【ノクターンと蜘蛛女】
「翔平さぁ、昼休みどこ行ってんの?」
毎日昼休みにすぐにいなくなる翔平を不審に思っていた優弥が、チョイとご機嫌ナナメに問う。
「え?んー…秘密!」
翔平は、林田先生のモノマネのように答えた。
「なんで?」
「あ、寂しい?俺いなくて?」
「寂しいわよ!私を置いていくなんて!」
優弥はおネエ口調で翔平に抱きついた。
「やめろよ、バーカ!」
翔平は優弥を笑いながら払った。
「俺ヤダよ?少年A行方不明とかのニュース。」
「なんで俺、海に沈められてるんだよ。」
流し笑いの翔平は、密かにレンズに映る2時間ドラマの断崖絶壁から海を覗いてしまい、思わず足がすくんだ。
すると、優弥はいつになく真面目な顔になる。
「心配してんだよ?」
「大丈夫だよ。」
その優しさは嬉しいわ。そりゃ女子にモテるわな。翔平は、とても優しく微笑む。
その豆柴スマイルが素敵で、
「きゅーんっ♡抱いて(*≧з≦)」
と、ふざけた優弥をスルッとかわす術を覚えた休み時間でありんした。
なぜ、花魁。
結局、田中さんと音楽室で話すようにはなったものの、昼休みだけ。夏休みに一緒にどっかに遊びに行くほど仲良くもなれかったし。そして2学期に突入して早くも9月が終わろうとしている。なんか、もうチョット仲良くなりたいよな。せめて挨拶くらいは普通にするとかさ。放課後どっか行くとかなぁー…。なんかないっすかねぇー…。
昼休みに、準備室で3人揃って弁当を食べるのが定着してきてはいる。
だけど、それ意外の進展は何もないわけなんだよな。
「なんで…田中さんは、ここ以外で誰とも話さないの?」
少し気まずそうに翔平はチラッと田中幸子を見て言った。
「え?」
―やべぇ、口を聞いてもらえなくなるかも。―
「や、チョット聞いてみたかったんだよね。…その、ここではこんなに普通に話してるじゃん?」
「あ、私も佐伯くんに聞いてみたかったんだよね?」
「え?」
―やべぇ、俺やっぱり海に沈めら…―
え、何を?絶対良いこと言われないトーンの言い方じゃん!?俺なんか言った?いや、言ってない。…言った!?
翔平は、少し身構える。
「前々から思ってたんだけどさぁ…」
ごくり。
「佐伯くんの顔って、“豆柴”に似てるよね!?」
「は?」
「わかるぅうう!!似てるぅうう!!」
りんだが“それを言いたかったのよ!”の勢いで合いの手を入れる。
「でしょぉお!?」
「や、え…まぁ、よく言われるけど…?」
「よしよし。」
田中さんは嬉しそうに笑いながら、空中で翔平の頭を撫でるポーズをする。
「くぅ~ん。」
豆柴は、一応ふざけといた。
満足気に大笑う2人に、なんだかな…?「なんか失礼だぞ」と言えずに唇を噛んで傍観してしまう。
「や、そうじゃなくて!そうやって他の奴らとも話した方が楽しいんじゃないかなーって…思って。」
「あぁ。あんまり…得意じゃなくて。その…“みんなで”話すの。」
田中さんは少し苦笑いのような、だけど優しい微笑みを浮かべた。
「別人みたいだもんねー?」
先生は彼女に意地悪な笑いで言う。
「失礼ねー!」
田中さんも笑う。
「中学で引っ越してきて、私について色んな噂が言われてるみたいだったから。」
「噂?」
翔平は“知ってるくせに”聞き返す。
「うん。よくわからなかったけど、変な噂がいっぱいあるみたいだった。でも、そのおかげ?で、いじめにあうとかもなかったし、先生たちも変に気を使うから、“勝手に恐れてほっといてくれる優しい人たち”だった。私からしたら。」
彼女は、またイタズラぽく笑う。
―「先生たちも変に気を使う」ってなんだろう?―
翔平は、漠然とした不安のような思いを口に出せずにいた。
「だから、1人の方が楽だなって思っちゃったんだ?」
先生が補足するような感じで彼女に言った。
「うん。あ、でも、その時は…本当にあんまりよくわからなかったから…ただ…黙ってただけだけど。」
「悪い噂って、どんな?」
先生は、田中さんを見たあと、“知ってる?”の顔で翔平を見た。
―俺を見ないでくれないか!―
俺は聞いたぞ!の【田中幸子】の都市伝説の数々がものすごい勢いで、頭の中をワンコがくるくる自分の尾っぽを追い回すように踊っていた。
“悪い噂”をヤクザのマフィアの人体実験の…う、宇宙人!?コンマの間に思い浮かべつつ、
翔平は、“さぁ~…?”の表情でゆっくりと首をひねって、すっとぼけた。
「スパイだ!とか。」田中さんは、笑いながら言った。
「スパイダー!?」先生が驚いて聞き返す。
