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【ノクターンと千の歌】  作者: july❀
4/36

【ノクターンと秘密の準備室】

数々の都市伝説を持つ【田中幸子】という人物に、翔平は強烈に興味を惹かれていた。


あの冷えた無表情から滲み出るかのような、愛おしさと切なさと心ストロングな感じ。

あの色素も幸も薄い美しい顔。あの華奢な指から奏でられる、力強く優しいピアノの音色。


「あの!」


よし話しかけよう!と心に誓ったミステリーハンター・翔平少年なのであった。

彼の心を一瞬で奪った【田中幸子】とは、一体何者なのか。


-よし!いくぞぅ!!…て、え、今どこ?-


もすもーす?状態の翔平少年。

挨拶程度じゃ無視されちゃうしな。いきなり話しかけても無表情で俺の声聞こえてんの?って感じだしなー。

ま、ひとまず昼休みに田中さんの8組の教室を覗いてみる…て、いないんかーい。

やっぱり音楽室にいるのかな?と思い、翔平は小走りで向かうと、また薄汚れた四角いガラス窓から中を覗くが、これまた誰もいない。

ここにもいないのかと思い戻ろうとした時、ん?何か聞こえた気がした。


―声…?やっぱり怪談かよ。―


音楽室の中には誰もいないはずなのに、声が聞こえた。…気がする。

男は度胸よ!優弥のおネエ口調が移ったように無意味に自分を奮い立たせ、そっと教室の中に入ってみる。


―やっぱ誰もいないじゃん。―


それでもうっすらと声は聞こえる。

地獄耳を澄まし、聞こえる方向に忍び足で近づいていくと、その声はどうやら準備室から聞こえるようだった。

ここか。準備室の扉は音楽室のドアと同じような造りで、古びた木に曇りガラスの小窓がついたものだった。

く~も~りぃ~ガラスの向こうは…よく見えない!その薄汚れた曇りガラスに、首を伸ばし、眉を伸ばし、鼻の下を伸ば…恐る恐る、曇りガラスの小窓の中を覗いてみた。よく見えなかったが、そこには何やら人影が。


「誰!?」


突然、準備室の中から大きな声で言われ、うおっ!翔平の全身はビクーンッ!とのけぞる。


その人影は近づいてくる。どうしよう?大丈夫か?逃げるか?俺。

ついに見てしまう学校の七不思議の瞬間に、興奮と動揺が入り交じる。

そして扉は開け放たれた。


「あら、佐伯くん?何やってんの?」

それは音楽の林田先生だった。


―え、りんだ!?―


林田先生は、小綺麗な紺色のワンピースに白いカーディガン。少しふっくらとした、親しみを持たせてくれる安心感のある柔らかそうな容姿で、ポカンと翔平を見ている。ざっくりと1つにまとめた薄茶色に染めた髪型には、薄ら白髪が混じる40代。先生でもあり、2人の子供を持つお母さんだ。


「なんだ先生かぁ!あぁ!ビックリしたぁ!」

「なんだとは失礼ね!おばけじゃないから!」


そこに怪談話はなく、ハスキーボイスの【りんだ】こと音楽の【林田先生 gt Hayashida】を見てホッとした翔平は、ふと開いたドアの中を覗き込む。するとそこに【田中幸子】が座っていた。

