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104話 新たなる始まりに!

 アスターが来て一悶着終えると、お昼時がもうすぐそこまで来ていた。

 皆が食材の下ごしらえに苦心する中、ハタヤは鮮やかな手つきで豚肉を精肉していた。彼は横目でちらりとナキを見た。彼女は片手に包丁を持ったままおもむろにそれを振り上げると、どすんどすんと食材めがけて振り下ろす。勢いよく血が飛び散りハタヤの右半身を赤く染めた。

 ハタヤは口をへの字に曲げながら、ナキの手を持つ。


「包丁というのはね、軽く握って人差し指を添えるものなんだ。そして握ってない方の手で食材を持つんだよ。持ち方は猫のように指先を丸めて持つんだよ。そうしないと指を切り落としてしまうかもしれないからね」


 ナキはむすっとした顔でハタヤを見つめた。


「なんかお前に言われると腹が立つな」


「えぇ......」


 そんなことを言いながらもハタヤの言うことを聞いている。

 たどたどしい手つきで料理をしているところを見たリブリースが「かわいい」っとボソッと呟き、ナキの冷たい視線を浴びてそそくさと逃げた。


「そもそも料理を食べれもしない奴が私より料理ができるのが納得いかないんだが?」


「うぅ~ん......僕もなんで僕の方が上手いのか疑問に思ってるよ」


「腹立つ~~~」


 ナキはどすどすと雑に包丁を動かし、ハタヤは困ったように笑みをこぼしながらも手早く食材を切り分けていく。

 切り分けた食材は鍋に放り込み、水をひたひたになるまで足して煮込む。

 煮込んだ食材を取り出してスープと主彩に分けたあたりから、急にナキが得意げな顔をし始めた。


「どうしたの、そんなにうっきうきになって」


「私は食材の下ごしらえはほんのちょっと得意じゃないが、味付けだけには自信があるんだ」


「ほんとにぃ~~?」


 悪ノリするハタヤを肘でガンッと小突きながら調味料の棚へと手を伸ばす。塩や砂糖や香辛料の類に手を伸ばすとひとしきりにらめっこして、主菜に次々にかけていく。

 ハタヤはラスコとアリーシャを呼ぶ。彼らは恐る恐る手を伸ばす。自分の信用のなさに苛立ちと恥ずかしさを募らせたナキが早く早くと彼らの背を押した。彼らはぱくっと一口食べて、意外そうな顔をした。


「おいしい......」


「はい......思っていたよりもかなりおいしいです!! すごいですよ、ナキさん!!」


「だ、だろ!? そうだよな!! 味付けには自信があるんだよ、私は!!」


 アリーシャはナキの手を取ってぶんぶんと握手する。そこには疑って申し訳ないという気持ちも含まれていた。ナキはさっきまでの憂いはどこへやらといった感じに鼻高々に笑っている。

 だがラスコはまだ何か言いたげな様子であごに手を当てていた。


「おいしいです......でも、」


「でも?」


「その......アレが欲しくなりますね」


「アレ?」


 ラスコはもじもじとしながらそう言った。その言葉にリブリースが反応してペロリと味見する。そしてラスコと顔を見合わせて示し合わせたようにうんうんと頷いた。ナキは意味が分からないという風に戸惑っていた。

 リブリースはにやりと笑う。


「ナキちゃんの味付けのセンスは抜群さ。彼女には才能があるよ。どんな料理でもお酒のアテにしてしまう才能がね。つまるところ、食べれば食べるほどお酒が欲しくなってしまうんだよ」