「違う。スパイ!」
「田中さん…スパイダーなのね!?」
「もういいよ!ややこしい!」
3人は、ゲラゲラ大笑いした。
そうだ。田中さんは“スパイ”でも“スッパイダー”でも“カルト教団の幹部”でもない。
ただ普通の女の子として、そこに存在しているのだ。それが翔平にはとても嬉しかった。あまりの嬉しさに顔面がメルティーキャンドル。
マンガの人もぐり込んでるじゃない。←マッスルマン
「気持ちわかるわ!笑うわ。」
突然りんだは吹き笑った。
この日、田中さんが食後に奏でたショパンの『ワルツ第6番 小犬のワルツ』に、林田先生が「そりゃそうなるわね。笑うわ」とクスクス肩を揺らしていた。
音楽2の翔平は、もちろん曲名など知らないので、楽しそうな先生の笑った顔と明るく軽快なテンポの曲調に、豆柴スマイルで合わせておいた。
チョイとバカにされてますな。←あなたがです
すごく短いワルツのお散歩を終えると、お昼の楽しい時間も終わりかけ、教室を出た翔平と田中さんは並んで歩きだした。
「あ、並んで歩いてるの見られたらヤダよね?俺、先行くね!」
気を使って翔平が言うと、
「あ、べつに…。」
田中さんがあまり気にしてないような口調で言った。
「あ、もちろん、佐伯くんが…その…平気なら?」
なんとなく上から目線が気まずくて付け加えた。
その彼女に翔平は嬉しそうに豆柴スマイルを返す。
「翔平!」
「え?」
「【佐伯くん】じゃなくて、【翔平】でいいよ!」
「あぁ、うん。【翔平くん】ね。」
「俺も、【幸子】って呼んで良い?」
「え?」
「【田中さん】じゃなくて、【幸子】って呼んで良い?」
「ダメ。」
「えー!?ダメなんかーい…。」
「やっぱり並んで歩くのヤダ。翔平くん、先行ってね?」
「は、はい…。」
ショボーンとしょぼくれた翔平に、田中さんはニッコリ微笑んでバイバイと手を振った。
その笑顔を見た翔平は、すべてが救われた気持ちになり、笑って手を振って立ち去った。
それから少しずつ翔平と田中幸子の距離は近づいていった。音楽室という狭い空間の中限定で。
翌日の昼休みも、翔平はいつものように音楽室へ向かった。
教室のドアを開けると、いつものように田中さんが先に来ていた。
「あ…。」“そういえば”の顔をする田中。
「え…?」“なんでしょう?”の顔を返す豆柴。
「今日、先生来ないよ?」
「え?そうなの?なんで?」
「職員会議がある日とかは来れないから…。結構あるよ?先生が来ない日。」
「そう…なんだ。」
―祝!初の2人っきり!!―
ひゅーひゅーどんどーんっ!翔平の頭はパレードのようにエレクトリカッた。
何語だよ。
「だから…翔平くん、今日はどっか好きなとこで食べれば?準備室も開かないし。」
「え?」
「先生がいないと準備室の鍵開けられないから。」
「あぁ…そう。え、じゃあ1人の時はどうしてるの?」
「その辺で適当に食べてる。」
田中さんは、窓際の“その辺”の床を指して言った。
「床…?」
「うん…。元々そうしてたし…。」
そう言うと、“元々そうしてた”ように彼女は床に座ってお弁当を広げた。
それを見た翔平は、“よいしょ”と自分も彼女の横の床に、にこやかに座った。
「…え、ここで食べるの?」
「もちろん!一緒に食べよう?」
「…いいけど。」
りんだがいなくても、田中さんがいつもと変わんない様子で良かった。
その態度に翔平はホッと胸を撫で下ろす。
「こういう日は、先生のお弁当てどうしてるの?」
「渡してある。」
田中さんは少し笑う。
「本当に先生と仲良いんだね。」
と言ったものの、密かに、チッ。「余っちゃって困ってる…」「あ、なら俺が食べるよ!」とはいかねぇのか。と思っていた。←舌打ちダメよ
「先生が来ないとかどうやって知るの?」
「事前に連絡もらったり…急な時も連絡くれるから…。タイミング見て渡すようにしてる。」
―れ…連絡先!?都市伝説の!?―
「ほほう…なるほどなるほど。俺にも教えて?」
「先生が来るか来ないか?」
「違うわ。田中さんの連絡先!ゼロキュウ?ハチ?ゼロ?」
「0120、117、110気軽に掛けないでね。」
「ニッコリ笑うなよ。なんでフリーで天気で通報されてんだよ、俺。てか、天気は気軽にかけてもいいじゃねぇか。て、そうじゃなくて!ねぇ教えてよぉ~?」
「教えないよ。」
「なんで?」
「だって、必要ないから。」
翔平の顔面を「ズバリ言うじゃない」と一瞬で凍らせた、肌寒さが秋の心地良さを感じさせた。