テーブルには2人分のお弁当箱があり、向かって右手の手前に田中さん。その奥には、うららのであろう“もう1つ”のお弁当。


―発見!都市伝説はココにいた!―


「チョット、覗きぃ~!?」

先生は、痴漢でも見るかのような怪訝な顔で翔平に呆れ笑いの口調で言った。


―あながち間違いでもない(;・`ω・´)―

「ちっ違いますよ!!」

「冗談よ!」

先生は翔平の肩をポンポンと叩いて笑った。


「あーあ!秘密見られちゃったね?どうする?参ったね~。」

笑いながら田中さんに言うが、彼女は先生と目を合わせただけで何も言わない。またかコレか。

その口元は相変わらずピクリとも微動だにしない。いや、何も言わずに無言でお弁当を食べ始めた。


―う、動いた。と…都市伝説の華麗なる無視。―

やっぱり俺のこと見えないのかな?と、彼女の態度にマゾぽいゾクゾクを身体に走らせていた翔平少年であった。


「今は、先生と田中さんの秘密のランチタイムなのよ。」

「秘密の…?え、いつもココで食べてるんですか?」

「内緒よ?…んで、佐伯くんは何してるの?何か用事?」

「あ、いえ…。ただ、声がしたので…」


チラ見チラ見。


「あそ。…そこ座ったら?君の分のお弁当はないけど!」

先生はチョット意地悪な笑いで、田中さんの向かいにある“そこ”の小汚い椅子を指した。


「あ…でもー…」

翔平は“ぜひご一緒したいです!”の気持ちを抑え、彼女をチラッと見た。

先生もそれに気がついたけど、それには触れずに「お昼食べたの?」と、翔平に聞いた。


「や…あ、はい。」

本当は「バッグに持参のお弁当が入ってます!」って、なんだか言えないな。

遠慮してポツリ…と答えた翔平に、先生は小汚い椅子をまた指して、黙って“うんうん”と座るよう促した。

チョコンと座った翔平。見事なまでの無視でお弁当を食べる田中さん。


―と…都市伝説の食事風景。―


「田中さんの手作りお弁当♪いただきまーす♪」

先生は、お弁当を翔平に見せた後、合掌して食べ始めた。


「え!?先生のお弁当、田中さんが作ってるの!?」

「そうでーす♪それは秘密♪ヒミツヒミツ♪よぉ?」


―と…都市伝説のお弁当!?ひみつのりんだちゃん♪―


よくある見た目だが、そのお弁当はキラキラと輝いているジュエリーボックスやぁ~♪かのように翔平少年の目には映った。


「うんー今日も美味ひい♪」

先生は満足気にうなってから、ニコニコ嬉しそうに田中さんに微笑んだ。その先生に彼女も一瞬少し微笑んだ。

本当にうっすらと、まさにあの世界的絵画のように微笑んだだけだったが、

冷えた無表情以外の田中さんの表情を初めて見た翔平は、


―笑った!と…都市伝説の微笑。―


ハッとして、思わず嬉しくなり、彼女を見つめたまま微笑んだ。


「なんでココで食べてるんすか?」


先生が“え?”という表情で翔平を見たあと、

「話していい?」

田中さんに聞くと、彼女は“ん?”という表情だったが、首を“いえす”寄りに頷いた。


「ココで食べるようになったキッカケはさぁ…」


それは、翔平たちの学年が入学して間もない頃だったという。

ある日の昼休み、先生は次の授業の準備のために早めに音楽室に向かった。

するとピアノの椅子に座り、鍵盤の上を音も鳴らさずに指を動かしている生徒がいた。それが田中さんだった。


私がドアを開けると田中さん“ハッ!”として、ペコンとお辞儀をして素早く立ち去ろうとしたのよね。

だから「新入生?」て聞いたら、田中さん小さく頷いて、またペコンとお辞儀して行っちゃった。


―変な子だわ。―

って、第一印象で思ったよね。笑うわ。


林田先生は、「ウケるー!」を「笑うわ。」と早口で言う変な口癖があった。


何さん?と調べると【田中幸子】という生徒だとわかった。

田中さんね。支援so…この子か。ふーんって、その時はあまり気に留めなかったんだけどね。


―しえんそ?なぜ車?―

翔平は”しえんそ”という耳慣れない、いやテレビCMで耳にしたことのある響きが少しだけ引っかかった。

りんだが一瞬“あっ”ていう顔をした気がしたけど。まぁいいか。

持ち前のポジティブをみくびらないでほしかった。


は?