 ナキはその言葉を聞いて愕然とし、自分で味見をしてその何とも言えないしょっぱさに、自分の喉が潤いを欲しているのを感じた。ナキは釈然としない顔をして匙を置いた。

 ハタヤはその表情を見ながらほくそ笑む。


「お酒飲めないのに酒の肴を作ることだけは上手いんだ」


「......それ以上何も言うんじゃない」


 しゅんとするナキの後ろから迫ってきていたのは皿の山だった。


「おあっ!?」


 ナキはびっくりして後ろにのけぞった。皿の山は厨房の上に置かれて、ようやくそれを運んできた主が姿を現す。


「皆さん、あともう少しです! 盛り付けも頑張りましょう!!」


「毎度思うけど、すごい怪力だね......」


「男の僕でも明らかに無理な量ですよ、それ......」


「鍛え方が違いますから!」


 ソレイユは筋肉もりもりという訳でもない普通の腕で、力こぶを作ってにこっと笑った。


 盛り付けも終わり皆が食卓に着く。


「おっと、いただきますの前に......」


「?」


 俺は席を立つ。そういえばまだ呼んでいない人がいた。

 俺は壺の前に幾ばくかのお金を添えて両手を合わせた。


「えっとなんだっけ......かしこみかしこみ?」


「ん。呼ばれて出てきた」


 リブリースは唖然とした表情でレービィを見た。誰も居ないと思っていた壺から少女が出てきたらそれは驚くだろう。


「何、直す?」


「一緒にご飯を食べよう。君も今回のことの功労者だしね」


「分かった」


 レービィは席に着く。急に呼び出されて食事をしようと誘われたのに何も動じていないのは、なんというか、彼女らしい。

 リブリースは気を取り直してグラスを掲げる。それにつられて皆グラスを持ったところでリブリースが口を開いた。


「皆、私のために食事会を開いてくれてありがとう。それでは乾杯」


「「「「「「乾杯」」」」」」


 俺はグラスを持ったまま、よし、と覚悟を決めた。

 ぐいっと飲む。

 それを見ていたリブリースが思わずおっ、と声を上げる。


 呪いを器の中に閉じ込めて出すべき呪いだけで体を構成する。そしてゆっくりと胃の中へと流し込む。じんわりと胃の中に液体が広がり、しみわたるのを感じた。ぺったんこになっていた胃を押し広げるように液体が入り、体が自分に欠けていたものを満たすように、それをはめ込んでいく。

 広がる多幸感。

 ああ、生きていてよかった。


「これが一の呪いの本質か。まさか本当に食事が食べられるようになっているとはね。驚いたよ」


「しっかりとした食事を食べるのはこれが初めてだ。食べられてよかった」


 ソレイユが隣から手をぎゅっと握ってくる。嬉しそうに笑みを浮かべていた。


「自分と他者の呪いを完全にコントロールする能力。不老不死の正体は呪いもしくは祝福のみで出来た体を能力によって動かすというものだったという訳だな。まさにすべての呪いを許容する『器の呪い』というわけだ」


「これを生きているというのかどうか分からないが、少なくとも俺は今、一番幸せだ」


「500年ぶりのまともな食事ですしね」


 ソレイユがにっこりと笑う。俺もつられて笑った。

 500年。あまりにも長い年月だ。自分が空腹だったことも忘れるぐらい長い年月......


「セイも幸せであってくれたらいいんだけどな」


 ぼそりとそんな言葉がこぼれた。

 リブリースがその言葉に反応する。


「そのことなんだが......唯一王は鬼殺しの沼に行って沼ノ守と交戦したらしい。結果は......明らかだな。唯一王は沼ノ守が骨組と交わした物資の供給や不可侵の掟を破棄させたそうだ」


「......それはほんとか? いや、聞くまでもないか......」


 オルファネージがどういう場所であれ、個人が権力を持つというのはこの国にとっての脅威だ。

 唯一王として、個人が不当な権力を持っているのなら潰すべきである。


 だが......

 俺はオルファネージという存在を残しておくことが決して悪いことだとは思っていない。

 あの施設は孤児たちを半分ルーザーにする代わりに大人になるまで育て上げていた。

 この世界には必要な仕組みだ。


 王として例外を許してはいけないというのは分かる。

 でもそのやり方に俺は文句があって──

 俺は......俺は──

 

「俺は......あいつに会いに行きたい。もう一度話し合いたい」


 しんと、静まり返った。リブリースがにやりと笑う。

 ソレイユは手を握って言った。


「それでは会いに行きましょう。あなたがそうしたいならそうするべきです」


 リブリースはグラスを掲げた。


「どうやらこの会は私の歓迎会であるというだけでなく、君たちの新たなる始まりを鼓舞する宴でもあるらしい。それなら皆グラスを掲げたまえ! 改めて祝わせてもらおう」


 机をこんこんと叩き、

 まくしたてる。

 ある者は笑って、ある者は困り顔で、グラスを掲げた。

 最後に自分が皆に見つめられながらグラスを掲げた。


「改めて、皆の新たなる始まりに!」


「「「「「「乾杯!!!」」」」」」

動乱期 三章


長は岩と契りを交わした。岩は二つの条件を提示し、代わりに鋼の一族に力を返した。これを長は『威王の契約』と名付けた。

長は提言をした一族のある者に罪を背負わせ、罪と共に再び力を取り戻し、大地を守るため礎となった。


大地経典より

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