103話 来訪者たち
昼前、その部屋の扉は突然に、勢いよく開かれた。
そして入ってきた人物はこちらから話しかける間もなく矢継ぎ早に言葉を紡いだ。
「やあやあ聞いたよ!金帝を倒したんだって!?さすが、君なら出来ると思っていたよ!!やると決めたからにはやる!本当に君は愚直...一直線で──おーっっっとナキちゃん元気してたかい!?怪我とかしていないかい!?あの銭ゲバゲス野郎とかに何かひどいことされていないかい!?それはそれで興味深いが...それはそれとしてこのリブリース=ウルライトを呼び出すなんて君も偉くなったものだねぇ!!ダク君!! おや......? 君たち何をしているんだい?」
べらべらと言いたいことを言って手近な席に座った彼女は、辺りを見渡してようやくほかの人たちが何やら作業をしているらしいということに気が付いた。
俺たちはそろってため息を吐いた。
「食事会の準備です」
俺がそう言うと、リブリースはあぁと言ってポンと膝を打った。
メイド長は気まずそうにぺこりと頭を下げた。
俺は金帝との戦いが終わると、すぐにリブリース邸に手紙を出した。これからの貴族領を支えていくために彼女の力が必要になると思ったからである。彼女は二つ返事でそれを承諾し、すぐさま手紙を返してリブリース邸を飛び出した。
......まさか手紙を出した次の日の朝にやってくるとは思っていなかったが。
「みんな慌ただしくやってるね~。感心感心」
「......そりゃ来るって言われたのは今日の朝方だからな」
リブリースは皆の恨みがましい視線から目をそらした。
目をそらした先には食材の山があった。
「これはすごいな。この非常時にこれだけの食材にはお目にかかれないぞ」
「すみません。作りすぎちゃって」
リブリースは声のした方を見て目を輝かせた。そこでは大地教の聖女アリーシャがラスコに傷の手当てを受けていた。
「作るのは簡単なのですが、量が思うように調節できなくて、ちょっとミスするとこうなっちゃうんです」
「素晴らしい練度の血継の祝福だね......さすがに大地教の聖女は私とは格が違う」
リブリースはその小さな体でアリーシャの手を取り、ねっとりと撫でた。
ラスコのじとりとした視線を感じてゆっくり手を離した。
食材に視線を戻す。
「それにしても、この量の食材なんてとても使いきれないだろう。売るなら買い手はいるだろうが、これだけの在庫を抱えていることが分かれば強盗に入られる可能性もある。一体どうするつもりだ?」
「安心せぇ。ワイが手ぇ打ってへんとでもおもっとんのか?」
「誰だこいつ」
「ハタヤの弟にして金帝の元参謀。非道のニックとはワイのことや!!」
「......なぁ、こいつ。本当に君らの仲間にするのか?」
リブリースがニックを指差しながらげっそりとした顔をした。
「そうだな」
「本当に遺憾ではあるがな!」
「正気ではないと思うけどね」
「自分で非道だって言って開き直っちゃってるし......」
「僕ならしませんね」
「ダク様がするというならそうするしかないでしょうね」
ニックに冷ややかな視線が注がれる。彼はふんとそっぽを向いた。
「ともかくもう手は打った!! もうすぐ来るはずや!!」
ニックがそう言い放つと同時にノックの音がする。
「想定通りやね」
「腹立つ~~~」
「おいっ!」
扉を開けるとそこには商会の皆が居た。俺が石になっていた時に行われた会議で出席していた三人だ。
三人は食材の山を見てギラギラと目を輝かせた。
「これは......素晴らしい」
「売ったらかなりの儲けになるで!!」
「金貨20...…いや、今の相場を考えればもっと──」
商会を通じて商人に渡し、商人から広く売らせることで客の集中を防ぐ。ただし、本来ならば競りで手に入れさせるところを定額で販売する。
「ワイは競りにした方がええと思うんやけどな。がっぽり儲けが手に入るで」