普段、職員室でお昼を食べている先生だったが、それから少し経って、また次の授業の準備のために、先生は早めに音楽室に向かった。

すると、またピアノを前に座っている田中さんがいた。


ドアを開けると田中さんは、また“ハッ!”としてね、ペコンてお辞儀して素早く立ち去ろうとしたのよね。またかよって。笑うわ。


「いてもいいよ?」と先生が言うと、田中さんは立ち止まった。

「ピアノ…好きなの?」彼女は小さく頷いた。

「そう。先生もピアノ好きなんだよね。まぁ、音楽の先生だしね…笑うわ。」

小さな会話…りんだの独り言のあと、田中さんは静かにまたピアノの椅子に腰掛けた。


「8組の田中さんだよね?」

先生は準備を始めながら彼女に問いかけた。


反応がなかった。ふと田中さんを見ると、目が合ってから小さく頷いた。

とてもシャイなんだなと思った先生は、“うんうん”と笑ってうなずき返した。


「ピアノ…弾いてもいいよ?」と言うと、彼女は“ううん”と首を右左と振った。

先生は“そぅ”という表情で、また頷き返した。そして授業の準備を淡々と始めた。


それから、田中さんのことが気になってね。時々、音楽室を覗きに行くようになったのよ。そしたら案の定、田中さんはピアノを前に座っていたの。

「お昼食べてるの?」

「クラスに馴染めない?」

先生は心配になって色々なことを彼女に問いかけ、話しかけた。

“うん”と頷くか首を横に振るか…曖昧か。田中さんの反応は、いつもとっても薄かったのよねぇ。


「まぁ事情…1ヶ月くらいは、1度も声聞かなかったんじゃないかなぁー…?」

先生は回想から戻って“あの頃はさぁ”の口調で言い、田中さんを見た。


彼女も“うーん?”と首をかしげた後、「そうかも。」とポツリと言ってからニコッと先生に笑いかけた。


ミステリーハンター・翔平少年は…そうだ、人知れず感動しているのだ。


―と…都市伝説の生声!!―

初めて都市伝説の少女の声を聞いた瞬間、歓喜の雄叫びを地味に心の中であげた。


―と…都市伝説のスマイル!!―

初めて見た笑顔をパシャリと切り抜き、豆柴レンズに焼きつけた。


と言っても実際には一瞬うっすらと笑っていただけだったのに、彼女の冷えた無表情しか知らない翔平少年にとっては、それがニッコリ笑ったかのように妄想できてしまったのだ。


「まだ3ヶ月?4ヶ月か。だけど、もはや懐かしいね~。」


話しの続きを聞きたいと思うのに、“そうかも…そうかも…そうかも…”のたったひと言が響き渡り、こだまし、田中さんの笑顔が強烈に心を揺さぶり、中々先生の話が入ってこない。


