102話 償い
「あぁもう! どうしていっつもこうなっちゃうんですか!?」
「......すまない」
「すまないって言ったって、謝るだけじゃないですか!! 私はダク様にもうちょっと後悔や反省をしてほしくて怒ってるんです!!」
ソレイユが頬を膨らませながらぷんぷんと怒っていた。
俺は平謝りすることしかできないが、後悔や反省をしていないのもご指摘の通りだった。実際、俺は呪いの全開放に何らかのリスクがあるという懸念を頭の片隅に残したまま、この術を発動したんだ。自分の体がどうなっても良いと考えながら。
「でも、まぁ、薄々ですけど、こうなるような気はしていましたし......いえ、嘘ですね......結構こうなる気はしていました......まぁ生きて帰って来てくれただけ良いですけど」
ソレイユは指をもじもじとさせながら、譲歩の余地を見せる。
その様子を見て俺はようやく胸をなでおろすことができた。
今の彼女は心を落ち着かせているが、帰って来てすぐは本当にひどいものだった。
あの戦闘のあと、俺は真っ先にソレイユの居る商会の一室へと戻った。
俺の姿を見るなり、ぽろぽろと涙をこぼして、その涙を何度もぬぐいながら、しまいには一言も話すことなく部屋にこもってしまった。
夕食の時間にようやく姿を見せて、俺は必死に、それはそれはもう必死に謝罪し、ようやくソレイユから不満とド正論の応酬を浴びることができ、現在に至るというわけである。
「良いですか、その術は二度と使わないでくださいね」
「......」
「良いですね!!」
「極力、出来るだけ、なるべく、使わないようにします」
「二度とって言ってるじゃないですか......」
ソレイユはため息を吐いた。
二度と使ってはいけない理由。口に出してはいないが、俺もソレイユも理解している。
口に出さないのはそれが本当になってしまった時が怖いから。
5秒間使っただけで、外見が5歳ほど歳をとった。
このペースで老化するとしたら、1分間術を使うだけで寿命が来てしまう。
この術を使って、老化し続けて、もしも一般的な人間の寿命を超えてしまったら、いったいどうなってしまうのだろう。
それが俺の体における本当の死なのではないか。
ドアをこんこんとノックする音が聞こえた。部屋にいる面々が一様にドアを見る。
「すみません、失礼します」
入ってきたのは若い男の子だった。ソレイユはきょとんとしていたが、金帝と戦っていた面々はその顔に見覚えがあった。
「あぁ、あの時の子」
「確か名前は......」
「ベネです」
「そうそれ!」
「先ほどはお世話になりました」
そう言ってベネは深々と礼儀正しくお辞儀をした。
彼は先ほど金帝と戦っていた際に救った親子の息子の方だった。今も金帝に首を絞められていた跡がわずかに残っている。
「どうしてここへ?」
「一言お礼を言いたくて来ました。あの時は僕らを救っていただいてありがとうございます」
「元気そうで何よりだ」
俺が手を差し出したことに気づいて、彼は慌てて手を握った。律儀な子である。
「よくここが分かったね! ここにいることはほとんどの人に話していないはずだけど?」
「いえ。ただの勘です。民衆の暴動とあなたたちの来たタイミングを考えると、おそらく商会とつながっている可能性が高く、未だに行方がつかめないならどこかに匿われている可能性が高いと思っただけです」
ハタヤがその返答を聞きながら笑顔でうんうんと頷いている。
賢い。金帝の殺すのが惜しいという言葉は偽りではなかったようである。
「父もお礼を言いたそうにしていました。本当に頭が上がらないとずっと言っていました。父の分もお礼を伝えておきます。本当にありがとうございました」
「あれ? お父さんはどこへ?」
彼はあははと苦笑いする。
「お恥ずかしながら、父は商会の門番に引き留められていて......今回の件で商会に恨みを持っている人が商会の前にたむろしているので、その一人と間違われてしまい留められています。僕は父が門番に引き留められている間に裏口から入ってきたので......」
「それは悪いことをしたね。あとで入れてもらえるように頼んでおくよ」
「お手数おかけして申し訳ありません......」
彼は苦笑いのまま頭を下げる。父親をその場においてくることが薄情だとは思わないが、どうやら父親のいざこざを止めるよりもここにきて目的を果たす方が優先度は高かったらしい。ここに来れば捕まっている父親も解放されるので、間違っている選択とは決して思わないが、生き別れの父親と再会を果たしたにしては態度が淡泊だ。
「まだ父親と再会した実感は湧いていないか?」
彼は言葉に詰まったが、ひとしきり考えて答えを出す。
「そう、ですね。そもそも父と離れたのはまだ幼いころだったし、父と仲良く遊んだ思い出もないので、再会というよりは初めて出会ったような感覚に近い......と思います。あの時、父を見て、父だということはその場の状況からなんとなく分かったのですが、どうにもそれが飲み込めていないというか...... おかしいでしょうか」
「いや、おかしくはないと思う。それが普通だと思う」
「ありがとうございます」
彼の緊張が幾らか解けたように思う。そんなに気を使わなくてもよかったのにと思った。
「父親のことを愛せると思うか?」
今の彼には難しい質問だろう。
しかし、彼は質問に真摯に向き合ってくれた。
「もちろん家族として愛する努力はしますが、もしかしたら愛せないかもしれません。僕の中にあるのは僕のことに見向きもせず、ずっと外に出かけていた父の記憶だけですから。家族だと思えるかどうかは正直微妙です」
「そうか」
「でも、自分のために命までかけてくれる人がまだこの世にいるんだ、とは思いました。金帝は教育こそしてくれましたが、自分のために命をかけてくれることは絶対になかったでしょうから。だから、どうすればいいのか分からないけれど、家族になりたいと思っています」
「良い答えだ」
俺は彼を見送りに出ることにした。外に出ると、確かにそこには彼の父親のベンが居た。相当暴れたのか体を柱に縄でぐるぐる巻きにされているが。
俺は門番に話して縄を解いてもらった。
彼はすぐに自分に駆け寄って来てお礼を言った。
「ありがとうございます! 本当に、なんからなんまでありがとうございます!!」
「良いよ。息子を大切にな」
父親は大粒の涙をぼろぼろとこぼしながら言った。
「ありがとなぁ......償える機会を与えてくれてありがとう......」
あぁ、と思う。
きっと、彼は良い父親になろうと努力するだろう。結果が伴うかどうかは分からないが、息子は聡明なので、きっと彼の努力を分かってあげられるだろう。
彼らは良い家族になれるだろう。
ベンは俺の手をにぎり、感謝の言葉を述べた後、へへと笑った。
「これからはまっとうな仕事を見つけてまた一からやり直してみようと思いやす。まぁ、まっとうな仕事なんてそうそう見つかるもんでもねぇと思いやすが」
「いや、案外早く見つかると思うぞ?」
「へ?」
ベンがきょとんとした顔でこちらを見た。
「この国はもうすぐ忙しくなるだろうからな。そのためにとある人にも協力を要請するつもりだ」
「一体、どういうことでございやすか?」
無題
一の呪いの完全開放には必ず限界がある。鬼殺しの沼は限界の来た一の呪い保持者の慣れ果てなのだろう。
自分もいずれ──
メモ書きより




