『枷を』、、、『外せ』──」 


 気が付けば眼前に迫っていた。

 こんなはずではなかったと、頭が真っ白になる。


「本当に金輪際歯向かわないんだな」


「......」


 その問いに沼ノ守は返すことが出来なかった。

 命がある限り、俺は諦めないだろう。そんな考えが沼ノ守の頭をよぎった。

 唯一王はそんな沼ノ守を見て、鋭く、五指を沼ノ守の体に突き立てた。


「お前から『祝福』をはく奪する」


 唯一王が沼ノ守から指を引き抜くとき、沼ノ守は自分の体から何かが抜け落ちるような感覚を感じた。

 それは沼ノ守の力の根源たるもので、祝福であるということには倒れてから気が付いた。


 倒れた体で沼ノ守は考えようとする。

 だが考えられない。

 頭が真っ白になっていた。

 何をすれば良いのか分からない。

 燃えるような反抗心が先ほどまであったはずなのに、唯一王に勝つ手段なんて存在しないだろうというある種の確信が自分の体を動けなくしていた。


 覚悟なら出来ていた。

 今も覚悟はある。

 なのに体は動かない。

 これが絶望なのだろうか。


 沼ノ守は突っ伏したままその場で敗北を受け入れた。

七の祝福 活溌の祝福


老化が遅くなり、老いによる影響も受けにくくなる。人によって個人差はあるが、老化が進む速度は三分の一程度になるとされている。


著:リブリース=ウルライト『持影大全』より

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