いつもは自分の食事を終えてから音楽室を覗きに行っていた先生だったが、


―もしかして、お昼も音楽室で食べてるのでは?―

そう思ったからさぁ、自分のお昼を持って音楽室に行ってみたのよ。で、教室の中を覗いたら、ピアノの前に田中さんの姿は…なかった。


「なかったんかーい。なんすか謎のため。」

翔平がつっこむと、りんだも「笑うわ。」と笑った。その様子に田中さんは大人っぽい顔で苦笑った。


チョットほぐれてきた感じだな。都市伝説なんて、なんだ全然普通じゃん。

翔平が嬉しそうに田中さんを見つめているのを気にもせず、先生は話を再開させた。


―さすがに違ったか。―

と思いつつ中に入ったらさぁ、窓際の床にお弁当を持って“今にも食べ始めます”って座る田中さんがいるじゃない。


「あ、やっぱり?」先生は、薄々思ってはいたものの、驚きを口に出して言ってしまった。

彼女も少し驚いたような顔で、何も言えずに固まっていた。


「もしかしてそうかなぁー…?と思って来てみたんだ!」

先生が笑いかけると、彼女は小さく微笑み頷いた。


「今日は、私もお弁当持ってきたんだ。一緒に食べよう?」

自分のコンビニで買っただけのレジ袋に入ったお弁当を田中さんに見せると、彼女は恥ずかしそうな嬉しそうな顔で小さく笑って頷いた。


「おいで」

先生は準備室の方を指さした。

田中さんは、一旦自分のお弁当を閉じると、荷物を手に取り立ち上がった。お尻のスカートを軽くパンパン払うと、また先生にハニカんでみせた。


「それからほぼ毎日一緒に食べてるってことだね!?」

また回想から戻った先生は、まるで友達に話すかのように田中さんに言った。


「そうだね。」

彼女もまるで友達と話すかのように少し笑って先生に言った。

「え、コレなんの話だっけ?話しの主旨を忘れたわ!笑うわ。」

「なんでココで食べてるのかって話ですよ!チョットチョット~。」

「あぁ、そうだそうだ!本当笑うわ!」


とても和やかな雰囲気が流れていた。


「え、それでなんで先生のお弁当、田中さんが作ってるの?」

「それはねぇ…秘密!」

「また秘密!?」

“おいおい、りんだ勘弁しろよ~”とココまで出かかって、翔平は笑って飲み込んだ。

田中さんも笑っていた。


驚きですな。さっきから田中さんとりんだがピアノのタッチがどうとか話してるけど、田中さんて、しゃべらない子なのかと思ってたけど、全然普通にしゃべるんじゃん。


「初めてピアノ弾いた時だよね…『9-2』。シビレタわぁ。今までの先生の概念を簡単に覆していったっていうかさぁ。こてんぱんにされた気分。笑うわ。」


「えぇ?私のピアノは好き嫌いがハッキリ分かれるみたいだから。子供だましって言われるし。先生はセンチだしねぇ?うっとり語るから!べつにどっちでもいいけどさ。『9-2』が大好きだし。」


「田中さんだって、うっとり語るじゃない!笑うわ。…子供だましか。正直、うまいこと言うわねって感じかな。甘すぎちゃう…でも、ほろ苦さのある程よいカフェオレ…みたいな感じなのかな。聴き手によって捉え方が全然違っちゃうんだよね、田中さんの音色は。天才か異端か。」


「カフェオレ?なんか可愛いね。私は全然天才じゃないよ。でも、人がどう感じるかはあんまり考えてないなぁー。」


「まぁ、物思いに耽るというか、ゾーンに入るというか、独りの世界で歌うの好きよね?自分色に絵画を描くように…。やっさっしぃ~って曲ばっかり弾くもんね。」


「うん。その曲のイメージを自分なりに膨らませて…。音の一粒ひとつぶに色を塗っていく…。そういう風に弾くのが好き。」


「わかるわかる。そんな感じで弾いてるよね。誰にもマネできない独特の世界がある感じ。」


―全然まったく話に入っていけましぇん!―

“きゅうのに”だの“カフェオレ”だのと、何をうっとり話してるのかサッパリわからん。

え、“歌う絵画”って何!?

てか、田中さん普通にしゃべるどころか、むしろ明るいんじゃん。…や、待てよ。あの冷えた無表情の子とは別人だったりして?双子とか?

突然ポンポン話し始めた2人のキャッチボールを、メトロノームのように首を振りながら、色々な混乱を勝手に招く翔平少年だった。


たった数十分のランチタイムだったが、それはとても優しく暖かい時間に感じた。

翔平少年の心は、まるで宝物を見つけたかのような気持ちでいっぱいに胸をときめかせた。


初めて見た田中さんの笑顔。初めて聞いた声。普通の女の子じゃねぇか!


―と…都市伝説との遭遇ぅうううう!!―

浮かれうららがどうにも止まらない翔平少年なのであった。


その日の夜、

繁華街の雑居ビルの中にあるCLUBの更衣室で、田中さんは綺麗な水色のドレスに身を包み、大人っぽいメイクを施され、待機していた。その姿は、とても16歳には見えない妖艶っぷりを月夜に滲ませていた。


「さっちゃん、おはよー。」

「おはようございます。」


出勤してきたホステスにニコリと微笑んで挨拶をする、

“さっちゃん”こと【田中幸子】のお人形さんのような姿がそこにはあった。


「さっちゃん、チョット時間早いけどいい?石井さんが来られたから。」

「はい。すぐ行きます。」

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