「その分苦しむのはここに住んでいる人たちだ。これ以上食べ物の価格は上げたくないからな」
「ケッ」
ニックが嘲るように笑った。リブリースはニックが座っている椅子をグイッと引いた。ニックは椅子から転げ落ちる。
リブリースに文句を言おうとした彼は、その冷た~いまなざしを見ておずおずと椅子をもとに戻した。
商会の三人は一通り金勘定すると入ってきた扉の方をちらりと見た。
まだだれかいるのか、と思っていると、見覚えのある赤髪の女の子が入ってきた。
「アスター!!」
「久しぶり。って言っても、そんなにあれから経ってないよね」
入ってきたのはオルファネージで育ったアスターだった。オルファネージから独り立ちした彼女は王都で確か雑貨屋に雇われていたはずだ。
「大丈夫か? 黄泉の塔が壊れて王都は只事じゃなかっただろ?」
「うん。雑貨屋は潰れて貴族領に逃げてきたよ」
「そうか......」
「でも心配しないで。実は今、商会に取り入って、雑務をさせてもらっているんだ。なんとか生きていけてるよ」
「ならよかったんだが......」
黄泉の塔が崩れてしまって彼女も大変だったらしい。心配しないで、とは言っているが、相当な苦労があったことは想像に難くない。
複雑な気分でうつむく俺に、商会の長であるプレーズが耳打ちする。
「大丈夫ですよ、彼女は」
「え?」
「彼女には商才があります。なにせ商会にきて最初に言った言葉が『私はレジスタンスと繋がりがある。雇ってくれなければその事実をレジスタンスに報告する』ですから。レジスタンスが交渉材料になると気づいて最初からそれを主張していました。彼女は強いです」
俺は目をぱちくりとさせた。
アスターは舌をだしてにやっと笑った。
本当に良い表情をするようになった。
不安がふっと消えた。
「そうだ。これから食事会をするんだが、よかったら食べていかないか?」
俺はアスターを誘うが、彼女は申し訳なさそうに首を振った。
「ごめん。こんなに商品があって、需要もあるときにのんびりしていられないよ。ここが踏ん張り時だからさ」
「そうか。引き留めてすまなかったな」
俺はふと、オルファネージでレジスタンスの一員にならないかと彼女を誘ったことを思い出した。
やはり俺は自分のやりたいことに従ってまっすぐ走る人を見るのが好きらしい。
彼女は俺の表情を見た後、俺の後ろを指差した。
「それに彼女にも悪いし」
振り向くと、ソレイユがこちらを見て、笑顔で額に青筋を立てていた。
あまりよろしくない状況かも──
ピンッ
「痛っ!」
肩を指で弾かれて振り向き──
チュッと
頬に温かく柔らかい感触が触れ──
「じゃあまた、どこかで!」
風のように去っていた。
ぼぉっと彼女の出て行った後を見つめていたら、後ろから殺気を感じた。急いで我に返る。
「やること、まだ結構残ってますから、きちんと、手を動かしてください」
「あの~~、私共も何かお手伝いいたしましょうか......?」
「いえいえ。お客様にお手伝いしてもらうわけにはいきませんので」
商会の皆が気まずそうに顔を合わせた。
「じゃあ......帰りましょうか」
「......せやな。夫婦喧嘩は犬も食わへん」
「余計だぞ、ガルラ」
「......今のは悪かった」
商会の皆がそそくさと帰った。
「では作業に戻りましょうか」
「私は少しぐらい待つのは構わないぞ~......」
リブリースが珍しく譲歩した。メイドが深々と頭を下げる。
準備にはもう少し時間がかかりそうだ。
黄泉の塔の崩壊とその後
黄泉の塔が崩れて、唯一王の威光が無くなった後、王都に住んでいた人々はみな散り散りになった。その大半は貴族領と大地教の聖地である石神の地に移住した。それらの人間は辛うじて生き延びたようだが、鬼殺しの沼に行くことを選択した人々もいた。歴史は繰り返す、とはよく言ったものである。
ある男の手記より




